リュート奏者ナカガワの「その手はくわなの・・・」

続「スイス音楽留学記バーゼルの風」

特異点

2006年10月01日 12時10分05秒 | 日々のこと
本日から日経新聞朝刊の新しいコラムが始まりました。文芸評論家の野口武彦さんが執筆する「江戸の風格」というコラムです。多分日曜日だけだと思うんですが、なかなか楽しみな内容です。今日の第1回目の記事の冒頭は、次のように書いてありました。

東京の町にはところどころに特異点のような場所があって、日常の皮膜の陰に不思議な空洞がぽっかり口を開いているような気がする。時間の古層へ降り立つマンホールの蓋ともいえる。歴史地理の痕跡は消去されたものではない。現在の地形の下に埋もれているだけだ。・・・・

いやー、いい書き方ですね。この「・・・特異点のような場所があって、日常の皮膜の陰に不思議な空洞がぽっかり口を開いている」という表現がいいですね。こんなこと、前からいつも思っていて、東京でも名古屋でももちろん桑名でもそういう視点で町を歩くといろいろ町が多層的に見えてくるのが大好きなんです。言葉の使い方が上手い人はこんないい表現ができるんですね。これから続くコラムが楽しみになります。

この「特異点」は江戸の層が見える特異点のみならず、新しいものだと昭和20,30年代の「特異点」も街に結構散在している感じがします。例えば、東京のJR山手線の高架の鉄組。立体交差になっていて、中に入ると鉄骨をたっぷり使い、鋲がむき出しで全体のデザインももはや見ることのないラインが見えます。現代的な建物の横を通り、山手線の立体交差を通ってまた現代的な建物の横にいたるその一瞬ですが、その「特異点」に入り込んだ感じがするんですよね。そのことを知り合いに言ってもあんまり理解されなかった感じでした。ここの鉄の柱の根元がすごく古さが出ていていいんだよね、とかこの鋲の雰囲気がね、って力説してもオタクと思われるのがオチですよね。これからはこの「特異点」ということばを使って話をしたら、アカデミックに響くかも。(笑)