万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

米軍ヘリコプター墜落事故-沖縄は米兵の死をどのように考えるのか

2013年08月08日 15時35分21秒 | アジア
事故「深刻に受け止め」=米公使(時事通信) - goo ニュース
 先日、沖縄で起きた米軍ヘリコプターの墜落事故により、乗員4名のうち、安否が気遣われていた1名の方の死亡が確認されたそうです。この事故を受けて、マスコミは、早速に沖縄県民の怒りの声を伝えていますが、この報道ぶりには、暗澹たる気分になります。

 テレビで報じられるインタヴューでも、沖縄県の住民は、示し合わせたかのように、”絶対に許さない”とか、”米軍は沖縄から出て行って欲しい”と、口を揃えています。しかしながら、死と隣り合わせともなる米軍の訓練は、何を目的にしているのか、考えたことがあるのでしょうか。沖縄に駐留している米軍は、まずもって、中国の侵略から沖縄を護っております。自らが護られている立場にありながら、そして、そのために一人の米兵の尊い命が失われたにもかかわらず、自分のことしか頭になく、不満や怒りしか口にしないとすると、それは、あまりに道徳に反していると思うのです。もちろん、テレビに登場する”沖縄の住民”は、実際には、沖縄県民ではない左翼活動家(中国の工作員)、あるいは、マスコミが厳選した”市民”なのかもしれません。しかしながら、自分達のために払った他者の犠牲を無視してかかる態度こそ、人間性を失った恩知らずな態度と言うものです。

 安全の維持には、否が応でも犠牲を伴うものですが、沖縄県は、安全だけは手にしながら、自らは一切の犠牲を払わずに、専ら被害者の立場でいようとしているように見えます(全て他者が悪い…)。沖縄県は、仲井間知事を含めて、誰が自分達の安全を護っているのか、よく考えてみるべきなのではないでしょうか。米軍ヘリコプター墜落事故で、真っ先に述べるべき言葉は、沖縄のために亡くなられた米兵に対する哀悼の意ではなかったかと思うのです。

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コメント (4)
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