マリアテレジアの独り言

日々の生活の中で見つける・・
  小さな感動をつづります。

修道者魂               1/16(火)

2007-01-23 07:08:29 | 父の日。母の日。結婚記念日。
       神のために人生を捧げた人達    

私の一番聞きたい厳しい質問。
「日本での布教に人生をかけていても、”呼べど応えず”の実態に”むなしさ”は感じませんか?」
神父様の答は簡単な一言です。
「活動の中で自分の使命を果たしている喜びを感じているので、一人だけでも神の存在を信じるようになれば、それだけで私の喜びです。私はただ神の手として働いていますので種をまくだけです。」
淡々と応えるそのお答えに、修道者魂が強くにじみます・・  

今日は、現役で働くお元気な94歳のベルギー人修道者Fr.アッセ(有名な画家ルーベンスの7代目)と過ごす一日でした。
ベルギー人ミッション「スクート会」本部に住む現役を退かれた5人のスクート会神父様方との、二ヶ月に一度の楽しい昼食会に、Fr.アッセをお連れしました。
往復の道中、車中での3時間は、切れ間のない二人だけ(!!)のおしゃべりで過ぎる楽しい時間です。
医者となるべき道を歩んでいた高校生時代に、巡礼地ルルドを友人と訪れ、神の啓示を受けられて()以来、神への揺らぐことのない信頼に生きておられる神父様は、宣教士魂の塊です。そのお見受けするお姿は、穏やかなおじいさんです。

アイルランドの牧師さんで、西播磨の地で宣教士活動を続けておられる方の話を、NHK教育テレビで聞きました。
彼が受けた神からの啓示は()、自分を拉致し、家族を殺したテロ組織をつぶすために出来たテロ組織の中で、戦う毎日を送っている頃に、娯楽で見た「ベンハー」の映画からだったそうです。
「人を殺し合っていた罪」に気づいたというのではなく、キリストを殺す側に立っている自分の罪を見せられたそうです。 神を無視していた罪。神を無視することから自分の罪が始まったと初めて見せられたそうです。もうこれ以上、罪を犯す「キリストを殺す側の人生」を送りたくない。「キリストの側に立った人生」を送りたいと考えて、30歳で人生を180度転換されたそうです。
この方も、Fr.アッセと同じ言葉を云われました。
「西播磨地区で、2000枚のビラを配っても、一人も教会の門をたたいてもくれません。でも全然焦りません。”活動の中で自分の使命を果たしている喜びを感じています”」と。

どんな人生を送らされることになっても、神への信頼に揺るぐことなく、神に捧げた人生を送りきる魂こそが、「宣教士魂」ということを、学ばされた一日でした。 「信仰」は人を強くします!!  「信仰」は人を平安にします!!






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