万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

‘資本主義’の変化が移民問題を解決する?

2020年01月23日 13時53分55秒 | 国際経済

毎年、この時期にスイスで開かれているダボス会議は、グローバリズムの全盛期に比べれば陰りが見えるとはいえ、その後の各国の経済政策をも方向づける絶大な影響力で知られています。先鋭的なグローバリストが集う総本山のようなイメージがあるのですが、今年の会議では、トランプ米大統領も顔を出したためか、‘資本主義’の見直しが重要なテーマとして位置づけられていたそうです。

 ダボス会議で提起された‘資本主義’の見直し論とは、株主の利益を最優先する株主至上主義から脱し、従業員、取引先、地域社会といった他のステークホルダーの利益をも考慮しようというものです。この方針は、昨年の8月に、アメリカの経営者団体であるビジネス・ラウンドテーブルで示された企業の行動規範とも一致しており、株主至上主義の見直しは時代の潮流でもあります。批判を浴びてきたグローバリズムの問題点は、株主至上主義にその主因が求められるからです。そして、資本主義の見直しは、格差拡大に並ぶもう一つの問題を解決する可能性を秘めているように思えます。それは、イギリスではEU離脱を招き、アメリカではトランプ政権を誕生させた移民問題です。

従来型の株主至上主義では、‘人’とは、単なる労働力に過ぎず、国境を越えた労働力の移動は、事業利益を最大化するための有効な手段でした。低賃金でも働く外国人労働者を大量に雇用すれば、人件費の大幅な削減に繋がるからです。アメリカ最大の社会問題とされてきた人種差別問題も、元を辿れば、大航海時代の到来とともにグローバルに奴隷を売買できるようになった奴隷商人達の利益第一の事業方針に求めることができましょう。この結果、移民を受け入れた国に深刻な社会問題が発生しようとも、外国人労働者への代替によって失業率が上がろうとも、外国人犯罪者の増加や外国の犯罪シンジゲートの上陸で治安が悪化しようとも、そして、外国人やその家族に対する生活支援等のために相当額の予算を要しようとも、企業側はお構いなしであったのです。むしろ、外国人労働者の受け入れに伴う負の部分については、国や地方自治体、そして地域の住民たちにその責任を押し付け、その解決や緩和策も丸投げしようとしてきたとも言えましょう。あたかも、それがグローバル時代における当然のことのように…。

一方、今般の見直しでは、地域社会といった企業が活動する場で生活している一般の人々をもステークホルダーと見なしています。このスタンスからすれば、コストのみを判断基準とした労働力の移動も同時に見直されるべきかもしれません。何故ならば、外国人の増加によって社会的変化や財政的な負担を一方的に強いられる地域の住民、あるいは、国民こそ、企業の経営判断によって多大な影響を受けるステークホルダーに他ならないからです。アメリカの人種差別問題のみならず、ヨーロッパにおいても古くはユダヤ問題から新しきはイスラム過激派によるテロ事件に至るまで、利益を求めた結果としての人の移動は、世界各地に解決困難な社会問題をもたらしてきました(もちろん、すっかりと同化した事例もありますが…)。ミャンマーのロヒンギャ問題なども根は同じであり、従来の‘資本主義’は、民族の違いや人々の心理に対して無神経、かつ、無頓着過ぎたのではないかと思うのです。否、現地社会に対する破壊的な影響を十分に理解しながらも、利益を優先させるために政治やメディアをも背後から動かし、教育方針や世論を誘導するなど、様々な手段を用いて地域の人々に順応、あるいは、変化の受容を強要しようとしたのかもしれません。

‘人は生まれた場所から絶対に移動すべきではない’とは申しているわけではないのですが、人とはモノとは違い、自らの意思と行動の能力を有するとともに、集団的な属性としての政治性、社会性、そして文化性をも宿しています。唯物論に立脚した共産主義もまた‘資本主義’以上に人を人とも思わぬ冷酷さがあるのですが、‘資本主義’が株主以外の人々をモノ扱いした結果として移民問題が発生したのであるならば(経済的な理由以外には、人が他の国に移住する動機はそう多くはない…)、最も解決、あるいは、緩和を期待し得る方策とは、企業がより人の多面性を尊重し、移民反対を訴える人々を‘ポピュリズム’の一言で一刀両断に切り捨てることなく、地域の人々や国民の声にも素直に耳を傾けることではなのではないかと思うのです。つまり、国境を越えた人の移動については、受け入れ側となる国家や国民の側の権利をも尊重し、より抑制的であるべきなのではないでしょうか。

 


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