万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

新型コロナウイルスは中国の独裁体制を揺るがす?

2020年01月24日 16時00分43秒 | 国際政治

 中国の武漢を発生地とする新型コロナウイルスは、中国国内のみならず、国外にも感染の拡大を見せています。日本国内でも二人目の感染者が確認されたのですが、新型コロナウイルスは、人体のみならず中国の一党独裁体制をも揺るがすかもしれません。

 報道によりますと、中国政府が本格的に新型コロナウイルスの感染拡大防止に動き始めたのは、発生が確認されてから一か月以上が過ぎた頃です。それまでの公式の報道は、武漢市当局によるものであり、中国国内のネットでも噂され、また、海外のマスメディアが高い関心を示しつつも、中央の北京は口を閉ざしたままでした。年が明けて1月20日に至り、国のトップである習近平国家主席が徹底的な感染拡大の封じ込めを命じたため、武漢の封鎖といった前代未聞の強硬措置が採られるようになったのです。新型のウイルスは、SARSと比較して潜伏期間が9日と長く、かつ、発熱などの症状も出ないケースも報告されているため、封じ込めはより困難との指摘もあります。それにも拘わらず、初動体制があまりにもお粗末であったために、今日の危機を迎えているとも言えましょう。そして、同感染病の拡大をめぐる一連の中国政府の不手際は、同国の独裁体制が内包している幾つかの問題点を露わにしています。

 第一の問題点は、独裁体制では、トップが判断して部下に命じない限り、事態の深刻さを知りながら、誰もが自発的に対応しようとはしない点です。しばしば、独裁体制のメリットとして、上意下達による迅速なる組織的対応が挙げられています。今般の新型コロナウイルスに対策についても、習主席の‘鶴の一声’によって武漢閉鎖の強権発動がなされ、このフェーズだけを切り取りますと、独裁体制のメリットが十二分に発揮されているようにも見えます。海外メディアからのインタヴューを受けた一般市民からも‘政府が厳重なる対策を採っているから大丈夫’とする声も聞かれるほどです。

しかしながら、この一件は、逆の見方からすれば‘独裁者が何らかの対策を命じないことには国民は救われることはない’という、極めて危うい中国国民の置かれている状況を露呈してもいます。つまり、目の前に危機が迫っていても、決定権を独占している独裁者以外の人は、それが誰であっても自発的に行動することができないのです。自由主義国であれば、謎の伝染病が発生した場合、感染者が発見され次第、国の判断を待つまでもなく、地方自治体レベルや診療にあたった病院・保健所レベルにあって最善が尽くされるはずです。感染者の病棟での隔離・治療のみならず、一般市民に対しても速やかに情報を公開し、感染防止に努めるように呼び掛けたことでしょう。独裁体制には、制度においても、精神においても、人々が責任を分かち合い、自らの判断で社会を護るという姿勢に欠けているのです。

また、独裁体制では、あらゆる分野における決定権が独裁者に集中しているために、判断の基礎や材料となる情報は、正確、かつ、欠落のない完全さが要求されます。しかしながら、現実には、既に指摘があるように、自らの勤務評価が下がるようなマイナス情報は隠蔽され、独裁者の元には上がらないケースが頻発するのです。人事に関する権限も独裁者に集中していますので、下部組織のメンバーには自己保身のために情報を隠蔽する動機が強く働くからなのでしょう。かくして、独裁者による政策決定後の対応は早く、組織全体が一斉に動き出すものの、独裁体制では、その決断に至る過程において情報が不完全、かつ、歪められる可能性が高くなるのです。独裁体制に付随する第二の問題点は、情報伝達システムが機能不全に陥るリスクです。習主席は、情報隠蔽に対しては厳罰を科すと宣言していますが、一分一秒を争うような、時間との闘いとなる問題領域では、独裁者の耳に情報が届いた時には‘時すでに遅し’となる可能性も否定はできません。

第三の問題点は、二つ目として指摘した弊害とも関連するのですが、独裁者その人が、自らに上がってきた情報を握り潰してしまう、あるいは、耳を塞いでしまうリスクです。習主席がようやく対応に積極的な姿勢に転じるのは発生から既に一か月以上が経過した時点ですが、それ以前に、既に海外でも感染者が現れ、かつ、内外のメディアにあっても大々的に報じられていました。曲がりなりにも国家トップの地位にある習主席が新型コロナウイルスについて全く情報を得ていなかったとは思えません。たとえ武漢閉鎖等の大胆な措置が評価されたとしても、習主席は、対応の遅れを招いたとする国民からの批判から免れることはできないのです(もちろん、言論統制により、政府批判は封じ込めようとするのでしょうが…)。

以上に述べてきましたように、新型コロナウイルスの感染拡大は、中国の共産党一党独裁体制の制度的な欠陥を明らかにすることなりました。あるいは、同ウイルスがダメージを与えた最も重い感染者こそ、習主席、あるいは、中国共産党であったのではないかと思うのです。


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