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古い本 その118 古典的論文 中生代鳥類5

2022年08月21日 | 化石

 鳥類全部の属に話を広げると現生鳥類が入って収拾がつかなくなるから、中生代の鳥類だけを調べた。「The Dinosauria」には60属ほどが掲載されている(鳥は恐竜の一群だという扱いだから)が、多くは最近のもので、1923年以前に提唱された属は7属にすぎない。そのうち5属がMarshの提唱した属。それに前に記したArchaeopteryx と、SeeleyのEnaliornis が加わる。まず、Marshが1872年から1873年に提唱した3件の中生代鳥類について。
1. 1872年 Ichthyornis
⚪︎ Marsh, Othniel Charles, 1872. Notice of a New and Remarkable Fossil Bird.  American Journal of Science and Arts, Ser. 3, vol. 4 :344. (新しい注目すべき化石鳥類についての報告 )
2. 1872年のHespeornis
⚪︎ Marsh, Othniel Charles, 1872. Discovery of a remarkable Fossil Bird. American Journal of Science and Arts, Ser. 3, vol. 4, no. 13: 56-57.(注目すべき化石鳥類の発見)
3. 1873年のApatornis
⚪︎ Marsh, Othniel Charles, 1873. On a new sub-class of fossil birds (Odontornithes) . American Journal of Science and Arts, Ser. 3, vol.5: 161-162.(化石鳥類の新亜綱Odontornithesについて)

 この時代のMarshの記載では、特徴を簡単に示して学名を提示して、「すぐに報告をする」という宣言だけしか書いてない。例えば Ichthyornisの「記載」は、わずか14行というもの。特徴は簡単ではあるがよく記されている。しかし歯があることには触れていない。「化石は、鳩と同じくらいの大きさを示し、両凹の椎骨を持っている」と記し、その後に四肢骨の特徴が数行記してある。この「脊椎椎体の両方が窪んでいる」という形態が魚類と似ているということで Ichthyornisと言う名前が付けられた。しかし、図がないので椎体の長さとの関連が分からないので、読者にはイメージが伝わらない。
 実際に詳しい記載をまとめ、さらに分類上に「歯のある鳥」と言うグループを設定してモノグラフが発行されたのは1880年。
⚪︎ Marsh, Othniel Charles. 1880. Odontornithes: A Monograph on the Extinct Toothed Birds of North America. GPO: Washington, 201 pp. 34 plates. (Odontornithes: 北アメリカの絶滅した歯のある鳥類に関するモノグラフ) (北九州市立自然史・歴史博物館所蔵)
 というもので、単行本であるからデジタルファイルは公開されていないと思う。この本については以前関わりがあった。1991年にモンタナ州に恐竜化石発掘の出張に出かけ、その帰途にSalt Lakeで古本屋さんを訪れるという、私にとっては夢のような任務をいただいた。しかも古書の購入金額もかなり自由だった! その本屋さんは新本と古い学術書を扱うところで、3階に倉庫があってそこで欲しい本を色々と出してもらった。7月のことでクーラーのない倉庫だったから、重労働であったが、Cope, Marsh, Kellogg 他有名な古脊椎動物学者の名前を出して検索して、在庫のあるものを机に積み上げた。結局仕事として厚さ数十センチの本の山を作り、他に個人的に10冊ほどを購入した。個人の分はカードで支払い、公費分は手続きをして入手した。その中に上記のOdontornithesが含まれていた。恐竜関連の古い学術出版物はすでに何人かの研究者が調べ尽くしたというが、その眼を免れたのだろうか。上記の鳥類も詳しい記載と、リトグラフの図版が含まれている。

427 「Odontornithes」Marsh, 1880. タイトルページ 

428 Ichthyornis 「Odontornithes」折り込み図

429 Hespeornis「Odontornithes」折り込み図

 この本は博物館の書庫にあるが、文中の多くの図をすぐに見ることができない。そこで、インターネットでこの本から引用されている幾つかの図を紹介する。文献は次のもの。
⚪︎ Williston, Samuel Wendell, 1898. “Birds”. in Reptiles of the Kansas Cretaceous Ocean, Paleontology. The University, Geological Survey of Kansas, vol. 4. 41-56, Plates 5-8. (Kansasの白亜紀の海の爬虫類, Part 2、鳥)
 まず、Ichthyornisの標本。

430 Hespeornis, Ichthyornis (Williston, 1898, Plate 7)

 図の左の二つの下顎骨とその右上の頚椎(二方向から)が Ichthyornis disperで、他は Hespeornis regalisの標本。Ichthyornis の特徴とされた「椎体の両側が凹んでいる」という形態はそれほど明瞭ではないが現生の普通の鳥の頚椎とは関節の形が違うように見える。下顎骨には歯があり、当初はMarshも「骨格の化石の中に紛れ込んだ爬虫類の顎」と思っていたと記している。注目するのは歯の拡大図(左下)で、大きく膨らんだ歯根の形態は色々と考えることがありそうだ。
 Hespeornis regalisの記載は、1872年に2度同じジャーナルに掲載されている。二つ目にも「n. gen, n. sp.」と書いてあるが、当然1月発行の方が早いからこちらが初出。「The Dinosauria」の引用はまちがっている。2度目の論文は後で記す。
 もう一つの種類 Apatornisについては、命名の経緯がすこしめんどう。1873年に提唱されたこの属の模式種である Apatornis celer は、すでにMarsh自身が記録した種で、1872年の論文中に Ichthyornis celerとしてあった種類。1873年の別の論文であまり根拠を示さないで別属とすることが宣言され、その折に作られたのが Apatornis属。だから Apatornis celer (Marsh)と、命名者をカッコに入れるのがいい。標本の図はさきほどのKansasの論文に引用されている。

431  Apatornis celer (Marsh) holotype (Williston, 1898)

 図を見てもよくわからないが、骨盤と癒合する連続した仙椎の一部である。

 以上の3属について簡単にまとめておこう
1. 1872年Ichthyornis 模式種 Ichthyornis disper Marsh 1872
2. 1872年のHespeornis 模式種 Hespeornis regalis Marsh 1872
3. 1873年のApatornis 模式種 Apatornis celer (Marsh, 1872) =Ichthyornis celer Marsh 1872