田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

2 青鬼の面

2022-12-03 18:48:50 | 超短編小説
2 青鬼の面
千手堂の向って左の漆喰の外壁に『青鬼』の面が掛けられていた。
頭からは金色の鋭くさきのとがった二本の角がはえている。
口は耳までさけて鋭い歯がはえていた。
とくに、上下二本ずつの歯が長く、牙のようだった。
見ているだけでも、鳥肌が立った。
恐怖のあまりぶつぶつが全身にあらわれるものもいる。
ぼくもヒロチャンも毎日遊びに来ているので、そんなことはなかった。
でも、こわいことは怖かった。
「この堂の周りを息もつかずに回ってきて、鬼を見上げると『赤鬼』に変わる」
「挑戦しよう」
ぼくはすぐに応えた。
後生車のかわりに新しい遊びをみつけだした。
ヒロチャンが走りだしていた。
ぼくは青い面を見上げて、待った。
なかなかヒロチャンはもどってこない。
ぼくは心配になって逆まわりで走りだした。
ヒロチャンは鰐口の緒にすがって肩で息をしていた。
「だめだよ。とても息がつづかないや」
「ショウチャン。やってみて」
 彼にできないことが、運動音痴のぼくにできるわけがない。
「やって。やって」
励まされてぼく走りだした。
時計回りに走っている。
まず最初の角。
次の角は全体の四分の一の長さだ。
苦しくなってきた。
なんとか走る。苦しい。息が止まりそうだ。苦しい。
もうだめだ。よろけながらおおきく息を吸う。
三番目の角を曲がり切れなかった。
歩いて角をまがる。
ヒロチャンが到達した賽銭箱の前の鈴緒にはだいぶ距離があった。ヒロチャンが姿をあらわした。
「どうだ。きついだろう」
ぼくはまだ息切れがしてた。
すぐには応えられなかった。
ヒロチャンの背後では夕映えがはじまっていた。
西山の稜線に真っ赤な太陽がかかっていた。
日没にはまだなっていなかった。
銅鑼の緒までは五メートル。
それが彼とぼくとの体力の差をあらわしていた。
その差を縮めるためにぼくは努力しなければならない。
夕焼け空をカラスが森に帰っていった。
うらさびた鳴き声が聞こえてきた。
ぼくはいますこし堂の周りを走ってヒロチャンに追いつけるように訓練していくといってのこった。

ぼくはあまり走ったので喉が渇いた。
手水舎にいって柄杓で水をのんだ。竜の口からでている水はつめたくて美味しかった。ぼくは竜の眼にギョロリトにらまれた。
逢魔が時が近づいていた。
なんのてらいもなく、遊びこけていた千手堂の周辺の風景が禍々しいものにかわっていた。ゾッと鳥肌が立った。恐怖のぶつぶつはぼくの全身を冒し、ぼくは動けなくなっていた。
からだが震えだした。こんなことなら、ひとりでのこらなければよかった。
ぼくはよろよろと堂の方にもどった。堂の白壁が夕日をうけて光っていた。しだいに赤くなっていく。この時、閃いた。
あの斜陽の光がまともに鬼面にあたったら、どんな変化が起きるだろうか。
樹木の細い枝をすかして正に真っ赤な太陽の光が青鬼の面を直射した。
一瞬、目がなれるまでなにがおきたのかわからなかった。
青鬼の面は見えなかった。目がよくみえるようになった。壁にあるはずの青鬼の面は消えていた。
「なにを探している」
息がかかるほど、間近で声はする。
ぼくはふりかえった。誰もいない。おそるおそる視線を上に向ける。
そこには、誰もいない。ほっとした。
「なにを探している」声がする。さらに上に視線を向ける。
青鬼の面が宙に浮いている。
「おまえが探しているのは、これか」
一瞬青い面が血を噴き出した。それはまさに血だった。そして最後の一滴を口元から垂らすと、そこには赤鬼が立っていた。
真っ赤な斜陽の光を全身に浴びていた。大きい。屋根にとどきそうだった。
いや、屋根のぐしまでとどいている。
ぼくは恐怖のあまり腰がふらついて、その場にすわりこんでしまつた。
「なにか、おれがしてやれるとはないか」
ぼくは応えられなかった。
「斜陽を浴びた一瞬だけおれの顔が真っ赤に見える。そう思いついた賢いボウズ」
ぼくはその時、Hのことを思つてしまった。
鉄棒のうまい男で、大車輪ができた。懸垂も際限なくできた。
鉄棒にぶら下がったままのぼくを「マグロ、マグロ」と一番ののしっていた。かれは学年の英雄だった。

戦争がおわって鉄棒の授業はなくなっていた。
彼にそれを納得できないでいた。ぼくが巨大な赤鬼にであった翌日。

Hは大車輪に失敗した。大怪我をした。片足が不自由になってしまった。

だれも彼が大車輪をするのを見るものはいないのに。
彼はそれに気づいていなかったのだ。戦争は終わっているのに。
Hの帝国は滅びた。だれも彼の周りにはいなくなっていた。
まだ卒業式にはまがあった。彼は転校していった。
そのあとの彼の行方はわからない。


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