河村顕治研究室

健康寿命を延伸するリハビリテーション先端科学研究に取り組む研究室

看護学科卒業生からのメール

2007-04-30 | 大学
私は看護学科の学生にも講義をしているのだが、卒業生からメールが届いた。
こういうメールも楽しくて良い。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
河村先生お久しぶりです(^_-)-☆
お元気ですか?

そもそも私のことを覚えていてくださいますでしょうか???

2007年3月に卒業した看護科○○○○です。
先生の研究室にお邪魔してはあの大きなパソコンを狙っていた学生です(笑)

私は現在、○○○○付属病院の看護師として働いています…

病棟は、回復期リハビリテーション科です(^-^)

学生時にはリハビリ科に属するなんて微塵も思っておりませんでした…

最近になって患者さんが『変形性膝関節症の入浴エクササイズ』について、テレビでみたというのを聞き、なんだか河村先生に会いたくなりました(*^。^*)

まだまだ、リハビリに関することは勉強不足で困ることはたくさんあります。

でも患者さんが笑顔で退院していく姿をみて、もっと頑張ろうという気持ちになります。

また、学校に立ち寄った際には先生の研究室にお伺いしたいと思います(^-^)

…イヤだといわれても、お伺いします(-_-;)

またその際にはリハビリに関する新しい情報も教えてください(笑)

乱雑な文章で失礼しました。

ではお元気で(^-^)
コメント

生体医工学会(ナノメディシン)

2007-04-28 | 研究・講演
今回の学会は受け身の参加で、いろいろ悪条件が重なり睡眠が十分取れずに参加したため集中力が続かなかった。
それでもはるばる仙台まで出てきたのだから何かつかんで帰ろうと思って参加したのが『ナノメディシン研究会』の専門別研究会の発表であった。
何気なく聞き始めたのだが、これは文句なくおもしろかった。
いったいいつになったらこのような技術が臨床で応用されるようになるのか分からないが、いずれ癌を克服したり寿命を延長したりすることが人間の技術で可能になるのかもしれないと思えた。

ナノメディシンの定義は以下のようなものである。
『生命の根源に迫るナノレベルにおける技術と認識をもって、根本的な疾病発生の制御・予防、精緻な無侵襲検査・診断、患者固有の状態にあった精密な根治療法、そして生命体の新生や創生をも行い、無病化、長寿化、不死化を狙う医科学技術である。』

たまたま新聞を斜め読みしていたら、東京大学と日本化薬という会社が協力して、ナノメディシンの技術で抗ガン剤を狙ったガン細胞に送り込む仕組みを完成させつつあるという記事に気づいた。
日本は成熟期に入り、めぼしい所はお隣の中国に全部さらわれようとしているが、このような新しい産業が次代の日本を支えてくれるかもしれないと思った。
コメント

第46回日本生体医工学会

2007-04-27 | 研究・講演
仙台にて下記の発表を行った。

荷重立位での周期的床前後動揺刺激が脊髄損傷患者の下肢筋群に及ぼす効果
河村 顕治1,加納 良男1,武田 正則2,古澤 一成2,徳弘 昭博2
吉備国際大学 保健科学部1
吉備高原医療リハビリテーションセンター リハビリテーション科2

脊髄損傷者を牽引装置で吊り下げトレッドミル歩行訓練を行うと、脊髄神経回路には繰り返し刺激に対する学習能力があり不全麻痺患者の多くは歩行などの運動機能を再獲得できることが明らかとなってきた。しかし、この訓練は2人以上の理学療法士が患者の足部を持って歩行のパターンを誘導する必要があるため実際に我が国において臨床応用することは困難である。そこで荷重立位で足部を床板に固定し、前後に周期的に動揺させることで下肢筋に筋収縮を誘発させることができるかどうか検討した。その結果、荷重立位での周期的床前後動揺刺激は脊髄損傷患者のうち完全麻痺の患者には下肢筋に有効な筋活動を誘発することはできなかったが、脊髄不全損傷患者においては筋収縮を引き出すことによって脊髄神経回路の適応変化を起こす可能性があることが判明した。

今回は岡山理科大学の山本教授が発表をして欲しいと言うことで発表することになった。
工学系の研究者の多い学会である。
発表したのは下記の専門別研究会である。

専門別研究会13 

<脊髄損傷とME研究会> 頚髄損傷リハビリテーション支援技術の最前線
オーガナイザ・座長 山本敏泰 (岡山理科大学 工学部 知能機械工学科福祉人間工学系列)

荷重立位での周期的床前後動揺刺激が脊髄損傷患者の下肢筋群に及ぼす効果
河村顕治1),加納良男2),武田正則3),古澤一成3),徳弘昭博3)
1)吉備国際大学保健科学部理学療法学科,2)吉備国際大学保健科学部作業療法学科,
3)独立行政法人労働者健康福祉機構 吉備高原医療リハビリテーションセンター リハビリテーション科

中枢性運動疾患者の移動支援?足漕ぎ車いすの電気刺激による駆動制御?
小川陽平1),井上貴嗣3),稲田智久2),田川善彦2)
1)九州工業大学大学院,2)九州工業大学,3)東レ株式会社

下肢麻痺者の歩行再学習・支援システムのためのセンシングとFES制御方式の検討
渡邉高志1),古瀬則夫2)
1) 東北大学情報シナジーセンター,2)宮城工業高等専門学校

受動歩行中の下肢筋群皮質脊髄路興奮性の変調
上林清孝,中島 剛,高橋 真,赤居正美,中澤公孝
(国立身体障害者リハビリテーションセンター研究所)

受動歩行中の位相依存的皮膚反射変調について
中島 剛,上林清孝,高橋 真,赤居正美,中澤公孝
(国立身体障害者リハビリテーションセンター研究所)

吊り上げ式歩行訓練装置の制御シミュレーションに関する考察
池内秀隆 (大分大学 工学部 福祉環境工学科メカトロニクスコース)

部分体重支持トレッドミル歩行時の下肢動力学解析と,その応用
久野弘明,山本敏泰 (岡山理科大学 工学部 知能機械工学科福祉人間工学系列)

コメント

お葬式

2007-04-21 | Private
4月17日に父が永眠した。お葬式までの長い3日間の出来事をまとめておきたいと思った。

4月17日(父死亡)
4限目の授業終了後、新しいゼミ生と大学院生と一緒に新しい動作解析システムを動かして操作練習をしていたところに田舎の母親から携帯に連絡が入った。
いつもとは違う少しうわずった声で、父が危ないとの連絡だった。
すぐに後片付けは学生に任せてゼミを終了し、自宅に向かった。途中携帯で家内と連絡を取り合い、いったん私だけが父の元へ駆けつけることにする。
そうこうしていたら母から第二報が入り、父が亡くなったとのこと。
それを家内に連絡して自宅に帰ると、小学生の息子が外出用のリュックを背負って待っていた。
そんな格好をしてどうしたんだと聞くと、じいじのところへ帰るのだという。
家内に聞くと、私と家内の電話連絡をそばで聞いていて父の死を感じたらしく大泣きしたという。夜遅いし明日は学校があるから後で落ち着いてから帰ろうと言っても絶対に帰ると言って聞かないのだという。
仕方がないので家族全員で帰ることにした。
高速に乗り、ライトアップされた瀬戸大橋を走っていても景色は目に入らず父のことがいろいろと思い出される。
自宅が近くなって電話をしたら、もう既に病院から自宅に帰ってきているというので自宅の方へまっすぐ帰った。

きれいに整えられて布団に横たわる父は、思いの外安らかな寝顔で今にも起き出して来そうに見えた。最後の瞬間はあまり苦痛を感じることもなく安らかに息を引き取ったそうだ。
集まった親戚やご近所の人といろいろな話をして、死亡したのが遅かったので葬式には死後24時間あけなくてはならないため、通夜は18日夜7時30分から、葬儀は19日正午からと決まった。場所は父の遺言で葬儀場ではなくて自宅で行うことになっていた。喪主は母ではなく私がすることにした。18日午前10時頃葬儀社の人が打ち合わせに来てくれるとのことだった。18日朝一番にはご近所の係の人が身内に代わって死亡届と火葬の予約に行ってくれるとのことで、死亡届に必要事項を記入した。これまで死亡診断書はたくさん書いてきたが、その見開き左側にある死亡届を書くのは生まれて初めての経験である。

今夜はまだ通夜ではないので「病人」として扱うとのことで、線香も焚かず顔に白い布もかけずそのまま座敷に寝かすことになった。私と息子は布団を敷いて父の横で一緒に寝ることにした。父は元気な頃はお酒が好きだったので、息子の発案で一緒に酒を飲むことにした。父の分はコップについで枕元に置いてやった。

4月18日(通夜)
朝早くから訃報を聞いたご近所の方が何人もやってきた。今日はまだ葬式ではないので仕事に出る前に寄ってくれた人もいたようだ。次々に来てくれる人に挨拶をして、時間を見て吉備国際大学と岡山大学整形外科教室に訃報のための情報を書いてFAXを送った。そうこうしていると葬儀社の方が来られて明日の葬儀の打ち合わせが始まった。お葬式というのは地域地域で流儀があるようで、同じ真言宗だからと言っても隣町とでは微妙にやり方が違うのだそうだ。私には詳細はよく分からない。母や親戚の叔父などにも意見を聞きながら詳細を詰めていった。
打ち合わせをしていると市役所から誰か来られているというので出てみると、市の総務部の方が二人来られていた。何でも父は市議を8期30年勤めたので地方自治に貢献したとのことで叙勲の対象になるのだとか。一瞬驚いたが、きっと父が生きていたらすぐに辞退しただろうと思うので断ろうかとも思ったが、母とも相談して後で返事をすることにしていったん帰っていただいた。結局この件は生前報われることのなかった父の仕事に何か形あるものが残るのも良いのではないかと思い直して受けることにした。
葬儀当日は忙しいので、通夜が終わったら身内で納棺をすますことにした。納棺は単にきれいに入れればよいというものではなくて、何だかよく分からない小道具を身につけさせて決まった位置に決まったものを入れてあげなくてはいけないのだそうだ。足袋をわざわざ左右反対に履かせることの意味は理解できない。何でも亡くなったばかりの人は、それを身につけて修行の旅に出るのだとか。そんな説明をひとしきり葬儀社の方からしてもらった。
ひっきりなしにいろいろな人が出たり入ったりして、携帯にも親族から連絡が入ったりして全く休むことができない。
しとしとと雨が降り、4月とは思えないくらい寒い。裏に見える豊受山山頂には雪が積もっていた。
夜になるとお寺から住職が来られて通夜が始まった。もう既に戒名が決まっていて忌日表というものを渡された。
父の戒名は「徳光院勤政武恩居士」と決まった。
正座して1時間近くも念仏を聞かされるというのはたまらない。終わった頃には足がしびれて立てなかった。
驚いたことに、呼ばれて玄関に行ってみると学科長の平上先生がわざわざ来てくださっており、みんなから預かってきた香典を渡してくださった。
夜10時くらいから、残った親族で父の体をお棺に納めて昼間葬儀社の人から聞いたとおりに整えてあげた。
今夜は通夜なので線香とろうそくの火は絶やしてはいけないことになっている。また、私達夫婦と息子と甥が同じ部屋に寝て面倒を見ることにした。

4月19日(お葬式)
天候が心配だったが昨日とはうって変わって晴天で暖かい。
早朝からご近所の組内が集まって自宅葬の準備に取りかかってくださった。葬儀社の方も来て幕を張ったり祭壇を組み立てたりてきぱきと会場準備が進んでいく。ありがたいことにたくさんの生花も次々と届けられた。
私は葬儀の時にアナウンスの方に読んでもらう弔電を選び出したり、たくさん届けられた生花をどういう順番で並べるかなど指示を出したりして忙しかった。11時頃になるとアナウンスの方が来られて、具体的な打ち合わせを行った。あわただしく昼ご飯の精進料理を食べたら、もう葬儀本番である。
正午少し前から住職が来られて葬儀が始まった。よく内容が理解できないお経の後、弔辞があり、弔電の紹介と進行した。そのあと、飾っていた生花の花を切って棺桶の中にみんなで飾り、ふたをして釘打ちを行った。
出棺して棺桶を数回回して庭で待っていた霊柩車に積み終わった後、私が喪主としてお礼の挨拶をさせていただいた。父は生前庭作りが好きだったので自分が作った庭のある自宅でみんなに鄭重なお見送りを受けてさぞ喜び感謝しているだろう旨を述べた。
型どおりの長いクラクションを合図に霊柩車は出発して斎場へ向かった。
斎場では最後のお別れのあと父の遺体は機械的に中へ運び込まれ、私が喪主として火葬のための点火スイッチを入れた。少しどきどきした。
それから1時間半ほど待って、骨を拾った。ちょうど背骨の所に数年前に脊椎圧迫骨折で入れた固定用の金属ロッドが茶色く焼けて残っていた。
足の部分から骨を拾い始めて、一番上の真ん中にのど仏(私には軸椎に見えた)を置き、最後に頭蓋骨で蓋をするように覆って骨壺に収めた。
今回はそのままお墓に持って行き納骨した。初めて河村家のお墓の中に潜ってみたが、かなり広くて3段の棚があり、2段目の一番左に父の遺骨を安置した。
そのあといったん自宅に帰り、午後5時より近くの集会所で精進上として手伝ってくださったご近所の組内の方や親戚と夕食を食べた。
最後に午後7時30分から御念仏と言って住職と共に念仏を唱えて葬儀は滞りなく終了した。
コメント

父の見舞

2007-04-15 | Private
昨日から父の見舞に帰省していた。
先週よりも容体が急に悪くなり呼吸状態が良くない。
意識も正常ではなく、話をしても現実と過去の記憶がごちゃ混ぜになっておかしなことを言う。
どうも自分は病院ではなくて自宅で寝ているのだと思っているようだ。
見ているといたたまれない気持ちになるが、あまり痛みを訴えないのが救いだ。

昨年末の危機は放射線治療で乗り越えたが、もう有効な治療法は残されていない。
残された日々をせめて苦しまずに過ごして欲しいとだけ願っている。
コメント

科研萌芽研究採択

2007-04-13 | 大学
昨年応募していた科研費が採択されたと担当事務の方から連絡があった。
これで基盤B→萌芽→基盤B→萌芽と毎年2つの科研費をキープして4連勝だ。
このような幸運はいつまでも続かないだろうと思うのだがこの勝率は怖いくらいである。
せっかく頂いた研究費なので、頑張って社会に貢献できる成果を出したいと思う。
この調子で研究所の助成金も下りますように。
コメント

新年度授業開始

2007-04-12 | 大学
今週から授業が始まった。
今年は修士課程の学生も1名担当となり、新しい学部学生のゼミ配置も決まったのでいきなり忙しくなってきた。
おまけに新しい3次元動作解析システムの操作法もマスターしなければならない。

新年度の授業開始はいつも憂鬱である。
リズムができてくると良いのだが、毎回毎回本気で講義をしようと思うとスライドやプリントの準備が大変である。
今年は先月勉強したばかりのポートフォリオによる成績評価を身体運動学実習で行ってみようと考えている。
いざポートフォリオが提出されたら、読んで評価するのが大変だろうと思うがこれも経験である。
コメント

リハ学会編集委員会

2007-04-07 | 研究・講演
昨日は東京で編集委員会があった。
1名の先生が2期4年の編集委員を務めて辞め、代わりに2人の新たな編集委員が任命された。
編集委員は激務なので理事会の許可を得て1名増員されたのだ。
そのうち一人の先生は神奈川リハセンターに勤める小児専門のバイタリティーあふれる女医さんで、自己紹介によると今回のリハ医学は5つめの編集委員なのだそうだ。
東京近郊に住んでいるからできることなのだろうが、普通5つも学会誌の編集委員を兼任したら忙しくて死んでしまう。
全く世の中にはすごい人がいるものだ。
さらに驚いたのはその先生は名刺代わりに最近出版した著書を配ってくださった。
驚きである。
2ヶ月に一度東京まで出かけてくるのは大変だが、こういった刺激があるのでやめられない。
コメント

13期生入学式

2007-04-04 | 大学
はやこれで13回目の入学式。
桜は満開。
新たな出会いが始まる。
コメント

新年度始まる

2007-04-01 | Private
昨日から愛媛に帰り、父の見舞い。
元気なし。

今日は実家の近くで花祭りがあり、少しだけ桜を見てきた。今年は暖冬のため開花が例年より早い。
恒例のもち投げが終わった頃から小雨が降り出した。

仕事の方はClinical RehabilitationからCKCのコラムを依頼されているのでノートパソコンを持ち歩いて少しずつまとめている。
少しでも新しいことを盛り込みたいと思って知恵を絞っている。
CKCサイレントやピラティスのイクイップメントなどの紹介もする予定である。

今日から新年度だが気を引き締めて頑張りたい。
コメント