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『小公女』(読書メモ)

フランシス・ホジソン・バーネット(畔柳和代訳)『小公女』新潮文庫

大富豪のお嬢さんセーラが一瞬のうちに孤児になり、奴隷のように働かされていたが、再び金持ちになるというベタなストーリー。

しかし、召使いとしてひどい仕打ちを受けるセーラが耐える場面は感動的である。意地悪な主人(校長)のミンチンというおばさんがとても憎らしいので、セーラのけなげさが強調される。やはり、小説やドラマにおける「悪役」は大切だと思った。

ところで、ろくに食事もできず、朝から晩まで働き詰めで、使用人にいじめられ、ねずみが出る屋根裏部屋に住むセーラは、なぜ耐えることができたのか?

それは「自分はプリンセスだ」と思い込むようにしたからである。

「何が起きても、変えられないものがひとつある。私がぼろをまとったプリンセスでも、気持ちはいつだってプリンセスでいられる。黄金の布のお洋服をまとっていたら、プリンセスでいることは簡単だけれども、誰にもしられずにずっとプリンセスでありつづけるほうが、よっぽど大きな勝利だわ」(p.185)

この小説の中で最も感動したのは、食事を与えられず飢えていたセーラが、手に入れたパンを乞食の少女にあげてしまう場面。

「「ほら」セーラは言って、ぼろで覆われた膝にパンを乗せた。「おいしくてほかほかよ。食べて。そうすれば、ひもじさが少しはおさまる」(p.212)

一見、子供向けのお話しのようだが、苦境にどのように立ち向かえばよいか、について書かれていると思った。











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