サラリーマンだった私は、出張で寝台特急をよく利用していた。夜の9時頃乗り込み、一番安い3段ベッドの最上段に、はしごで上がる。
狭いベッドと低い空間の中で、横になったまま器用に浴衣に着替える。一晩中、連結器の音に悩まされながら、東京に向かった。
ある時、寝酒が効いたせいか目覚めが遅く、慌てて食堂車に行った。熱海の海が朝日を浴びて、きらきらと光っている。
満席だったため、相席に案内された。同年代の知性的なご婦人が、窓側の席に座っていた。ウエイトレスが私を斜向かいの通路側の席に案内した。
朝食セットを注文する。相前後して、食事が運ばれてきた。その婦人も同じものを注文していた。
目を合わせることなく、お互いに黙って食べた。私は、トーストを1枚残して食事を終えた。
そのとき、「少食なんですね」と話しかけられたのをきっかけに、会話をし始めた。郷里が同じで東京在住の人であった。
景色を見ることもなく、郷里のこと・互いの学生時代の話に花が咲いた。突然、鉄道唱歌の曲が流れ、間もなく東京到着とのアナウンスがあった。
「また会いしましょう」と言って慌てて席を立った。窓の外はメトロポリス。並行する山手線の電車が追い越していった。
往年の名画「君の名は」のように、名前を聞くこともなく別れたが、「月光仮面」のように、どこの誰だか知らないまま、もう二十年が過ぎた。
(写真は、講談社の単行本「月光仮面」)
狭いベッドと低い空間の中で、横になったまま器用に浴衣に着替える。一晩中、連結器の音に悩まされながら、東京に向かった。
ある時、寝酒が効いたせいか目覚めが遅く、慌てて食堂車に行った。熱海の海が朝日を浴びて、きらきらと光っている。
満席だったため、相席に案内された。同年代の知性的なご婦人が、窓側の席に座っていた。ウエイトレスが私を斜向かいの通路側の席に案内した。
朝食セットを注文する。相前後して、食事が運ばれてきた。その婦人も同じものを注文していた。
目を合わせることなく、お互いに黙って食べた。私は、トーストを1枚残して食事を終えた。
そのとき、「少食なんですね」と話しかけられたのをきっかけに、会話をし始めた。郷里が同じで東京在住の人であった。
景色を見ることもなく、郷里のこと・互いの学生時代の話に花が咲いた。突然、鉄道唱歌の曲が流れ、間もなく東京到着とのアナウンスがあった。
「また会いしましょう」と言って慌てて席を立った。窓の外はメトロポリス。並行する山手線の電車が追い越していった。
往年の名画「君の名は」のように、名前を聞くこともなく別れたが、「月光仮面」のように、どこの誰だか知らないまま、もう二十年が過ぎた。
(写真は、講談社の単行本「月光仮面」)