田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

超短編39 七夕の宵に……  麻屋与志夫

2013-07-08 02:04:28 | 超短編小説
39 七夕の宵に……

ごめん。
こんな街じゃなかった。
キミコを三年前に誘ったときは――。
こんな街じゃなかったんだ。
地震があった。
20メートルを超すような津波が襲ってきた。
そしてきわめつけは、原子炉からの放射能漏れ。
あれで、町は全滅。
ひととひととの肌の温もりのあるすばらしい田舎町だったんだよ。
キミコにみせたかったのは――。
キミコと住みたかった。
キミコと一緒にここで歳をとりたかった。
キミコと過ごす歳月の中で――。
もっと愛を深めていくことができたはずだ。
……それなのに……。

秀人の残留思念が漂っている。
わたしにはわかる。
かれが最後まで? わたしのことを想っていてくれたことが。
立ち入り禁止地区。
いまかれがいっしょに住もうと言ってくれた町にきている。
宵闇にまぎれて忍びこんだ。
だって今宵は七夕だよ。
わたしたちが会うのに、ふさわしくない。
めったに、東京にいるときだって、バイトがいそがしくて、会えなかったものね。
七夕の夜くらい会いたいね。
わたしたちの口癖だった。
ひとが住まないと、町はこんなに荒涼としてしまうのね。
夕餉の匂いも、さんざめきも、なんにもない。
儚いものね。

ぼくは、むりにでも、キミコを誘うべきだった。
強引に田舎町で住むことをいいはるとよかったのに。
卒業と同時にふたりで田舎の村役場にでも就職して、静かにくらそうと、いってみればよかった。

いつでも、どこでも、秀人の声はきこえる。
かれのいおうとしていることは、かれがいいだすまえからわかってしまう。
だからふたりで会っていても、わたしたちは寡黙だった。
むしろ、沈黙。
だまって月や星をみていた。
それで、すべてわかっていた。
言葉の要らない世界にいた。
これは、IQが高いからだ。
ゼミの教授が教えてくれた。
話の始めをきいただけで、そのいきつくさきがわかってしまう。
だからいつも孤独で、孤立してしまう。
きみらは、いいカップルに成れる。
教授は祝福してくれた。
在学中にふたりとも、弁護士試験に合格した。
それでも、かれは村のスーパーの店長。
わたしなんか、居酒屋のレジ。
かれの家の所在。
バス停で降りてからたどるべき小道。
いまは、荒蕪な原野になりつつある。
ひとはすべて始めからやり直すことになった。
アスファルト舗装の道はずたずたに寸断されてしまった。
雑草の下だ。
それでもかれの家はわかった。
ふとい白木蓮の根から芽吹いた小枝。
幹は折れて枯れてしまったけれど。
根はいきていたのだ。
「遠くからみると白い霞がかかったように見えて、きれいなんだ。初春に遊びにおいでよ」
かれがそんなことを別れるときにいっていた。
三月十一日、十四時四十六分十八秒。
あのまえに、白木蓮の花が霞をみにくるべきだった。
彼からの念波がとぎれた。
それで、悲劇がおきたことを察知した。
それでもあきらめきれず……。
かれの住んでいた町にいけば……。
なにかのこっていると、おもいこんでのこの町への旅。
かれの残留思念は成仏できすこの町にただよっていた。
わたしくるね。
またくるね。
一年に一度七夕に宵に。
またくるわ。
わたしはこの荒れ果てた町を忘れない。
わたしが住むことになったかもしれない。
この町を。
ここからーー。
またなにかあたらしいものが芽生えるのを期待して――。
また七夕の宵にくるわね。
それまで……しばらくは、ひとりぼっちにして、ごめん。



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