はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

草むらがのみ込む

2021-09-20 19:59:53 | はがき随筆
 屋根瓦が苔むし、柱が朽ち、へし折れ敗れた障子が倒れている。腐った畳の床が抜け、足音の消えた家を、暮らしの痕跡を過去と言う膨大な時に草が伸び盛り消しのみ込んでいく。
 日に焼けた男が重そうな米俵をかつぎ、子を背に負ぶったモンペイ姿の女が井戸端で野良着をタライで洗う。キュウリを手にパンツだけの子がはしゃぎ、老婆が縁側で日なたぼこする。草むらにのみ込まれようとする朽ち果てた柱に止めてある破れ汚れた書き込みカレンダーが、そんな暮らしが確かにここにあったと主張する。意地や夢ごとのみ込んで……。草に風が舞う。
 鹿児島県湧水町 近藤安則(67) 2021.9.20 毎日新聞鹿児島版掲載

はがき随筆8月度

2021-09-20 19:27:59 | はがき随筆
 月間賞に鍬本さん(熊本)
佳作は片寄さん(宮崎)、田中さん(鹿児島)、増永さん(熊本)

はがき随筆8月度の受賞者は次の皆さんでした。(敬称略)

 【月間賞】30日「なつかしいあの頃」桑本恵子=熊本県八代市
 【佳作】28日「古いノート」片寄和子=宮崎県延岡市
  ▽13日「コロナと空襲」田中健一郎=鹿児島市
  ▽18日「白昼夢」増永陽=熊本市中央区

「なつかしいあの頃」は、古い写真帳から、往時の子供たちの可愛さを回顧し、子育ての幸せを感じる内容です。写真からの回顧は時たま見かける素材ですが、この文章には、子供たちの描写の的確さと、子どもの表情に感応する筆者の感性の繊細さ、それに、老境にいたってかえって増す親子の情愛が、よく描かれているために選びました。
 「古いノート」は、母親の脳梗塞での瀕死の数日間を綴った、古いノートを読み返した時の印象が書かれています。母親の病状の記録は当然のことですが、それ以上に、病院から見える朝日夕日や桜の開花などに、今読み返せば、命に向き合う日々の喜びと祈りとが感じられるという内容です。景色の持つ象徴性がいいですね。
 「コロナと空襲」は、コロナ禍の昨今、人生における恐怖として記憶しているのは、昭和20年の鹿児島の空襲である。空襲警報、防空頭巾、防空壕、焼夷弾、母校の焼失、空腹、ある世代には、今でも忘れられない恐怖感である。それに比べれば、コロナなぞ何のそのと言いたくなるという内容ですが、皆さんはどういう印象をお持ちでしょうか。
 「白昼夢」は、興味深い内容です。何万年か後の人類の滅亡後を見て、その原因を考えた夢が書かれています。一つは地球温暖化によるもの、もう一つは、核兵器によるもの。自らの愚かさによって絶滅した人類についての悪夢が、現在の人類の愚かさの部分への痛烈な風刺と皮肉になっています。短い文章に強い内容が込められています。
 他に珍しい素材の文章が目立ちましたので列記します。若宮庸成さん「光」(原子爆弾)▽高橋誠さん「天気菅」(ストームグラス)▽中村弘之さん「虫の勉強」(虫愛づる姫君)▽北窓和代さん「野良仕事」(不耕起栽培)▽逢坂鶴子さん「何も知らずに」(戦時中の八幡製鉄の煙幕)⏤⏤。それに、浦西里歩さん「ありがとう」(実習看護師)は、感じのいい文章でした。
 鹿児島大学名誉教授 石田忠彦




じんぜん

2021-09-20 19:18:40 | はがき随筆
 以前、夫の原稿をワープロで打つと時に「荏苒」という文字に出くわした。私の知らない言葉だったので尋ねると彼は「じんぜん、法律屋にとっては使い勝手が良くてね」と苦笑した。辞書を繰ると「月日のたつままに(なにもしないでいること)」とあった。なるほどと得心したが、古くさい言葉ですぐにな忘れてしまった。ところが昨今しきりとこの言葉を思い出す。新型コロナウイルスのパンデミックが起きて以来、政府はじんぜん何ら有効な手を打たず後手ばかりと歯がゆくなる。私もまた不安を抱えたままじんぜんセルフロックダウンをし続けている。
 熊本市中央区 増永陽(91) 2021.9.18 毎日新聞鹿児島版掲載

音沙汰

2021-09-20 19:11:49 | はがき随筆
 僕には2歳歳下の妹がいる。20年近く会っていない。ということは還暦前の姿しか見ていないことになる。今は千葉県で孫たちと暮らしている。暮らしぶりは想像するしかないが、年相応の落ち着いた毎日だろう。そんな妹と連絡を取り合うのは、いつも唐突な電話である。それは、お互いの地方の災害情報がテレビから流れた時である。要するに身の安全の確認なのである。さらに会話の端々に寄る年波へのいたわりの気持ちが入る。お互いに年を重ねたものだとつくづく思う。こんな形でしか絆の確認はできないが、天変地異が近況を知らせてくれる。
 鹿児島県志布志市 若宮庸成(81) 2021.9.18 毎日新聞鹿児島版掲載

オニヤンマ君

2021-09-20 19:00:12 | はがき随筆
 蚊や虫によく刺される。家族は私がいるおかげで刺されなくてすむのだから、私は歩く蚊取り線香とも言える。
 今、帽子などに付けておくと虫よけ効果があると話題のオニヤンマ君。本物そっくりの実物大模型だ。買えば高いものは3000円以上もするらしい。
 そこでユーチューブを見ながら自分で作ってみた。パーツは家にある物と百均ショップでそろえた。まあまあの出来だ。
 試しに帽子と袖につけ手足を出して庭仕事してみた。蚊は私に寄ってきてはたじろいでいるように見える。だが無防備な足元は2カ所やられていた。
 宮崎県延岡市 楠田美穂子(64) 2021.9.18 毎日新聞鹿児島版掲載

一寸楽しい時間

2021-09-20 18:53:47 | はがき随筆
 暑さ寒さも彼岸まで。庭の彼岸花が一変に顔を出し、お彼岸ですよと教えてくれます。ありがとうとお礼を言います。ぼんやりし時の流れに一寸区切りをつけることだなと思います。体の杖と共に心の杖もしっかりしなくてはと自分に言い聞かせています。最近一寸楽しい時間を見つけました。夜9時、枕元の電気を前に両手をあげ白い壁に指の影絵をしています。最初はグーチョキパー。それから指で犬やカニ、カエルを考えました。一人ニヤニヤです。最後は踊りの手でアラエッサッサのサでお終いです。指と頭の体操になっているかもと思ってます。
 熊本県八代市 相場和子(94) 2021.9.18 毎

閉所恐怖症

2021-09-20 18:46:47 | はがき随筆
 幼い頃から密閉され逃げ場が無い所は苦手である。ドライブでトンネルに入る時は緊張するし、抜けるとホッとする。できるならエレベーターも避けたい。
 大戦中は旧制中学生。遠からず戦争に駆り出されることは必至だった。その時、どの兵種に取られるのか不安だった。潜水艦、海底に沈むと思っただけで気が狂いそうだ。飛行機、操縦席に縛り付けられる。戦車、外から火を付けられると焼け死んでしまう。歩兵しかない。これなら空は青天井。地面がある限り逃げられる。そう願っていた。戦争が終わって安堵したのだった。8月になると思い出す。
 鹿児島市 野崎正昭(89) 2021.9.18 毎日新聞鹿児島版掲載

いとおしい「老兵」

2021-09-20 18:40:38 | はがき随筆
 ゼンマイ式振り子時計が突然動かなくなった。50年もの付き合いの中で、今回が2度目だ。「老兵」もいよいよか、と半ばあきらめて数日放置していたが、長年の習慣で、コッチコッチというけだるいリズムが途絶えると落ち着かない。
 そこで、仕方なく前回と同じく素人療法に取り掛かることに。とはいっても、時計の文字盤を取り外して中の歯車に油を差すだけのことだが、素直に息を吹き返してくれた。
 そんないとおしい「老兵」だから、アバウトな時を刻んでいるのに許している。今はわが家の貴重な装飾品だ。
 宮崎市 日高達男(79) 2021.9.18 毎日新聞鹿児島版掲載

遠い日の悲しみ

2021-09-20 18:33:53 | はがき随筆
 父が出征して農作業の手伝いで学校に通えなくなり、たまに登校すると、いじめっ子とよそから転校した生徒のいつものバトルが始まっていた。お隣の半島から徴用されることになった人の子供たちが5.6人いて、日本名を名乗っている人もいた。いじめっ子が口汚くののしり、相手のリーダー格の子が負けずに言い返して、手をあげるまでにエスカレートした。ひとかたまりになっておびえている同胞を守るように立ちはだかっていた。先生に知らせる勇気もない小心者の自分に涙を流した。戦争は銃後にも数知れない悲しみを残した。
 熊本市東区 黒田あや子(89) 2021.9.18 毎日新聞鹿児島版掲載