万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

‘ゴーン’主役映画の行方-その名は‘大逆転’?

2020年01月09日 10時56分57秒 | 国際政治

 三か国の国籍を有し、日産の元会長であって、ブラジル大統領選挙への出馬さえ囁かれたグローバリストのカルロス・ゴーン容疑者。その劇的な海外逃亡は、日本国のみならず、全世界を驚かせました。昨日、逃亡先のレバノンで開かれた記者会見では、日本のメディアの大半を締め出す一方で、全世界に向けて自らの無実を訴えております。自らは日産と検察の謀略に嵌められた被害者であると…。

 

 ゴーン被告の脱出が音響器具運搬用ケースに身を隠し、プライベート・ジェット機を利用するといったサスペンス映画顔負けのスリリングな手法であったため、早々に映画化の話が持ち込まれそうです。事実は小説より奇なりとも申しますが、現実に起きたドラマティックな実話は得てして映画化されてきました。ところが、ゴーン容疑者の脱出劇は、過去のノンフィクション映画とはいささか順番が違うようにも思えます。何故ならば、脱出に先立つ昨年の12月に、同被告は、ハリウッドの映画プロデューサーと面会しているからです。

 

 想像の域を出ませんが、仮に、映画関係者と会談していたとしますと、同脱出劇のシナリオはハリウッドで書かれた可能性も否定はできません。実行部隊である‘脱出チーム’にはアメリカの元特殊部隊が加わっておりますし、日本国内の空港についても出入国検査のレベルを下調べしていたと報じられています。関西国際空港では、プライベート機であれば、検査機のキャパシティーを超える大型の荷物は内部を検査されることなく通過できたることを発見したのですから、同チームが比較的長い期間をかけて日本国内を調査し、チェックしていたことが伺われます。つまり、最初に映画製作の計画があり、その後に、同シナリオを実現するためにゴーン被告を作戦通りに出国させたと推理されるのです。つまり、ゴーン被告は、同映画のために脱出劇を演じた‘役者’なのです。

 

 ハリウッドの描いたシナリオでは、おそらく、ゴーン被告は、邪悪な日産幹部と検察によって無実の罪を着せられ、囚われの身となった哀れな被害者であり、そのストーリー展開は、お決まりの‘最後には正義が勝つ’のパターンであったのでしょう。観客は、悲劇のヒーローとして設定されたゴーン容疑者の脱出シーンを手に汗握り(音響機器運搬ケースに隠れたゴーン役の男性は、額に汗を浮かべながら同ケースが検査官の前を無事に通過するのを息を潜めて待っている…)、日本国を飛び立ってレバノンの空港に降り立つシーンには拍手喝さいを送ったかもしれません。かくしてゴーン被告の海外逃亡は、不当な拘束から自由を取り戻したヒーローの物語として全世界の人々を魅了するものと期待されていたのでしょう。大逆転劇として。

 

 しかしながら、この‘囚われの身から自由の身’への大逆転、ゴーン被告に対する世論の変化を考慮しますと、別の方向への大逆転となるかもしれません。同被告が逮捕された当初、フランス、ブラジル、レバノン等の国際世論はおよそ日本悪玉論一色でした。同情論が圧倒的に優勢な状況にあっては、同情のシナリオは、違和感なく観客に受け入れられたことでしょう。ところが、ここにきて、ゴーン被告を取り巻く空気は変化を見せてきています。世論の好感から脱出先に選ばれたレバノンでも若者層を中心に腐敗の象徴としてゴーン批判が湧いてきています。また、同脱出劇には、夫人のキャロルさんが積極的に協力していたとされ、日本国の司法がゴーン被告と夫人との接触を遮断した理由も国際的に理解されるに至っています。否、同被告の脱出劇は、厳しい監視体制を敢えて敷いた日本の司法の判断の正しさを逆に証明しているのです。

 

 となりますと、上述した‘大逆転’のストーリーは、表向きは世界的な経営者として賞賛と喝采を浴びつつ、裏では大企業を私物化して甘い汁を吸いつくしてきた大悪党が、お金にものを言わせて自らをヒーローに仕立て挙げようとする‘謀略もの’へと反対方向に‘大逆転’します。そして、観客は、全てが上手く行きそうなその瞬間に‘謀略’が露呈して、大悪党の計画が失敗に終わる結末に留飲を下げることとなるのです。このストーリー展開では、‘悪は必ず滅びる’あるいは勧善懲悪がテーマとなりましょう。

 

 計算高いハリウッドのことですから、自らの旗色が悪くなりますと、後者のストーリーに乗り換えるかもしれません。前者のシナリオのままでは、観客からブーイングが起きかねないからです。しかも、後者の筋立てでは、エスプリを利かせてコメディー仕立てにもなり得ます。大悪党が、悲劇のヒロインに成りすまそうとして画策する度に、それが悉く裏目に出てゆくという…(Mr.ビーン主演?)。映画化が決定されているわけではありませんが、ゴーン事件についてはどこかで‘どんでん返し’がありそうな気配があり、‘大逆転’は、フィクションの世界のみならず現実においても同事件を理解するキーワードとなりそうなのです。

 


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