まだあまりいい天気にはなっていない。能天気か、というとそうでもないようで、この空の様子は
私は好きだ。晴れれば、これまた誰にも迷惑をかけることのない、また邪魔されないといいが、夜空の星が
ある。
13日、日曜日、午後だが、少し外に出てみて、あれ、黄色い花があると思った。この花は、というと
その元をたどると、どうも「カブ」のようである。白いみょうちくりんな形をした、しかし食べるとダイコン
よりもはるかにおいしいと思われる、カブ。
これがピリッと来るときがある。このお漬物はたまらなくいいが、去年だったか、いただいた。
もちろん、売り物でなく、その方宛に贈られてきた自家製で、どうゆうわけかこれどうぞ、とおすそ
分けしてくれた。この味はお酢が基本だった。
カブだけでなく、ダイコンでもそうだが、自家製で、先祖から代々伝わる味は、そのいえの方のもので、他の誰の
ものでもないので、おいしい。おいしいものを作るというのは、むつかしいものだが、きっと結構苦しいときが
あったと思う。そうゆう時期がなくてもいいのだが、おいしいものを作るのは、きっと大変なときがあった。
そう思ってしまう。
カブの黄色い花、カブの菜の花があった。それから、1月、早々と、スイセンの花も見たが、その後はないな
と思う。
これもその日曜のときで、ようやく黄色い花を咲かせようとしている、ラッパスイセンの花があった。
わけのわからないお天気が続いて、あるときは花は早く咲きすぎて、その後はしばらく休んで、いつもより遅れて
花が出る。
今日はきのう省略した花は、これもこれから出る可能性があるので、やめて、でも結局一番いまの状態で
いいものはというと、角度を変えて明るめの、ユキヤナギ、とその周辺にある、白い、赤いツバキだ。
画像はまずは決まった。
ユキヤナギは、やはりこれから。で、ここのいえの梅は、もう花のほうが少ない。実は成るかどうか。
それから一度出した、お隣の枝垂れ梅の赤だが、この花は、あっという間に最盛を迎えたのだろう。
私が撮ったものは、まだそんなに花は多くなかったが、最近というとやはり日曜だが、花はもう終わりに近い。
すると、先週の11日のものの方がいい。ただこれは、ニコンのD300で撮っていて、ホワイトバランスの影響が
出ていて、色が少し妙である。ユキヤナギの画像では問題はないように思えた。
今日もっと気温が高く、いい天気なら、時間はあるのでと考えたが、そうゆう天気にまだなっていない。
3月15日というと、これも昔むかしの話になるが、大学の卒業式だが、あまりはっきりと覚えていない。
たくさんの人がいるからである。卒業式に出ない、そうゆう人もいたようだ。出る、出ないはその人の自由。
なんか小学校の入学式みたいだった、と思う。たぶん親御さん、そうゆう人の姿はなかった。私の見る限り。
これで4年間は終わった。
働こうという気がまったくなかったのもあるが、その上の、2年間の課程はあった。勉強も好きではなかった。
ただ行くとすると、その上の2年間しかないように思えて、これもお情けで、合格した。頭のいいやつは
いるんだな、ってわかってはいるが、これで自分がはっきりとした。もっと前からわかっていたが。
しかし、優秀な学生は、旧帝大系の博士前期にゆく人が多く、空きが出来て、私は動物相手から、植物に
変わることが出来た。さらに、一人は大阪方面にゆくということで、これもラッキーだったと思うが
「べった」で、奨学金があたることになった。この辺くらいまでが、どうにか生きていて楽しい、と思える
ときだったかな。ただそれから時間がたちすぎている。
2年間はすぐである。
工学部は浜松で、ここでもしかしたら、博士課程が出来ていたか。これもはっきりとしない。
2年間のあとの、修了式は、やはり3月15日で、このときは他の学部からも、一つの同じ部屋に集合した。
あっちにいったりこっちにいったりということで、でも人間の数は少ないので、新鮮な感じはあった。
ここで知り合ったわけではないが、もう少し前から、出身が富山という人がいて、たぶんその方も
そこにいたはずである。富山の人なら知っている、進学校出で、しかしそんなことはどうでもよかった。
その後、どうゆうわけか、これまたどうしてか就職が決まって関東に出たが、その富山出身の人と、
ばったり会うことがあった。どうもゆく場所が同じだったようで、会社勤めだが、
大学にもまわっているようで、あれー久しぶりだね、というところである。その方とは、つまるところ
まったく知ることもなかったのだが、わずかの時間、大学で話をしたりして、これは富山だからね、で、
そうですかとなる。
こうゆうところで、縁が出来るわけ。年賀状ももらうので、もちろん私も書いている。
しかし、人間どうゆうわけか、いろいろな病にとなるわけで、その人も、けっこう重症なようなことを
書かれていた。お医者さんも首を振る、というものである。
意味のない、2枚の紙切れ、どこにあるかな。こんなもの恥ずかしくて、とてもじゃないが、表に出せない。
あーいい時間になった。
ユキヤナギ、別の角度から、終わるのが早かった紅梅。
その一。空隙がある。
その二。明るめに。
その三。
その四。これからだな、真っ白になるのは。
その五。少し引いて。
その六。
その七。
で、今年の花の時期は短かった、紅梅、枝垂れ梅。
その八。
その九。すでに下に花びらが落ちている。
ようやく日が出て来た。
それでも遅いなー。
私は好きだ。晴れれば、これまた誰にも迷惑をかけることのない、また邪魔されないといいが、夜空の星が
ある。
13日、日曜日、午後だが、少し外に出てみて、あれ、黄色い花があると思った。この花は、というと
その元をたどると、どうも「カブ」のようである。白いみょうちくりんな形をした、しかし食べるとダイコン
よりもはるかにおいしいと思われる、カブ。
これがピリッと来るときがある。このお漬物はたまらなくいいが、去年だったか、いただいた。
もちろん、売り物でなく、その方宛に贈られてきた自家製で、どうゆうわけかこれどうぞ、とおすそ
分けしてくれた。この味はお酢が基本だった。
カブだけでなく、ダイコンでもそうだが、自家製で、先祖から代々伝わる味は、そのいえの方のもので、他の誰の
ものでもないので、おいしい。おいしいものを作るというのは、むつかしいものだが、きっと結構苦しいときが
あったと思う。そうゆう時期がなくてもいいのだが、おいしいものを作るのは、きっと大変なときがあった。
そう思ってしまう。
カブの黄色い花、カブの菜の花があった。それから、1月、早々と、スイセンの花も見たが、その後はないな
と思う。
これもその日曜のときで、ようやく黄色い花を咲かせようとしている、ラッパスイセンの花があった。
わけのわからないお天気が続いて、あるときは花は早く咲きすぎて、その後はしばらく休んで、いつもより遅れて
花が出る。
今日はきのう省略した花は、これもこれから出る可能性があるので、やめて、でも結局一番いまの状態で
いいものはというと、角度を変えて明るめの、ユキヤナギ、とその周辺にある、白い、赤いツバキだ。
画像はまずは決まった。
ユキヤナギは、やはりこれから。で、ここのいえの梅は、もう花のほうが少ない。実は成るかどうか。
それから一度出した、お隣の枝垂れ梅の赤だが、この花は、あっという間に最盛を迎えたのだろう。
私が撮ったものは、まだそんなに花は多くなかったが、最近というとやはり日曜だが、花はもう終わりに近い。
すると、先週の11日のものの方がいい。ただこれは、ニコンのD300で撮っていて、ホワイトバランスの影響が
出ていて、色が少し妙である。ユキヤナギの画像では問題はないように思えた。
今日もっと気温が高く、いい天気なら、時間はあるのでと考えたが、そうゆう天気にまだなっていない。
3月15日というと、これも昔むかしの話になるが、大学の卒業式だが、あまりはっきりと覚えていない。
たくさんの人がいるからである。卒業式に出ない、そうゆう人もいたようだ。出る、出ないはその人の自由。
なんか小学校の入学式みたいだった、と思う。たぶん親御さん、そうゆう人の姿はなかった。私の見る限り。
これで4年間は終わった。
働こうという気がまったくなかったのもあるが、その上の、2年間の課程はあった。勉強も好きではなかった。
ただ行くとすると、その上の2年間しかないように思えて、これもお情けで、合格した。頭のいいやつは
いるんだな、ってわかってはいるが、これで自分がはっきりとした。もっと前からわかっていたが。
しかし、優秀な学生は、旧帝大系の博士前期にゆく人が多く、空きが出来て、私は動物相手から、植物に
変わることが出来た。さらに、一人は大阪方面にゆくということで、これもラッキーだったと思うが
「べった」で、奨学金があたることになった。この辺くらいまでが、どうにか生きていて楽しい、と思える
ときだったかな。ただそれから時間がたちすぎている。
2年間はすぐである。
工学部は浜松で、ここでもしかしたら、博士課程が出来ていたか。これもはっきりとしない。
2年間のあとの、修了式は、やはり3月15日で、このときは他の学部からも、一つの同じ部屋に集合した。
あっちにいったりこっちにいったりということで、でも人間の数は少ないので、新鮮な感じはあった。
ここで知り合ったわけではないが、もう少し前から、出身が富山という人がいて、たぶんその方も
そこにいたはずである。富山の人なら知っている、進学校出で、しかしそんなことはどうでもよかった。
その後、どうゆうわけか、これまたどうしてか就職が決まって関東に出たが、その富山出身の人と、
ばったり会うことがあった。どうもゆく場所が同じだったようで、会社勤めだが、
大学にもまわっているようで、あれー久しぶりだね、というところである。その方とは、つまるところ
まったく知ることもなかったのだが、わずかの時間、大学で話をしたりして、これは富山だからね、で、
そうですかとなる。
こうゆうところで、縁が出来るわけ。年賀状ももらうので、もちろん私も書いている。
しかし、人間どうゆうわけか、いろいろな病にとなるわけで、その人も、けっこう重症なようなことを
書かれていた。お医者さんも首を振る、というものである。
意味のない、2枚の紙切れ、どこにあるかな。こんなもの恥ずかしくて、とてもじゃないが、表に出せない。
あーいい時間になった。
ユキヤナギ、別の角度から、終わるのが早かった紅梅。
その一。空隙がある。
その二。明るめに。
その三。
その四。これからだな、真っ白になるのは。
その五。少し引いて。
その六。
その七。
で、今年の花の時期は短かった、紅梅、枝垂れ梅。
その八。
その九。すでに下に花びらが落ちている。
ようやく日が出て来た。
それでも遅いなー。