WALKER’S 

歩く男の日日

4月10日 3日目 民宿いさりび~38~土佐民宿大平

2014-05-17 | 14年四国の旅


2日続けての、見事な太平洋からの日の出です。奇跡というほどではないにしても、なかなかの確率でしょう。もしかしたら、これが今回のお遍路の序曲だったのかも知れません。


 朝食は撮り忘れません。

 お接待の焼きおにぎりとキャンディです。足摺のジョン万次郎の前で頂くことにします。
民宿いさりびは2食付き7000円、500円値上がりしていました。
 本日は歩く距離が短いので、ゆっくり7時10分の出発です。


 足摺自動車学校の入り口に5年前にはなかった看板がありました。新しい風景には自然とカメラを向けたくなります。
 出だしの調子はあまり良くありません。というのも、腰の筋肉と背筋の下の部分がかなり痛んでいるからです。理由は分かっています。ザックのベルトを絞りすぎたのです。荷物の位置を上げれば軽く感じると信じていたけれど、上げすぎて筋肉が窮屈な感じになってしまって、昨日、一昨日はタイムが出なかったのでした。ベルトを元に戻したのですが、痛みが残ってまだベストの歩きができていないようです。


 短絡路を抜けて大岐マリンの前に出てきました。ちょっと見えにくいのですが、奥の車の前に赤ちゃんを抱いたご主人が出てこられました。元気に挨拶すると笑顔で返してくれました。ぼくは大岐マリンに泊まったこともないし食事をしたこともないけれど、ご主人の顔は、神戸のSさんのブログで見知っていたのでした。
 大岐マリンから1.5kmほど歩くと民宿岡田があります。玄関の横におばあちゃんが椅子を出して腰掛けていました。おはようございます、と言って通り過ぎようとしたのですが、あっと、思い直して、声をかけてしまいました。女将さんは交通事故に遭って宿は休業状態だとネット情報で見ていたのでした。身体はもう大丈夫ですか、と訊くと、にこにこうなずきながら、大丈夫ですよ、と優しく応えてくれました。ぼくはこの宿に泊まったことはないのだけれど、自然にそんなことになってしまいました。椅子の横には杖が立てかけてあって、まだ不自由な部分があるのかも知れないけれど、元気そうでした。営業しているかどうかは訊けなかったのですが、しばらくお話しして、なにかうれしくて元気が出てくるような感じがしました。


 いさりびから6.3km、幡陽小学校の前のバス停にやってきました、5年前は久百々のバス停で休んだからここでは休まなかったけれど、それまではいつもここで休んできました。今回も朝イチでこの距離なのでもう少し先まで休みません。


 5年前はまだ工事中だった土佐清水市街へ向かうバイパスが開通しています。でも昨年乗った路線バスはこの道を通れない。前の道の途中にいくつかバス停があるから無視するわけにはいかないのです。


 星空の看板が残っています。数年前休業の情報が流れたけれど、今は再開している模様。


 9年前お世話になった民宿星空、四万十の渡しで一緒だった神奈川から来た女性お遍路さんと同宿だったこと、洗濯はお接待だったこと、朝食に出た納豆は食べられなかったこと、38番を打ち戻ってきたときコーヒーをご馳走になったこと、そのとき「ぼくのじいちゃんは30日で1巡したと言ってたなぁ」と思い出話を伺ったこと、忘れられないことはいっぱいあります。
 星空のすぐ前から国道を離れて以布利港へ下りていくのが遍路道(近道)だけれど、今回はそのまま国道を歩きます、以布利トンネルのすぐ手前で左折して県道を歩きます。この遠回りがどれくらい遠回りになるか調べるためです。こんな遠回りの道をだれが歩くのかと思われる向きもあると思いますが、山道の大嫌いな家田荘子さんはもっぱらこの遠回りの道を歩くそうです。


 県道に入る少し手前の短絡路です。この部分国道はすごいヘアピンカーブの坂道でかなりの近道にはなりますが、勾配もすごい。打ち戻りの時に2回ほど歩いた覚えはあるけれど、上りで歩くのはたぶん初めて。なぜ、たぶんかというと、最初の時以布利港へ下りていく道を知らなくて、こちらの道を歩いたのは覚えているけれど、この短絡路に気づいたかどうかまでは覚えていないのです。
 近所のおばちゃんとすれ違って挨拶はしたけれど、ちょっと怪訝そうな顔をされました。ここを歩くお遍路さんは滅多にいないのでしょうね。打ち戻りでも、近道の東海岸を歩く人が圧倒的に多いのかも知れません。3kmほど近道になりますから。


 県道の入り口です。ここからは見えないけれど、左折ポイントまで行くと以布利トンネルの入口が見えます。最初ここに来たときトンネルを出てくるお遍路さんの姿が見えました。もう11年も前のことなのに妙に忘れられない映像です。


 海岸から上がってくる本来の遍路道が合流してくるポイントです。5年前のタイムと比較すると14分の遠回りでした。地図を見るとそれほどの距離の差はないので意外でした。5分以下ではないかと思っていました。


 次の近道の入り口です。もちろんそのまま県道を歩きます。県道はウサギの耳なのでこちらの方が遠回りになると思っていました。


 近道が合流してくるポイントです。ウサギの耳は地図で見ているよりずっと長く感じました。ちょっと後悔しそうなほどでした。でもタイムは5分の遠回り、全体の長さがそれほどでもないので思ったほどの差にならなかったようです。合計で19分の遠回り、来年以降は歩きません。


 2番目の近道が県道に合流すると、すぐ目の前に3番目の近道の入り口があります。5年前、一旦入りかけた家田荘子さんが引き返したところに出くわしました。そのときは全く意味が分かりませんでした。
 ここも入らずそのまま県道を歩いたところ、近道と同タイムでした。県道は途中でいい景色の所もあったから、来年以降も県道を行くことにします。


 窪津の街が近づいてきました。この1kmほど手前で二人の歩き遍路さんを追い抜きました。時間からすると大岐マリンか大岐の浜から来た人だと思われます。そしてこの少し前に打ち戻りの若い人とすれ違いました。足摺からだと三原村の一番近い宿でも40km、その手前だと安宿の25kmだから、そこまでということはないだろう。あるいはその中間で野宿をするのか。
 目の前の山越えの近道は回避しません。家田さんはこの道さえ無視して県道をそのまま歩いてました。ぼくも最初の時は近道を知らなくて県道を歩いたけれど、県道の方が辛かったような記憶があります。


 本日最初の休憩ポイント、窪津小学校の前までやってきました。遠回りした分を差し引くとベストタイムとほぼ同じでした。出だしに比べて身体がほぐれていい動きができています。5年前までは校門を出たところにほったて小屋のようなバス停があって腰掛けもあったけれど、完全に消滅していました。今日は晴れているからいいけれど、雨の日には別のポイントを考えなくてはなりません。


 校門を出たところで休もうとしたら、車が校庭に入っていき、中から出てきた先生か事務の人が、中で休んでくださいと促され、校庭の脇にあるベンチで休ませてもらいました。しばらくして入ってきたのは移動図書館。
 窪津小学校では20分ほど休憩、10時04分に出発です。金剛福寺まで写真は撮らなかったのですが、一つだけ5年前にはなかった風景がありました。短絡舗装道がまたできていました。11年前からいくつかのきれいな短絡路ができてきていたのですが、また一つ増えて少し歩きやすくなりました。でも、このようにして昔の人が歩いていた道がだんだん無視されていくというのも味気なく感じてしまいます。
 小学校から1kmほど先の茶屋で男性お遍路さんが地図をチェックしながら休んでいました。もちろん、打ち戻りかこれから足摺に向かうのか分かりません。でも、足摺までは6kmほどだから打ち戻りではないと思われます。
 そこからしばらくして、小学校で休んでいる間に追い抜いていった、窪津の前に追い抜いた男性に再び追いつきました。知らぬ間に追い抜いていたのでちょっとびっくりされました。しばらく一緒に歩いて話しました。
 さらに2kmほど行くと今度は打ち戻りの人に出会いました。いさりびで同宿で車で送ってもらった人でした。食堂では眼鏡がなくてよく分からなかったけど、部屋に戻って見たら、とてもよくできた有用な資料だったと、改めてお礼を言われました。


 11時15分、38番札所金剛福寺に到着しました。今回の旅最初の札所であり、1番札所霊山寺から最も遠い札所でもあります。小学校からの歩きは快調でベストタイでした。


 水屋の亀さんがいなくなっていました。これも5年の歳月です。少し肩を落としながら初めてのお参りに向かいます。


 予定通り万次郎の前で昼食です。万次郎の写真は敢えて撮らず、遊びに来てくれた猫を撮影、観光客やお遍路さんが多いせいか、そんなに人見知りではなく、女性の観光客が近づいて身体中をなで回しても為されるがままで気持ちよさそうにしていました。
 宿まであと15km、2時間半ほどで着いてしまうので、たっぷり45分の休憩、12時15分に出発です。


 金剛福寺から5km、松尾小学校の前までやってきました。ここまでは8年前とほとんど景色が変わっていなかったのですが、ここへ来て、あっという感じです。ここは、確か最初来たとき(11年前)は工事はしていなくて、その翌年から工事が始まっていたような記憶です。その関係で山道へ入っていく道がちょっと違っていたはずです。ただ、そのときは何の工事か全く分からなかった。まだ穴は全く空いていなくて手前の部分の整地が始まりかけていただけでした。最後にここに来たのは8年前、そのときもまだ分からなかったけれど、8年経てばというところでしょう。いつ開通するのか分からないけれど、そうなればこれから歩く山道もだれも歩かなくなってしまうのでしょうか。


 トンネルの横から、県道を短絡する山道が始まります。最初来たときはこの手前ももっと情緒のある道だったような気がします。トンネルは1200mくらい(新伊豆田トンネルよりちょっと短い)になるようです。このトンネルができると清水の街から足摺まで一番の近道でかつ細かいカーブが少なく高低差も少ない便利な道路になります。
 山道は今まで4回歩いたけれど、完全に忘れていました。想像していたより遙かに長くきつかったです。そして平坦で広い道に上がってくると途端に記憶がよみがえってくるのです。辛いことから記憶が飛んでいく、というのは本当に本能なのだと思います。


 短絡路の山道が県道に合流してしばらく行くと、全く見たことのない光景が飛びこんできました。トンネルの出口は少し高いところで県道はその下をくぐり抜けて、この先で合流するようです。8年前は全く工事は始まっていなかったから、あまりの違いにびっくりです。
 大浜の街へ入っていく手前、3巡目(9年前)のときは台風で防波堤が破壊されてその工事中で大浜トンネルを歩くしかなかったことなどが思い出されます。大浜の道も3回歩いているので、何となく見覚えのある景色です。




 大浜の街を抜けて中浜の町に入ってくると、万次郎の記念碑がパティオの中に立っています。このすぐ前の建物にベンチもあったので休憩します。ここまでのタイムは一度もとったことがないので比較はできないのですが、あまりいい感じではありません。山道の登りで相当消耗してしまいました。昼食が不十分だったということもあると思います。
 時間は14時06分、土佐清水の街まであと4kmほどです。




 防波堤に万次郎の生涯が紙芝居のように描かれています。これも、確か8年前にはなかったと思います。ひとつひとつしっかり見たいとも思ったのですが、そこまでの精神的、体力的余裕はほとんどありませんでした。
 記念碑の前では20分休憩、中浜の街を抜けて県道に上がってきたところがタイムチェックポイントであり、短絡山道への分岐点でもあります。
 1巡目は短絡山道の存在そのものを知らなかったので、県道を歩きました。2巡目の時は山道を歩くつもりだったのですが入り口が分からず不本意ながらまた県道を行きました。3巡目4巡目は山道を歩きました。今回は10年ぶりに県道を歩きます。というのも、1巡目2巡目はここからのタイムをとっていなかったので県道がどれくらい遠回りになるか分からなかったのです。


 県道に上がって7分ほど歩くと本日の宿がある土佐清水の市街が見えてきました。ただし、湾をぐるりんと大回りにするので、これからが長い。まだ4km以上残っているはずです。県道は歩きやすいけれどこのはがゆさがあるのです。


 土佐清水の市街の入口にあるスーパー、サニーマートに到着です。時間は15時02分、宿まで1300mだからちょうどいい時間です。短絡路の分岐点から38分、山道を歩いたときと全くの同タイムでした。次に来たときはちょっと迷うかも知れません。
 いつものように、明日の昼食と明後日の朝食を調達します。明日の宿は朝食がないし遍路道沿いにスーパーやコンビニを見た記憶がありません。


 レジを出たところにちょっとした休憩所があるので一休み。これも過去4回と同じ、夕食まで今しばらく時間があるのでアイスを頂きます。税込み111円、コンビニより安いです。


 364日ぶりにプラザパルの前に戻ってきました。バスではなく98km歩いて戻ってきました。昨年チェックインの時間まで6時間近くこの中で過ごした。歩けなくなるとじっと我慢するしかない。歩けることがいかにありがたいことか、つくづくと眺めてしまいます。


 15時36分、本日の宿土佐民宿大平に到着しました。外装工事のための足場で囲まれていますが、もちろんちゃんと営業しています。本当に帰ってきたなぁ、と我ながら感慨深いものがあります。昨年発つときに思わず「来年も来ます」と言ってしまった。その約束を守ることができて今回の旅の第一の目的が果たせました。
 ご主人と奥さんがそろって出迎えてくれました。まず、ぼくが書いたブログのお礼を言われました。知り合いの方が偶然、この宿のことを書いているぼくのブログを見つけて、ご夫妻に知らせたということでした。本当にいい宿のことは、できるだけきちんと伝えて多くのお遍路さんに利用してもらいたい。でも今回も、ぼく以外の3部屋はいずれも長期滞在者でお遍路さんではありませんでした。やっぱり、西回りの打ち戻りは少ないし、この宿の場合だと東回りより5km以上は遠回りになりますからね。
 ぼくの部屋は昨年と同じ2部屋分の広い部屋でした。そしてすぐにお風呂の用意ができました。


 たっぷりのカツオの刺身がまずうれしい。今回は土佐の宿は4軒で、昨日、一昨日は出なかったから、チャンスはあと2回だったのです。やっぱり土佐に来て1度は食べておかないと来た甲斐がないというものです。通しで巡っている人は土佐は毎日カツオでちょっと飽きるという人もいるようですが。
 そして温かいトンカツ、こういう宿で肉が出るとちょっとテンションが上がります。そして炊き込みご飯、これもおいしかった。うれしさの三重奏で今年も大満足です。やっぱり、内田屋とは甲乙つけがたいです。