みどりの野原

野原の便り

11月19日 成ヶ島へ行くはずが・・

2011年11月19日 | Weblog
今年5月に成ヶ島の春の花を観察した。
今回はハママツナの紅葉を見れると楽しみにしていた保全協会主催の「成ヶ島エコツアー」

天気予報どおり朝からの雨がうらめしい。どうか現地では小降りになって・・

バスの中でビデオを見てお勉強などしながらスムーズに由良の渡船場に到着。

バスの中で雨ガッパ上下を着、雨靴は履いてきたので準備万端。
ところが・・「波が荒いので船は出せません」と渡船場の方のお言葉「エエッ~!そんなあ」
エコツアーの目的は「成ヶ島のハママツナの紅葉を見る」ことなのに。
島はすぐ目の前(100m?渡船で2.3分)泳いでも渡れそうな近くなのに。

バスでもう少し先の生石(おいし)海岸近くの公共の宿「エトワール生石」へ。

生石海岸を観察するとのこと。
風が強くて役に立たない傘をバスに置いて今回お世話になる自然観察指導員さんの案内で先ずは外海に面した海岸へ下りた。

風が半端じゃない。台風のようだ。「飛ばされる~」足元の悪い中、1歩1歩足を取られそうになりながら海辺へ。 雨が小降りになったのは幸いだった。風は冷たくはない。

 
成ヶ島 灯台のある高崎が目の前に。打ちつける荒波に渡船の出ないことも納得

 
外洋側の海岸は小石ゴロゴロ 流木やゴミが打ち上げられ、丈の低いコセンダングサの群落になっていた。

そんな厳しい環境の中で生育する植物。
写真を撮るにも自分も飛ばされそうだし、花も揺れに揺れて撮りにくい。
  
   ハマアザミ 鋭いトゲと照葉           ハマゴウの実           ハマゴウの実はいい匂い。昔は枕に詰めたらしい。安眠効果があったことだろう。   

 
     テリハノイバラの花                 実

次に内海側の海岸へ。夏は海水浴場にもなるという海岸の端っこ
    
 

切れて打ち上げられたアマモ  右)アマモの根に穿孔したネムグリガイの貝殻が見える。  
アマモはワカメや昆布などの海藻とは違い種子植物。海の中に生える草で花も咲くし実もできる。根が甘いというのでかじってみた。それほどでもなかったが食べられるそうだ。 ネムグリガイはフナクイムシ科の二枚貝で、数あるアマモ利用者?の中で唯一根に穴をあけて住むのだそうだ。

その長い葉の様子から「リュウグウノオトヒメノモトユイノキリハズシ」という長い別名を持つ。
生育にはきれいな砂泥地が必要で近頃は少なくなった山と海がつながる環境が大切だそうだ。
成ヶ島の環境がアマモを育て、アマモはエビカニや小さな生物の産卵場所・生息場所となり多くの生き物を育んでいる。アマモ場は減少しつつあるとの事だ。
折しも明日は海遊館で「アマモサミット」が開かれ、今日はそのメンバーの方達が成ヶ島のアマモ場を見学されるとのことで、その見学ツアーにも同行出来るかも?とのことだったが。
この天気でサミットの関係者も残念がっておられることだろう。

 
「ハママツナ」が少しあった。塩性植物で満潮時は海水に浸かる場所に生育。多肉の葉はかじるとしょっぱい。ここのは紅葉していないが、成ヶ島ではもう紅葉のピークを過ぎたらしい。こんなに近い距離でもこんなに変わるものなのか?    真っ赤な絨毯を見るのはお預けになった。


困りものナルトサワギク 春に来た時には感動するほどの?大群落が由良のあちこちにあった。成ヶ島ではボランティアで駆除されているようだが、こちら側ではおっつかないようだ。

その後、照葉樹の繁る生石山へ。

 
      タイミンタチバナ             サカキカズラ     

 
     シロダモの実                  花

ヒメユズリハもあったが、参加者の方からユズリハのしめ縄に飾り方・「蘇民将来子孫之門」と書いた護符を飾ることを教えてもらった。気になっていたのだった。


今も残る砲台跡(第4砲台跡)レンガのアーチは弾薬庫。今もいくつもの跡が残っているらしい。
幕末 ペリー来航後 幕府は京阪神の防衛のために紀淡海峡周辺に次々と要塞を作り、明治以降第二次世界大戦が終わるまで由良は軍隊の町となり、島に一般人の立ち入りは出来なかったそうだ。
戦後、企業の保養地がなくなってからは成ヶ島は無人島になった。

途中にはいくつか展望台がある。

成ヶ島半景 左 成山(500m)から砂州が細く続いて(写真には写ってないが)灯台のある高崎へと続いている。
昔は成山は淡路島由良と、高崎は生石と繋がっていて、砂州の一部切れたところから船が出入りしていたそうだが、江戸時代、大型船の通行が必要となり先ず成山側を開削して水路を作り、次に高崎側を切り開く工事をした。その後、砂州の切れたところは埋まってしまった。
山のように見える高崎はその工事ででた土を盛り上げたものだと説明された。高崎側は大阪層群の岩で開削工事は困難だったという。

 
生石岬展望台からの景色 見晴らしが徐々によくなり沖ノ島・友ヶ島 その向こうの対岸のコンビナートの煙突も薄く見えるようになった。
   右)ハスノハカズラ 何回も見ているが実をつけているのは初めて見た。

まだ上に階段が続いていたが、ここから引き返した。

雨も止んで明るくなった山では鳥が動き始め、何よりの見ものはアサギマダラの飛翔だった。

木の上を数匹また数匹と何頭も飛び交いもつれ合う風景は印象に残った。

山を降りて、ガイドしてくださった方にお礼をいい、アマモサミットの方々らしい姿をエトワール生石の窓に見つつ、予定通り帰路に着いた。

成ヶ島の漂流物の回収も計画されていたがそれも出来ずじまい。
ハママツナの紅葉は叉の機会を楽しみに。
コメント
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