写真エッセイ&工房「木馬」

日々の身近な出来事や想いを短いエッセイにのせて、 瀬戸内の岩国から…… 
  茅野 友

月光仮面

2006年04月17日 | 旅・スポット・行事
 サラリーマンだった私は、出張で寝台特急をよく利用していた。夜の9時頃乗り込み、一番安い3段ベッドの最上段に、はしごで上がる。

 狭いベッドと低い空間の中で、横になったまま器用に浴衣に着替える。一晩中、連結器の音に悩まされながら、東京に向かった。

 ある時、寝酒が効いたせいか目覚めが遅く、慌てて食堂車に行った。熱海の海が朝日を浴びて、きらきらと光っている。

 満席だったため、相席に案内された。同年代の知性的なご婦人が、窓側の席に座っていた。ウエイトレスが私を斜向かいの通路側の席に案内した。

 朝食セットを注文する。相前後して、食事が運ばれてきた。その婦人も同じものを注文していた。
 
 目を合わせることなく、お互いに黙って食べた。私は、トーストを1枚残して食事を終えた。

 そのとき、「少食なんですね」と話しかけられたのをきっかけに、会話をし始めた。郷里が同じで東京在住の人であった。

 景色を見ることもなく、郷里のこと・互いの学生時代の話に花が咲いた。突然、鉄道唱歌の曲が流れ、間もなく東京到着とのアナウンスがあった。

 「また会いしましょう」と言って慌てて席を立った。窓の外はメトロポリス。並行する山手線の電車が追い越していった。

 往年の名画「君の名は」のように、名前を聞くこともなく別れたが、「月光仮面」のように、どこの誰だか知らないまま、もう二十年が過ぎた。
    (写真は、講談社の単行本「月光仮面」)