今回掲載するのは、私が1995年にアメリカ留学から帰国して本学に赴任した頃、岡大整形外科学教室の同門会誌に寄稿した文章である。
総選挙が近づき、民主党が高速道路の無料化を掲げている折でもあり、掲載してみることにした。
ずいぶん早くから高速道路が無料になったらよいのにと考えていたのだが、いざそれが現実味を帯びてくると反対に不安が出てきた。
アメリカと違って日本の高速道路は車線が少ないし、異常に混むだろうと言うことと、財源の心配である。
将来の増税が引き替えに待っているのであれば、無料化もあまりありがたくない。
それでは、以下に昔のエッセイを掲載します。
--------------------------------------------------------
二つのハイウェー
河村顕治
日本は進んだ国だからもう外国から学ぶようなことはほとんどないと考えている人は意外に多い。しかし、一年間アメリカで暮らしてみてやはり日本は多くの面で欧米諸国を後追いしていると認めざるを得なかった。なかでもこれから述べる二つのハイウェーは今後の日本の将来を左右するほどの最大の問題点ではないかと思った。
一つはもちろん高速道路である。アメリカでは基本的に高速道路は無料である。この背景には高速道路は車を利用する人だけでなく、物流を介して車に乗らない人にも大いに役立つものであるから、基本的には国民全体で支えるという考え方があるようだ。翻って日本の現状を考えると、たとえば瀬戸大橋が往復一万円というのはいかにも高すぎる。高速道路を無料にしてくれるのであれば消費税を多少上げても良いとさえ思う。先ごろ青森から鹿児島までダイレクトに高速道路で接続されたが、高速道路を利用しての物の移送費は巡り巡って消費者に転嫁されてくる。高速道路の利用料金を高く徴収することは国民全体の立場に立てば余分の間接税を徴収されているのと同じことではないだろうか。またアメリカではガソリンが安いこととあいまって車でのレジャーが盛んである。アメリカ滞在中の最も楽しかった思い出の一つが車でのナイアガラ、カナダ旅行であるが、三千キロも走ったのにさほど疲れも感じず、経済的にも信じられないほど安く旅行が楽しめた。しかし日本では道路は混むし高速道路は高いしで、遠方にドライブ旅行する気にはとてもなれない。もし高速道路が無料になったなら物価は確実に下がるだろうし、働き蜂日本人の余暇利用に貢献すること受け合いである。
さて、もう一つのハイウェーは情報スーパーハイウェーである。ご存じのとおりアメリカはインターネット発祥の地である。情報スーパーハイウェー構想はクリントン政権の最重要政策の一つであり、ゴア副大統領は今世紀中に全米の全ての学校、図書館、病院を新しいネットワークに組み込むと表明している。インターネットはその核となるものである。 アメリカでもパソコンは現在やはり高価で誰でも利用しているわけではないし、小さな研究室ではコンピューターを持たないところすらある。しかし私はコンピューターを研究に使用している研究室に所属していたため、自分自身でその様子を多少見聞きしてきた。そこでは日常的にコンピューターのネットワークを利用して電子メール(Eメール)のやり取りが行われていた。アメリカの大学の学生及び研究者はほとんど全員が電子メールのアドレスを持っていると思ってまちがいない。主要な大学はそれぞれ独自のコンピューターネットワークを組んでおり、たとえば学生はレポートを教官に提出するのに電子メールを使っている。そのネットワークを全て統合したのがインターネットなのである。したがって、これを利用すれば研究者は自由自在に世界中の仲間と情報のやり取りができるのである。もちろん利用料などというものは存在しない。
このネットワークの力を感じた出来事を一つ紹介しよう。あるとき我々の研究室で野球の投球動作の研究を行うことになった。大リーグからの委託研究で、もともと他の研究者が行っていたものを研究室ごと引き継いだのだった。結果は締切までには出さなくてはならないが締切はすぐそこに迫っている。このプロジェクトの責任者になった仲間はすぐにインターネットを利用して世界中の研究者に情報を求めた。驚いたことにすぐに反響があり、続々と貴重なアドバイスが電子メールで送られてきた。日本では電子メールというのはマニアのお遊びだと思っていたが、これは違う。本当に、研究のための有力なツールなのである。
私はそのような環境の中で、アドレスはもらったものの通信をしようにも日本に電子メールを送る相手がいるわけでもなく、ただ見ていただけであったが、唯一頻繁に活用したサービスがあった。それは、自宅から図書館のネットワークにアクセスしての文献検索である。これは便利であった。一日二十四時間いつでも何時間使用してもただである。しかも、Medline の検索のみでなく目的の雑誌や本が図書館の何階のどの書架においてあるかまで自宅あるいは研究室にいながらにしてわかるのである。あとは、暇なときに図書館まで行って借りるなりコピーすればよいのであるから、時間のロスは最小限ですむ。図書館にない文献は日本と同じで他の図書館から取り寄せてもらえる。これも無料であった。アメリカではたいてい電話の通話料も市内は基本料金さえ払えば無料なので、文献検索にかかる費用は実質まったくのただである。
その後、日本に帰ってきて初めてインターネットにアクセスする理由ができた。今度はアメリカに通信したい相手がいる。いっしょに研究を進めてきた仲間達だ。しかし、岡山に帰ってきていろいろ勉強してみたが、なかなかインターネットにアクセスできない。プロバイダーと呼ばれる民間の会社に高い使用料を払えばアクセスできるのは知っているが、アクセスポイントが東京や大阪にしかなく、入会費が数万円もするし月会費も高い。いろいろ検討した結果、もともと入会しているニフティーサーブを利用すればインターネット経由で電子メールのやりとりだけは安くできることがわかった。これなら市内通話料とわずかの利用料金だけでサービスが受けられそうだ。期待に胸膨らませて短い英文のメールを送信した。一夜明けて、ニフティーにアクセスしてみたが何も届いていない。そして二日目、やったついに成功、返事が届いていた。このときのうれしさは、経験した人にしかわかるまい。
丁度そのころ、昔書いた坂道歩行の論文について、フランスの研究者から手紙が来ていた。坂道を歩くロボットを開発中なのでデータが欲しいということであった。最後に電子メールのアドレスを教えて欲しいとあった。さっそく彼にも返事を送信した。これには半日もしないうちに返信がきた。いろいろと質問があって、大変ではあったが英語で返事を書いて送信した。またすぐ応答があった。インターネットもかなり疲れるものだと言うことを知った。
電子メールのメリットはいろいろあるが、結局情報のやり取りが正確に確実に早く行えれば良いわけで、郵便や電話やファックスの他にもう一つの選択枝ができたことは喜ばしい。これらの中で電子メールは、アメリカの様に環境さえ整えば、おそらく最も早く、正確でしかも最も安価な通信手段になるだろう。そのためにもアメリカ同様、研究者が好きなときに好きなだけ自由に通信ができるようになって欲しいと願っている。間違っても高速道路のようにハードは出来上がっても高くて頻繁に利用できないなどということにはなって欲しくない。そのような環境が出来れば、インターネットを利用して海外の仲間と共同研究をするのが今の私の夢である。日本にいながらにして留学したのと同じことができればすばらしい。幸い私の所属している吉備国際大学も遅まきながらインターネットに接続できるようになる見込みである。日本はまだまだ遅れているが、数年前には夢にも思わなかったようなことが可能になってきているので、この流れに取り残されないようにしていきたいと考えている。
(昭和60年入局)1995年記述
総選挙が近づき、民主党が高速道路の無料化を掲げている折でもあり、掲載してみることにした。
ずいぶん早くから高速道路が無料になったらよいのにと考えていたのだが、いざそれが現実味を帯びてくると反対に不安が出てきた。
アメリカと違って日本の高速道路は車線が少ないし、異常に混むだろうと言うことと、財源の心配である。
将来の増税が引き替えに待っているのであれば、無料化もあまりありがたくない。
それでは、以下に昔のエッセイを掲載します。
--------------------------------------------------------
二つのハイウェー
河村顕治
日本は進んだ国だからもう外国から学ぶようなことはほとんどないと考えている人は意外に多い。しかし、一年間アメリカで暮らしてみてやはり日本は多くの面で欧米諸国を後追いしていると認めざるを得なかった。なかでもこれから述べる二つのハイウェーは今後の日本の将来を左右するほどの最大の問題点ではないかと思った。
一つはもちろん高速道路である。アメリカでは基本的に高速道路は無料である。この背景には高速道路は車を利用する人だけでなく、物流を介して車に乗らない人にも大いに役立つものであるから、基本的には国民全体で支えるという考え方があるようだ。翻って日本の現状を考えると、たとえば瀬戸大橋が往復一万円というのはいかにも高すぎる。高速道路を無料にしてくれるのであれば消費税を多少上げても良いとさえ思う。先ごろ青森から鹿児島までダイレクトに高速道路で接続されたが、高速道路を利用しての物の移送費は巡り巡って消費者に転嫁されてくる。高速道路の利用料金を高く徴収することは国民全体の立場に立てば余分の間接税を徴収されているのと同じことではないだろうか。またアメリカではガソリンが安いこととあいまって車でのレジャーが盛んである。アメリカ滞在中の最も楽しかった思い出の一つが車でのナイアガラ、カナダ旅行であるが、三千キロも走ったのにさほど疲れも感じず、経済的にも信じられないほど安く旅行が楽しめた。しかし日本では道路は混むし高速道路は高いしで、遠方にドライブ旅行する気にはとてもなれない。もし高速道路が無料になったなら物価は確実に下がるだろうし、働き蜂日本人の余暇利用に貢献すること受け合いである。
さて、もう一つのハイウェーは情報スーパーハイウェーである。ご存じのとおりアメリカはインターネット発祥の地である。情報スーパーハイウェー構想はクリントン政権の最重要政策の一つであり、ゴア副大統領は今世紀中に全米の全ての学校、図書館、病院を新しいネットワークに組み込むと表明している。インターネットはその核となるものである。 アメリカでもパソコンは現在やはり高価で誰でも利用しているわけではないし、小さな研究室ではコンピューターを持たないところすらある。しかし私はコンピューターを研究に使用している研究室に所属していたため、自分自身でその様子を多少見聞きしてきた。そこでは日常的にコンピューターのネットワークを利用して電子メール(Eメール)のやり取りが行われていた。アメリカの大学の学生及び研究者はほとんど全員が電子メールのアドレスを持っていると思ってまちがいない。主要な大学はそれぞれ独自のコンピューターネットワークを組んでおり、たとえば学生はレポートを教官に提出するのに電子メールを使っている。そのネットワークを全て統合したのがインターネットなのである。したがって、これを利用すれば研究者は自由自在に世界中の仲間と情報のやり取りができるのである。もちろん利用料などというものは存在しない。
このネットワークの力を感じた出来事を一つ紹介しよう。あるとき我々の研究室で野球の投球動作の研究を行うことになった。大リーグからの委託研究で、もともと他の研究者が行っていたものを研究室ごと引き継いだのだった。結果は締切までには出さなくてはならないが締切はすぐそこに迫っている。このプロジェクトの責任者になった仲間はすぐにインターネットを利用して世界中の研究者に情報を求めた。驚いたことにすぐに反響があり、続々と貴重なアドバイスが電子メールで送られてきた。日本では電子メールというのはマニアのお遊びだと思っていたが、これは違う。本当に、研究のための有力なツールなのである。
私はそのような環境の中で、アドレスはもらったものの通信をしようにも日本に電子メールを送る相手がいるわけでもなく、ただ見ていただけであったが、唯一頻繁に活用したサービスがあった。それは、自宅から図書館のネットワークにアクセスしての文献検索である。これは便利であった。一日二十四時間いつでも何時間使用してもただである。しかも、Medline の検索のみでなく目的の雑誌や本が図書館の何階のどの書架においてあるかまで自宅あるいは研究室にいながらにしてわかるのである。あとは、暇なときに図書館まで行って借りるなりコピーすればよいのであるから、時間のロスは最小限ですむ。図書館にない文献は日本と同じで他の図書館から取り寄せてもらえる。これも無料であった。アメリカではたいてい電話の通話料も市内は基本料金さえ払えば無料なので、文献検索にかかる費用は実質まったくのただである。
その後、日本に帰ってきて初めてインターネットにアクセスする理由ができた。今度はアメリカに通信したい相手がいる。いっしょに研究を進めてきた仲間達だ。しかし、岡山に帰ってきていろいろ勉強してみたが、なかなかインターネットにアクセスできない。プロバイダーと呼ばれる民間の会社に高い使用料を払えばアクセスできるのは知っているが、アクセスポイントが東京や大阪にしかなく、入会費が数万円もするし月会費も高い。いろいろ検討した結果、もともと入会しているニフティーサーブを利用すればインターネット経由で電子メールのやりとりだけは安くできることがわかった。これなら市内通話料とわずかの利用料金だけでサービスが受けられそうだ。期待に胸膨らませて短い英文のメールを送信した。一夜明けて、ニフティーにアクセスしてみたが何も届いていない。そして二日目、やったついに成功、返事が届いていた。このときのうれしさは、経験した人にしかわかるまい。
丁度そのころ、昔書いた坂道歩行の論文について、フランスの研究者から手紙が来ていた。坂道を歩くロボットを開発中なのでデータが欲しいということであった。最後に電子メールのアドレスを教えて欲しいとあった。さっそく彼にも返事を送信した。これには半日もしないうちに返信がきた。いろいろと質問があって、大変ではあったが英語で返事を書いて送信した。またすぐ応答があった。インターネットもかなり疲れるものだと言うことを知った。
電子メールのメリットはいろいろあるが、結局情報のやり取りが正確に確実に早く行えれば良いわけで、郵便や電話やファックスの他にもう一つの選択枝ができたことは喜ばしい。これらの中で電子メールは、アメリカの様に環境さえ整えば、おそらく最も早く、正確でしかも最も安価な通信手段になるだろう。そのためにもアメリカ同様、研究者が好きなときに好きなだけ自由に通信ができるようになって欲しいと願っている。間違っても高速道路のようにハードは出来上がっても高くて頻繁に利用できないなどということにはなって欲しくない。そのような環境が出来れば、インターネットを利用して海外の仲間と共同研究をするのが今の私の夢である。日本にいながらにして留学したのと同じことができればすばらしい。幸い私の所属している吉備国際大学も遅まきながらインターネットに接続できるようになる見込みである。日本はまだまだ遅れているが、数年前には夢にも思わなかったようなことが可能になってきているので、この流れに取り残されないようにしていきたいと考えている。
(昭和60年入局)1995年記述