万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

台湾総統選挙の意味―自由があれば民主主義を選ぶ

2020年01月12日 12時31分04秒 | 国際政治

  全世界が注目する中で昨日実施された台湾総統選挙では、台湾国民は、大方の予測どおりに民進党の現職候補、蔡英文氏を過去最大の得票数を以って選出しました。台湾総統選挙が以前にも増して国際社会において関心を集めたのは、対中政策が争点となったからに他なりません。そして、同選挙は、昨年の11月に実施された香港の区議会議員選挙と並んで、極めてシンプルな真実を語っているように思えます。

 

 直接選挙であった香港の区議会議員選挙では、反中・民主化運動の最中に実施されたこともあって市民の関心も高く、民主派勢力が躍進することとなりました。北京政府、並びに、それを後ろ盾とする香港行政府にとりましては苦々しい結果であったのですが、既にメディアからも指摘されているように、この結果は、強圧的に反中・民主化運動を抑え込もうとした習近平政権の自業自得とも言えます。何時の時代にあっても、自由に対する抑圧者は人々から忌み嫌われますので、反発を受けることは必至であるからです。

 

 そして、香港で起きた一連の出来事は、台湾国民にとりましても自らの将来を映す鏡でもありました。香港は、期限付きとはいえ一国二制度の維持を約して中国に返還されましたが、中国の約束は‘紙切れ’に過ぎないことが分かってきたからです。一国二制度の適用を以って台湾の‘本土復帰’を呼びかける中国の言葉は甘言であることが目の前で実証されれば、誰であれ、中国の猫なで声を信じなくなります。一旦、騙されたが最後、香港と同様に、民主的制度の維持を主張しようものならば、武力で踏み潰されかねないからです。仮に、今般の選挙で国民党の候補者であり、親中派の韓国瑜氏が当選していれば、今回の総統選挙が最後の民主的選挙となった可能性も否定はできないのです。

 

 香港と台湾で実施された選挙結果が物語る真実、それは、自由があれば民主主義を選ぶという人類一般の自然なる政治的な指向性です。独裁や全体主義を擁護する人々は様々なもっともらしい理由をつけてこれらの非民主的な体制を正当化しようとしますし、体制維持のためにマキャベリズムを発揮して恐怖心を利用したり、あるいは資金力にものを言わせることもありましょう。しかしながら、人々の本心を歪める干渉を一切排するとしますと、人々は、迷いなく民主主義を選択するのではないでしょうか。

 

 もちろん、民主主義には衆愚に至るリスクはありますし、ナチズム台頭の分析からエーリッヒ・フロムが『自由からの逃走』において唱えたように、心理的な作用によって人々がそれを自発的に放棄するケースもないわけではありません。前者のリスクは、民度の基礎となる教育のレベルや内容に問題がある場合に高まるのでしょうし、後者のケースは、第一次世界大戦後のドイツという極めて稀な状況から導かれたに過ぎず、一般性には乏しいかもしれません。少なくとも、香港であれ、台湾であれ、危機的な状況から脱するために自発的に自由を捨てようとはしませんでした。古今東西の歴史からしますと、‘独裁からの逃走’のほうが余程事例が多いのは、一方的な支配に服するよりも民主主義を求めるのが人類の本性であるからなのでしょう。

 

 自由があれば民主主義を選ぶという人類の本性が明らかとなったことは、共産党一党独裁体制を永遠に維持したい中国にとりましては大きな痛手となったはずです。何故ならば、アメリカをはじめとした自由主義国から押し寄せる外からの脅威のみならず、内なる国民が自国の体制に対する最大の反対勢力となり得るからです。人類からNoを突き付けられた意味において、2020年は中国共産党政権にとりまして正念場となるのではないかと思うのです。

 


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