日本医事新報に記事が掲載されました。
日本医事新報 No.4235 (2005年6月25日) p96
質疑応答Q&A
Q:健康な六十歳代前半の人において四肢に荷重をかけた運動(例えば左右の足に五百グラムくらいの負荷をかけるなど)による筋力増加はどの程度期待できるか。また、年齢による筋力低下防止にはどの程度有効か。
(愛知県 開業医)
A:人の筋力は二十歳代をピークに減少を始め、六十歳頃から急激に低下する。この筋力低下は上肢よりも下肢の筋において顕著である。最近の我々の研究では大腿四頭筋の筋力低下の度合よりも、下肢全体で蹴る力の減少の度合が大きいことが判明した。超高齢化社会を迎え、中高年者が予防的に安価かつ簡便な方法で下肢全体の筋力を鍛えることが求められている。
Fiatarone MA el al.(1994) は七十二-九十八歳の高齢者百人を対象に高負荷筋力増強トレーニングを実施して、筋力が約二倍に向上したと報告した1)。この時のトレーニングでは最大筋力の八十パーセントの重り負荷が利用されている。筋力強化理論には古典的であるが基本となる原則がある。「過負荷の原則」と呼ばれるもので、筋肉は普段の生活での運動負荷以上の負荷がかかることによって筋力が増大するというものである。一般的には最大筋力の六十パーセント以上の負荷をかける必要がある。したがって左右の足に五百グラムくらいの負荷をかけることが筋力増加に結びつくとは考えにくい。人によってはこの程度の負荷であっても過負荷となり筋力が増加するが、さらなる筋力増加を求めるのであれば重りを漸増しなければならない。具体例をあげると、プロスキーヤーである三浦雄一郎氏は、六十五歳の時に五年後の七十歳でのエベレスト登頂に照準を合わせてトレーニングを始めたが、一年目は片足に一キロずつ、二年目は二キロ、三年目は五キロ、そして五年目には片足十キロの重りをつけて歩いたという。
一方、重りを利用したトレーニングにおいては高負荷で低頻度の運動では最大筋力を増加させ、低負荷で高頻度の運動では筋持久力を増加させるという特性がある。左右の足に五百グラムくらいの重りをつけて生活することは後者の筋持久力を増大させる効果があると考えられる。従って、年齢による筋力低下防止には有効と考えられる。
重り負荷を利用したトレーニングにおいては生体力学的な考察も重要である。足首に重りをつけた場合、歩行においては足部が地面に着いた立脚期には下肢筋に重りによる負荷はかからない。一方遊脚期には下肢を持ち上げるために股関節屈筋である腸腰筋に主に負荷がかかることになる。四肢末端に重り負荷をかける方法では特定の筋肉に強い収縮を引き起こし、関節にいびつな応力を生じる場合がある2)。重りを利用して筋力増大を計るのであれば四肢末端に重りをつけるよりは体幹につける方が安全で効果的である。リュックサックやベストに重りを仕込む等の方法で体幹に重りをつけると、歩行によって抗重力筋と呼ばれる下肢筋および脊柱起立筋などに強い共同収縮を引き出すことが可能になる。特に骨粗鬆症で背中が曲がってきている人にはリュックサックの紐を緩めて重りが臀部に来るようにすると姿勢が矯正されて効果的である。下肢筋だけでなく、腹筋背筋も鍛えられて腰痛も軽減する3)。
さらに、筋力強化法としては重りを用いる等張性訓練以外にも等尺性訓練が有効である。著者は十年ほど前から、変形性膝関節症患者を中心に日本人の入浴好きという特性を生かした入浴時にバスタブを利用して行う等尺性レッグプレスを指導して効果を上げている4)。
( 文献 )
1) Fiatarone MA el al.: N Engl J Med 330(25): 1769-1820, 1994.
2) 河村顕治:臨床リハ5 (2) : 186-189, 1996.
3)河村顕治:明治生命厚生事業団第12回健康医科学研究助成論文集: 29-39, 1997.
4)河村顕治:臨床リハ7 (5) : 544-547, 1998.
(吉備国際大学保健科学部教授 河村顕治)