万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

新型コロナウイルス肺炎から見る‘フェイクニュース’の功罪

2020年01月30日 13時01分17秒 | 国際政治

 中国の武漢から全世界に新型コロナウイルスの感染が拡大する中、ネット上では様々な情報が行きかっています。中にはデマ、すなわちフェイクニュースも混在することから、一般の人々への注意を喚起するために、メディアなどでは明らかにデマである悪質情報を列挙して紹介する記事も見られます(感染者の到死率は15%、抗インフルエンザ薬や飲酒が感染を予防するなど…)。しかしながら、フェイクニュース問題とは、一般的に考えられているよりも複雑なのではないかと思うのです。

 政府も既存のメディアも、ネット上のフェイスニュースに対しては極めて批判的です。フェイクニュースという‘風説の流布’が不当な人権侵害や時には迫害や虐殺を招くとして、その取り締まりに対しては積極的な姿勢で臨んでいます。このため、‘ネット情報は信頼に値しない’とするイメージが振り撒かれているのですが、その一方で、今日の情報空間を見ますと、政府やメディアも同罪であることに気づかされます。今般の新型コロナウイルス肺炎の感染拡大に際しての政府、地方自治体、そしてメディアの情報発信は、これらのフォーマルな発信者もまたフェイクニュースの流し手であることを示しているからです。

 同肺炎の感染がかくも広く拡大した主要な要因は、政府や自治体による国民に対する偽情報の発信にあります。感染者数、死亡者数、並びに、新型コロナウイルスの特性に関する情報はすべて過小に公表されており、同情報を信じた市民達は、然したる警戒もしなかったため、感染予防のための十分な措置をとることはできなかったからです。因みに、今月29日にチャーター機の第一便で帰国した206人の邦人の内3人の感染が確認されていますので、1.5%程度の感染率で単純に計算すれば1100万都市とされる武漢では少なくとも16万人が既に罹患している可能性があります(上記のデマ紹介記事では感染者9万人は悪質情報としていますが、実は、それ以上である可能性も…)。つまり、ネット上のフェイクニュースを目の敵にしている政府が自らフェイクニュースを発信し、多くの国民の命と健康を危機に晒しているのです。この現状からしますと、国民保護の観点から取り締まるべき対象は、全国民に対して情報を発信し得る最大にして最も‘権威’ある広報機関である政府自身ということになりましょう。言い換えますと、政府による虚偽の情報提供は、民間による‘風説の流布’による被害を遥かに上回る甚大なる災禍を国民にもたらすのです。

 そして、政府が公然と嘘を吐きますと、政府発表の情報と異なる全ての情報が‘フェイクニュース’として扱われるという忌々しき事態も発生します。ここに真偽が逆転し、事実に基づく情報が公権力によって偽情報に貶められる一方で、紛れもない偽情報が‘事実化’してしまうのです。もちろん、フェイクニュースの中には人々を混乱させて面白がる愉快犯によるものや、集団パニックを起こさせることを目論んだ意図的な偽情報の流布もあるのでしょう。しかしながら、国民が自らの生命や身体を護るために必要となる情報までもがフェイクニュースとして情報空間から排除されるとしますと、‘角を矯めて牛を殺す’ということにもなりかねません。さらに偽情報に加えて、政府が国民に対して十分な情報を提供せず、不都合な事実を隠蔽している場合には、事実を知しりたい人々は、‘フェイクニュース’とされている情報の中から真実を見出そうとするものです。公的機関が嘘を言う、あるいは、情報を隠蔽するのは、‘フェイクニュース’とされている情報こそが正しい証拠と見なされるのです。程度の差はあれ、自由主義国にあっても、こうした真偽の逆転現象は見られます。

 また、全てとは言わないまでも、マスメディアもまたこの点については政府と同罪のように思えます。特に中国では全メディアが中国共産党、並びに、中国政府のコントロール下にありますので、これらから報じられる情報は、公的機関から提供された情報の解説か補強に過ぎないのです。一方、報道の自由が保障されている自由主義国であっても、ポリティカル・コレクトネスが強力に働きますので、全ての事実がありのままに報じられているわけではありません。また、メディア各社の政治的、あるいは、イデオロギー上のスタンスによる偏向報道や歪曲も日常茶飯事ですし、‘報道しない自由’をも謳歌しているのが現状です。つまり、情報の真偽については、マスメディアの報道も‘フェイクニュース’の真偽を判断する基準とはなり得ないのです。なお、ネット上にあって事実上の‘検閲’を行っているIT大手も、同様の理由から真偽の判定者には相応しくはないと言えましょう。

 新型コロナウイルス肺炎の拡大は、政府発のフェイクニュースの問題が絡むゆえに、中国国内にあっては国民の政府に対する信頼を著しく低下させ、延いては共産党一党独裁体制をも揺るがすかもしれません。一方、自由主義国において今後注目されるのは、日本国政府を含めた各国政府の情報公開の基本方針です。同肺炎の発生原因については、中国政府は野生動物からの感染と説明していますが、中国科学院武漢ウイルス研究所微生物毒種保存センターからの流出の方が余程説得力があります(因みに、メディアでもこの説については黙ってはいてもデマ扱いはしていない…)。つまり、新型肺炎の蔓延は、中国による生物兵器の開発・保有という防衛や安全保障に直結しかねない問題領域へと一気に拡大する可能性があるのです。

感染拡大によって中国経済が麻痺する中での経済への甚大影響に加え、中国の病原性ウイルスの管理が杜撰であり、かつ、国際法に違反する行為を行っていた‘事実’が判明すれば、各国とも、中国との関係は見直さざるを得なくなることでしょう。そして、こうした中国にとりまして不都合な情報が明るみに出るほどに、習近平国家主席が苦境に立たされるのですから、中国政府は、各国に対して強い情報統制圧力をかけることが予測されるのです。日本国政府は、果たして、中国のために情報統制に加担するのでしょうか、それとも、日本国民のために情報を包み隠さずに公表するのでしょうか。仮に前者であれば、日本国民もまた中国国民と同様に、政府に対する信頼を失うのではないかと思うのです。


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