21世紀の怪物
ヘッジファンド
金融資本
ヘッジファンドが益々多くの金を集め、それを収益性のよい投機に利用している(株、外貨、原料、債権リスク回避)。そのリスクの規模は不明で、このためヘッジファンド自体がリスクと化している。エキスパートは「ドミノ・クラッシュ」に警鐘を鳴らしている。
世界を舞台にしたカジノで1.2兆ドルというとてつもない金を管理しているヘッジファンドがマネーゲームを展開している。しかも、この金は投資資金の一部に過ぎず、極端な場合、90%を他人資本に頼って投機を行っている。銀行から金を借りているが、それに対する担保はないに等しい。
これだけ沢山の金がどこに隠れているか、知っている人は皆無である。ヘッジファンドは「透明化」とは無縁な世界だからだ。届出義務も、規制も、禁止もない----「何でもあり」の世界だ。
ヘッジファンド・マネージャーは最大の利益を求め投資を行う。株、外貨、原料、債券等を安い時に買い、高くなったら売ってその《さや》を稼ぐ。企業に攻勢をかけ、一国の経済すら揺さぶる。
巨大なブラックボックスが出来上がったが、そこにどのようなリスクが隠れているのかは未知数である。
国際通貨基金・金融市場監督部門の責任者Caruanaは、益々複雑になって来た現在の金融市場が「まだ大きなショックの試練を受けていない」と警告する。
ドイツの銀行業界は「虎の背中に乗っているのも同様」と表現し、控えめなヨーロッパ中央銀行すら、(ヘッジファンドにより)「世界金融システムの安定性が危険にさらされている」との見解をとっている。
最近倒産したAmaranth社[ヘッジファンド]1社だけでも天然ガス価格の投機で1週間のうちに50億㌦の損出を出したが、多数の銀行から融資を受けている多数のヘッジファンドが同時に投機に失敗した場合にはどうなるのか?
既に1998年9月、金融市場が崩壊寸前に陥ったことがある。
ヘッジファンドLong Term Capital Management(LTCM)が(国債に投機的投資を行い)40億ドル以上の金を失った。同社が銀行から借りたクレジットに担保の裏づけがなくなり、多数の銀行が困難に陥り、----最終的にはアメリカ準備金銀行のイニシアチブで新規資本注入が行われた。その後も、ヘッジファンドに起因するシステムリスクが更に増大している、というのがマサチューセッツ工科大学金融市場スペシャリストAndrew Lo の見解である。
こうした危険な推移の原因は銀行及びファンドのネット化が増大し、他人資本を利用する割合が上昇しているためだ。
ヘッジファンドの破壊力は莫大なもので、またガス、石油投機リスクが最大というわけでもない。
ヘッジファンド(「金融の曲芸師たち」)はデリバティブ(金融派生商品)も扱っているが、この業務量はここ数年で数倍(17兆ドル)になった。
貸出債権の信用リスクを取引するクレジット・デリバティブは一番危険な投機で、1990年代になってから銀行が大型顧客からの債権の回収リスクをカバーするために大々的に利用している。この取引で危険なのは、多数の金融機関が債権リスク回避のため互いに保証しあい、全体像がつかめなくなっていることで、コントロール出来ないような連鎖反応が起きる恐れがある。いずれにせよアメリカ証券業界の「伝説の人」Buffetのデリバティブに対する評価は辛らつで、ビル・ゲーツに次いでアメリカ第二の金持ちである同氏は、デリバティブを「財政的大量殺人兵器」と呼んでいる。
この市場は過去3年の間に劇的に変化し、債権回収リスク回避ではなく貪欲な収益欲が原動力となっている。
規制を受けないヘッジファンドは、時とすると自己資本の何倍ものクレジット・リスクの引き受けを行っている。
企業債券を買う場合と異なり、ヘッジファンドは僅かの担保で銀行から金を借りているが、こうしたリスク・マネージメントがうまく行かず、大型債務者が倒産した場合はどうなるか? 2005年5月5日。「格付けエージェント」Standard & Poors社が世界最大の自動車メーカー GM の信用ランクを《C》に落とした。ランクが落ちたことにより、債権回収リスクも増大するため、銀行は供託する担保の増大も要求している。.....ヘッジファンドはクレジットデリバティブに投資しているだけでなく、本物のクレジットの買取も行っている。
中でもリスクの一番大きいのがPrivate-Equity部門である。
僅かな自己資本でヘッジファンドが企業の乗っ取りを行う。購入価格の残金は借金で融資。その利子は買い取った企業に払わせる。こうした高利の金をヘッジファンドが貸すケースが益々増大し、銀行は大抵の場合----リスクが多いため----小額のクレジットしか貸与していない。
2006年上半期だけでもPrivate-Equity部門の全世界における企業買取総額は3000億㌦に及び、その大部分が借入によるものである。買い取られた企業は空洞化され、受忍限界を超える巨額の負債を背負い込んでいる。
世界経済が低迷すれば、倒産の波に見舞われ、大量の不良債権が新たに発生する---というのが経済学者の予測である。
そうなれば、ヘッジファンドも困難に陥り、株、債券を市場に投売りすることになり、経済危機が到来する。
こうした成り行きを警告する声は多いが、(金融市場全体を焼き尽くすような)危険に対する断固とした態度は見られない。
ドイツ政府の態度もあいまいで、例えば大蔵省金融市場担当責任者アスムセンは「クレジット保証の場合、監督官庁はこうしたクレジット最終残額についての情報もなく、ましてや監視などしていない」と批判しているが、大蔵大臣はPrivate-Equity企業も、ヘッジファンドも経済的な「恵み」であるとの見解をとっている。
(参考《Der Spiegel》39/2006)
はろう2006年10月号より