その日にカメラを持つと、まずは最初に試し撮りのようなことをやるが、これは機械が壊れていないか、それぐらいしかわからない。一つが二つに増える。それで、また同じように、その辺にあるものを撮ってみる。なんだか空の色がおかしい。
今日は、青空もあるような、しかし曇っているようでもあって、その色が異なるのが当然であった。大きな葉っぱを付ける木があるが、これが、半分は黄色に、残りはそれ以上に、茶色に近くなっている。ただ、雨もあり、気温も高めに推移して、まだその葉が落ちる感じはしない。落ちた先が、アスファルトとでは、これは少し寂しい。たくさん、落ち葉があってアスファルトが隠れるようなシーンもあってもよさそうだが、それがない。落ち葉の運命も時代に翻弄される。
サザンカが咲いている。いくつかの似たようなサザンカがあって、あるものは花弁が白いものが主で少し淡い桃色が入る。今日見ていたものは、すでに一度出したし、それをしかしまた撮っている。この先、このサザンカがどうなるか、楽しみであるが、そうゆう風になってくれる可能性はどうか。
稲の刈られた後から、また稲の穂が出てそれが結実しているように見える。田んぼの風景もいいものであるが、子供はここでは遊ばない。もう、十分に観賞させてもらったスイフヨウ、それも終わりだが、いくつか花が咲いていた。そこで、立ち止まっていたが、そこのおうちの方が出て来られたので、挨拶をした。
気さくな方で、フヨウ(芙蓉)ですよと言われ、さらに、白いのが時間が立つと赤くなっていくのもあれば、赤いのが時間が立つと、白くなるものもあって、色々ですよ、と嬉しそうに説明してくれた。なるほどねー、白いものは赤くなり、赤くなったもの、またかどうかはわからないが、が白くもなる、これはなかなか出て来ない言葉だと思った。ニコニコして、どこかへ行かれた。長く、この花を見ているから、出てくる言葉である。
キカラスウリのあるところに来た。ちょっと前のことを覚えているが、そのときは、梅の木ではなく、垣のためにあるような木にこの蔓が絡んで、そこに、その垣に乗っかるように、いい大きさのキカラスウリがあった。それも、だんだんと黄色味を帯びてきたが、それがなんとなくなっていた。二つあったが、二つともなくなっていた。あれれ、どうした。その辺りに大きな変化はない。誰かが取っていったのかな。カラスは、これを食べることは考えられない。なぜって、梅の木の方の手の届かないものは、まだまだぶら下がっているものは多いからだ。ちょっと残念だが、木の方のものはあるし、これは諦めよう。やはり、キカラスウリはぶらぶら、ぶら下がっていないといけない。
ほどほどに撮るものはある。花壇のような、花壇であった、大きな黄色のダリアの咲いていたところに来る。ここでも、雨が少し降って、おそらくキバナコスモスではないかというのが、今頃も一杯咲いている。これは、花を見るより、茎を、その茎の全体を見るのがよく、まだ少し咲いているコスモスそっくりである。これの、あるものが、今が盛りと咲いている。一つ一つの花に生き生きとしたものを感じる。
それで、スーパにいったのだけど、案の定、マイバッグを出すのを忘れた。マイバッグの中に、スーパ専用の、ビニルの袋を入れている。出すのを忘れたが、お店の方に、「バッグは?」と聞かてくれて、あー、持って来ている、忘れていたと、一言。もっとも、こうゆうことが二、三度あって、お店の方に、持ってるでしょと聞いてくれ、とお願いしておいたのだ。
それから、キカラスウリがなぜなくなったかちょっと考えたが、やはり子供がこれなーんだという感じで、もぎ取っていったのではないか、ふとそう思った。この実を何かに使うとするなら、やはり青い新鮮なものがいいだろう。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/45/3f/fa3e381c2b2662ba4769c7674869f85f.jpg)
黄色ですね。奥のものは、もっといい色をしてますね。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1c/c5/e5c9e4bfc914f2b0a4e3778e1c6ab702.jpg)
ちょっと日付が違うもの。こっちの方が新しいファイル。上のものとは違うウリだけど、時間的にはより老化している。もうちょっといいように写ってもらわないと困るのだけど。そのはずなのだけど!
今日は、青空もあるような、しかし曇っているようでもあって、その色が異なるのが当然であった。大きな葉っぱを付ける木があるが、これが、半分は黄色に、残りはそれ以上に、茶色に近くなっている。ただ、雨もあり、気温も高めに推移して、まだその葉が落ちる感じはしない。落ちた先が、アスファルトとでは、これは少し寂しい。たくさん、落ち葉があってアスファルトが隠れるようなシーンもあってもよさそうだが、それがない。落ち葉の運命も時代に翻弄される。
サザンカが咲いている。いくつかの似たようなサザンカがあって、あるものは花弁が白いものが主で少し淡い桃色が入る。今日見ていたものは、すでに一度出したし、それをしかしまた撮っている。この先、このサザンカがどうなるか、楽しみであるが、そうゆう風になってくれる可能性はどうか。
稲の刈られた後から、また稲の穂が出てそれが結実しているように見える。田んぼの風景もいいものであるが、子供はここでは遊ばない。もう、十分に観賞させてもらったスイフヨウ、それも終わりだが、いくつか花が咲いていた。そこで、立ち止まっていたが、そこのおうちの方が出て来られたので、挨拶をした。
気さくな方で、フヨウ(芙蓉)ですよと言われ、さらに、白いのが時間が立つと赤くなっていくのもあれば、赤いのが時間が立つと、白くなるものもあって、色々ですよ、と嬉しそうに説明してくれた。なるほどねー、白いものは赤くなり、赤くなったもの、またかどうかはわからないが、が白くもなる、これはなかなか出て来ない言葉だと思った。ニコニコして、どこかへ行かれた。長く、この花を見ているから、出てくる言葉である。
キカラスウリのあるところに来た。ちょっと前のことを覚えているが、そのときは、梅の木ではなく、垣のためにあるような木にこの蔓が絡んで、そこに、その垣に乗っかるように、いい大きさのキカラスウリがあった。それも、だんだんと黄色味を帯びてきたが、それがなんとなくなっていた。二つあったが、二つともなくなっていた。あれれ、どうした。その辺りに大きな変化はない。誰かが取っていったのかな。カラスは、これを食べることは考えられない。なぜって、梅の木の方の手の届かないものは、まだまだぶら下がっているものは多いからだ。ちょっと残念だが、木の方のものはあるし、これは諦めよう。やはり、キカラスウリはぶらぶら、ぶら下がっていないといけない。
ほどほどに撮るものはある。花壇のような、花壇であった、大きな黄色のダリアの咲いていたところに来る。ここでも、雨が少し降って、おそらくキバナコスモスではないかというのが、今頃も一杯咲いている。これは、花を見るより、茎を、その茎の全体を見るのがよく、まだ少し咲いているコスモスそっくりである。これの、あるものが、今が盛りと咲いている。一つ一つの花に生き生きとしたものを感じる。
それで、スーパにいったのだけど、案の定、マイバッグを出すのを忘れた。マイバッグの中に、スーパ専用の、ビニルの袋を入れている。出すのを忘れたが、お店の方に、「バッグは?」と聞かてくれて、あー、持って来ている、忘れていたと、一言。もっとも、こうゆうことが二、三度あって、お店の方に、持ってるでしょと聞いてくれ、とお願いしておいたのだ。
それから、キカラスウリがなぜなくなったかちょっと考えたが、やはり子供がこれなーんだという感じで、もぎ取っていったのではないか、ふとそう思った。この実を何かに使うとするなら、やはり青い新鮮なものがいいだろう。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/45/3f/fa3e381c2b2662ba4769c7674869f85f.jpg)
黄色ですね。奥のものは、もっといい色をしてますね。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1c/c5/e5c9e4bfc914f2b0a4e3778e1c6ab702.jpg)
ちょっと日付が違うもの。こっちの方が新しいファイル。上のものとは違うウリだけど、時間的にはより老化している。もうちょっといいように写ってもらわないと困るのだけど。そのはずなのだけど!