万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

感染病と人権保護の問題を考える

2020年01月31日 12時44分12秒 | 日本政治

 中国側の働きかけにより、WHOが先延ばしにしてきた新型コロナウイルス肺炎に関する緊急事態宣言。そのWHOも、昨日30日に開かれた第3回目の緊急委員会においてようやく同宣言を発するに至りました。その間、既に感染者数はSARSを越え、感染拡大は一向に収まる気配はありません。こうした中、日本国政府も、発生源地である武漢に邦人退避のためのチャーター機を派遣し、29日にその第一陣の206名が無事日本国に帰還しました。いわば救出劇ともなったのですが、今般の政府による退避措置は、幾つかの問題や課題を提起することともなったのです。本記事では、先ずは感染症と人権の問題について考えてみることにします。

 日本国政府による武漢からの邦人退避措置は、希望する全邦人を航空機で帰国させるだけで完了する性質のものではありません。感染症の発生地からの避難である以上、同時にウイルスの日本国上陸を防がなければならないからです。すなわち、新型コロナウイルスは人を宿主としますので、退避してきた邦人を無チェックで入国させますと、ウイルスも一緒に国内に持ち込まれる可能性が高くなるからです。そこで、政府は、コロナウイルスを指定感染症に定めるとともに、機内等でも感染の有無を厳重にチェックし、症状の現れている人や疑わしい人は病院に搬送する一方で、無症状の人々にも指定されたホテルでの一定期間の滞在を促したのです。しかしながら、こうした政府の措置には法的拘束力がないために(指定感染症の指定施行以前…)、政府側の熱心な説得にも応じず、二名の邦人が感染検査を拒否して帰宅してしまったというのです。

 この二名の行動を許した点については、国会でも野党からの追及があり、安倍首相は、人権保護の観点から致し方がなかったと説明しています。国民には自由意思に基づく行動の自由が原則として保障されていますので、それを政府が制限することは、重大な人権侵害に当たるということなのでしょう。しかしながら、今般のようなケースが人権侵害となるのか、いささか疑問でもあるのです。

 第1の問題点は、‘誰の人権を守っているのか’というものです。もちろん、日本国政府の立場としては検査を拒否した二名の邦人の人権ということなのでしょう。しかしながら、人権というものは、全ての人々に対して保証されるべき普遍的な権利です。この点に鑑みますと、今般の一件では、特定の個人に対する人権の保障が、他の人々の人権、すなわち生存権を損ねるリスクは小さくはありません。新型コロナウイルスでは、無症状であっても人から人への感染があり得ますので、これらの二人の人から他の人へと二次感染、三次感染してゆく可能性は否定できないからです。つまり、これらの二人から感染する恐れのある不特定多数の人々の人権は守られていないこととなるのです。人権保護に人権侵害のリスクが伴う場合にあって、前者のみの人権を保護するとする政府の姿勢には疑問を抱かざるを得ないのです。

 第2に、‘仮に二次感染等が発生した場合、誰が責任をとるのか’という問題があります。自由には責任が伴いますので、自己責任論からすれば、全責任は二人の検査拒否者にあるということになりましょう。しかも、これらの人々は、政府からの説明を受けて自らが感染源となることを十分に承知していたのですから、弁明のしようもありません(二次感染者から損害賠償等を訴えられる可能性も…)。しかしながら、現実に感染が爆発的に拡大した場合には、個人が負う得る限界を軽く越えてしまいます。つまり、検査拒否者から不幸にも感染した人々は泣き寝入りということになりましょう。

 その一方で、感染拒否者の無責任な行動を許した政府にこそ責任があるとする政府責任論も主張されるかもしれません。二名による感染拒否の主たる理由は法的拘束力の欠如にありました。このため、退避者の意思に任せた生温い政府の対応が批判され、政府が糾弾の矢面に立たされるかもしれないのです。法的に政府に対する責任を問えない可能性もあり、二次・三次感染の被害者は泣き寝入りになりかねません。

 第3の問題点は、幸いにして検査拒否者は二名という少数でしたが、206人の大多数が拒否した場合に生じるリスクを政府が考慮していない点です。これらの206人が自宅のある全国各地に分散した場合、感染は、全国レベルに一気に広がる可能性があります。最悪のケースを想定すれば、退避者による検査拒否は許されるという政府の解釈・見解には問題があったと言えましょう。

 報道によりますと、結局、検査を拒否した二名は、その後、自発的に検査の受診を申し出たそうです。しかしながら、僅かな時間であれ、日本国内にあって交通機関などで他の乗客と乗り合わせ、不特定多数の人々が集まる場所を歩き、家族や知人とも接触しているかもしれません。検査拒否による二次感染は絶対にない、とは言い切れないのです。自由と権利、そして責任との間の適切な関係を考えますと、今般の政府の対応は甘すぎたと言わざるを得ないように思えます。WHOは渡航や貿易の制限は勧告しないものの、こうした措置については各国の裁量に任されるとしていますので、日本国政府は、武漢市滞在者のみならず、中国からの全ての出入国に最低より厳重な封鎖的措置を講じるべきなのではないでしょうか。

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