暁庵の茶事クロスロード

茶事が好きです。茶事の持つ無限の可能性に魅了されて楽しんでいます。2015年2月に京都から終の棲家の横浜へ戻りました。

「萩の月」の茶事-1

2014年09月21日 | 茶事  京都編
            満開の萩  萩の霊場・迎称寺にて (9月17日撮影)

9月15日に「萩の月」の茶事をしました。

茶事の名前(テーマ?)を考えるのは楽しいことですが、
なかなか決まらない時、すぐに頭に浮かぶ時などいろいろです。

「萩の月」は、S先生のお稽古で薄茶を頂いた茶碗がきっかけでした。
虫明焼の茶碗で、土色の胴に鉄絵で「萩と月」が描かれ、
虫の音が聞こえてきそうな佳い風情です・・・これに決めました。

三十六歌仙の一人、伊勢の和歌を添えて、ご案内しました。

    萩の月ひとへに飽かぬものなれば
        涙をこめてやどしてぞみる  (伊勢)

(萩の花に照る月影は、ひたすらに見ても飽きないものなので、
 目に涙を籠めて、その中に宿していつまでも眺めるのだ・・・・千人万首より)


                   黒谷・金戒光明寺にて

お客さまは2名様、8月末に茶事へお招きくださったYさまと
真MLコミュニティでお世話になっているSさま、初めて灑雪庵へお出まし頂きました。

在釜と書かれた掛札(古箪笥の再生品)や、祖母の古箪笥が目に留まったようで、
あまりの古家にびっくりされたかしら?

板木が2つ打たれ、温かい白湯と冷たいおしぼりをお出ししました。
まだ暑いような、涼しいような・・・水屋で迷いながら。 
                         

待合の掛物は、富岡鉄斎画の草花と菊の画が表装されたものです。

長年、太田垣蓮月尼にあこがれていたのですが、蓮月尼の作品には縁がなく、
京都へ来る前に東京美術倶楽部で入手した掛物です。
富岡鉄斎(1837-1924)は、明治・大正期の儒学者であり、文人画家、
少年期の鉄斎は侍童として蓮月尼と暮らし、薫陶を受けたと言われています。

            
                    

床のお軸は「雲 月去来閑」
正法山(妙心寺)瑞松老師の御筆、
雲が大きく書かれ、月の字が満月ではなく三日月なのが気に入っています。

村田珠光の
「月も雲間のなきは嫌にて候 これ面白く候」
が頭を横切り、
雲(陰の部分)と月(陽の部分)が去来する人の生き様を思い浮かべます。

不安定な割れ壷に花を入れたため、初座から諸飾りとしました。
花は矢筈ススキに白とピンクの芙蓉です。

割れ壷は灑雪庵の縁の下に転がっていたもので、
「もしや埋蔵金が入っていたのでは?」と勝手に妄想し、
埋蔵金が埋められているという伝説にちなみ、銘を「仙石原」としました。

ご挨拶ののち、香盆を運び出し、所望しました。
正客のYさんが香を焚き、三人で回しますと、甘く上品な香りが漂いました。
菱灰のせいでしょうか、香炉の火加減も丁度よく、安堵しました。

香銘は、ご案内の和歌より「萩の露」(伽羅)です。


               「萩の月」の茶事ー2へつづく


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