はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

ふるさとの駅舎

2021-09-01 21:58:56 | はがき随筆
 久しぶりの駅舎。霧島連山のふもと。絵本に出てきそうな霧島神宮駅である。待合室に耳を傾けるとお年寄り2人が楽しそうに方言でカタッ(おしゃべり)ているのが聞こえてきた。すると子供の頃の駅舎の情景が甦ってきた。朝夕は通勤通学でおおいに混雑する。時間帯を過ぎると行商のおばさんたちが列車から降りてきて駅舎内はかごっま弁が飛び交い再び賑やかに。早朝の風物詩になっていた。ふるさとの木造駅舎もいつの間にか消えたが、いまだにホームを発着する列車の音、人の足音、ぬくもりのあった汽笛の響きが聞こえてくる。
 鹿児島県さつま町 小向井一成(73) 2021.9.1   毎日新聞鹿児島版掲載

父ちゃんはえらい

2021-09-01 21:50:36 | はがき随筆
 5年前から母の物忘れがひどくなり料理が作れなくなった。
 父に「料理を覚えて作らんといかんね」と言ったら、「こんな歳になって箸しか持ったこつがないとん、なんで俺がせんといかんとか、おらせんど」と怒り、聞く耳持たなかった。
 91歳の父も当初は受け入れがたく怒ってばかりいたが、認知症が進みご飯を食べたことも忘れる85歳の母を理解しだした。「俺がせんと何もできんかい」と愚痴をこぼしながら面倒をよくみるようになった。
 今では得意料理もでき「すき焼きと豚汁はうまいど」と自慢げに話す。父ちゃんえらいよ。
 宮崎県串間市 林和江(65) 2021.8.31 毎日新聞鹿児島版掲載

なつかしいあの頃

2021-09-01 21:42:32 | はがき随筆
 穏やかな時間の中で子供たちの幼い頃の写真を眺めている。写真は本当にいい。時間を引き戻してくれる。あどけない素顔は最高に幸せな表情をしている。夏の日差しの中で、サラサラの髪、日焼けした肌に胸がキュンとなる。着ている服も覚えている。性格も食べ物の好き嫌いも正反対の息子たち。お姉ちゃんは6歳違いて一人っ子みたいだった。キャンプの夜、真っ暗で怖い、帰ると泣いた次男坊。カラオケ大会に出たいと言った娘。あの時は台風で船の時間が迫っていてあきらめさせた。
 一枚の写真からもらう子育ての幸せ。
 熊本県八代市 鍬本恵子(75) 2021.8.30 毎日新聞鹿児島版掲載

絶叫マシーン

2021-09-01 21:35:33 | はがき随筆
 「ジェットコースターに乗ってみない?」と娘。「怖い」と言えば「楽しいかもよ」と返ってくる。じゃあ乗ってみるかと決めたのは、還暦過ぎの夏のこと。不安ながら座った席は、ゆっくり動き出した。スピードを上げて回り、振り落とされそうで安全バーを強く握りしめて絶叫する私の肩を、娘は片手で抱くようにしていた。徐々に停止して安全バーも外れたが、心臓はドキドキ、足はガクガク。あの時の恐怖感。生きた心地がしなかった。「大丈夫?」と娘は心配そう。ようやく立ち上がったが、まさに冷や水を浴びた感じでした。
 鹿児島市 竹之内美知子(89) 2021.8.29 毎日新聞鹿児島版掲載

ジャズライブ

2021-09-01 21:29:11 | はがき随筆
 コロナ禍の中、飛びっきりのぜいたく、ジャズライブ。
 軽やかなピアノ、小気味よいドラム、懐の深いベースの響き。ほっそりとした女性の繊細で小粋なボーカル。おしゃれな空気がホールを満たしていく。
 音楽っていいなあ。
 ジャズであれ、クラシックであれ、ジャンルは異なるけれど、音楽が共通して秘め持つ言葉のいらない世界に魅了される。
 一方で、言葉でもの書く私は言葉のいらぬ世界を持つ音楽に嫉妬してしまう。
 得がたい貴重なひととき。今宵は妬みを忘れてジャズの世界に遊べた気がする。
 鹿児島県鹿屋市 伊地知咲子(84) 2021.8.28 毎日新聞鹿児島版掲載

義歯紛失

2021-09-01 21:20:27 | はがき随筆
 洗顔をすませ取り外し式の義歯をはめようとケースを開けてびっくり。空っぽ! えっ、なぜ? ただ、おたおたするばかりの私を見かねて夫が「自分のしたことを落ち着いて思い出して」と。前日夜、歯磨きをする前に外してケースにしまったのは確か。他に心当たりがない。「記憶にございません」。小声で言ったのに聞こえたらしい。「ワッハハハハハ」。夫婦共々しょっちゅう「○○がない、ない」と騒ぎ立てる。全く締まりがない。大事になったらもう対処する力の持ち合わせのない老夫婦である。記憶外の行動は本当に怖い。
 鹿児島市 馬渡浩子(73) 2021.8.28 毎日新聞鹿児島版掲載

野良猫と私

2021-09-01 21:11:54 | はがき随筆
 一切れの肉を与える優しさを、私はなぜ持たないのだろう。もし孤島に一人住むのなら、私は君に餌を与えるだろうか。独り占めの食卓のベーコンは美味しく、余りはしないが足りないこともない。が、君に分けない。分けない理由は、何かある? 今は、ひとつかみの餌を与える程の優しさが迷惑な責めるべき事になる。時々、鳥がきたたましく鳴く。野良猫が密かに茂みに憩う。私は箒を持ってそれを追う。そんな戯れ、儀式になった事々。いつかはそれも絶えるだろう。それはノラネコが途絶えるのではなく、私いう存在の方が消えるのだ。
 熊本県阿蘇市 北窓和代(66) 2021.8.28 毎日新聞鹿児島版掲載

プールと語らう

2021-09-01 21:03:49 | はがき随筆
 日が陰り、涼しくなった夕方、誰もいない公園を一人歩く。芝生が刈り込まれ、いつでも活躍できそうなグラウンドが爽やかだ。その景色の片隅に、忘れ去られたプールだけが、静かに荒れていた。子供たちをとりこにした滑り台、ゾウの噴水……。こんな色だったかな。
 目を閉じれば聞こえてきそうなはしゃいだ声。「あと何分で入れますか?」。プールを監視する私の周りには、真っ黒な子供たち。休憩時間ももどかしいほど、必要とされていた。
 「お互い暇になったもんだね」。身軽になった夏休みに、私たちは、まだ慣れないでいる。
 宮崎県都城市 平田共美(44) 2021.8.28 毎日新聞鹿児島版掲載

スマホデビュー

2021-09-01 20:55:51 | はがき随筆
 緊急通報手段と、主に友達との電話のためにガラケーを使っていた。ある日、いずれガラケーは使われなくなるだろうと言う記事を読み「この歳だから今のままで大丈夫だよね」と娘へ。数日後、娘が「お母さん、スマホに替えてみたら」。自信はなかったが、時代の流れ、なんとかなるさで買い替えることにする。早速、長女が購入手続きをして、2週間後に手元へ。電話番号と写真は移してあり、心配なし。早速、関東の長男と次女へ、LINE(ライン)を始める。2人から頑張れと応援のメッセージ。曾孫の写真も送ってきた。しばらくは頭の体操だ。
 熊本市中央区 原田初枝(91) 2021.8.28 毎日新聞鹿児島版掲載

古いノート

2021-09-01 20:48:43 | はがき随筆
 20年前、母が脳梗塞で倒れ初めて救急車に乗った。救急車の中で、母はもうこの家に帰ることはないだろうと覚悟した。
 言葉の出なくなった母は、目と口の動きで私に訴えた。時には怒り、点滴のチューブをガタガタと揺すった。
 そんな母との日々をつづった古いノートが出てきた。
 忘れていたノートは、病院の屋上から見た輝く朝日や沈む夕日のこと、窓から見える桜の開花を待つ思いなど、命と向き合ったギリギリの中での、母のささやかな喜びと祈りだった。
 そのひと月後、母は逝った。あの日々が今では宝物に思える。
 宮崎県延岡市 片寄和子(72) 2021.8.28 毎日新聞鹿児島版掲載

セミ?いらない

2021-09-01 20:41:56 | はがき随筆
 散歩中、公園の木にクマゼミが止まっている。なんと指先で簡単に捕まえることができた。
 たまたま通りかかった小学低学年の女の子に「あげるよ」と言ったが「いらない」。次に小学4年が5年とおぼしき男児2人に声をかけたが、これまた「自由研究の宿題はないから」と体よく断られた。
 かつての夏休みはトンボやセミ捕り、飼育は定番だったが、そうした自然観察ができる時代や環境ではなくなったらしい。
 知人に話したら「知らぬ人からもらっちゃダメ、と言われてる時代だもん」と。なるほど、それなら少しは合点がいくな。
 熊本市東区 中村弘之(85) 2021/8/27 毎日新聞鹿児島版掲載

調べ

2021-09-01 20:35:00 | はがき随筆
 鹿児島の弟から、妻が川商ホールである「アイリス・ビアノコンサート」で演奏するから鑑賞にきてと電話があった。私はクラシックは苦手である。弟は居眠りしてもいいからと配慮した。私たちは義妹の晴れ舞台に快諾し、前日、アイリスとは何ぞかとひもとくと「アヤメ」「ギリシア神話の女神の名」とある。当日、幕が開けば眠気が飛ぶ。義妹を始め演奏者の装いは、まさにアイリスのごとくあでやかで、鍵盤上で左右に流れ、上下に跳ねる両手が奏でる調べに魅了された。圧巻は上村先生の八十路と思えぬ独唱。私たちの励みとなった。
 鹿児島出水市 宮路量温(75) 2021.8.26 毎日新聞鹿児島版掲載

老いと私

2021-09-01 20:34:46 | はがき随筆
  美しき女性 逝きにけり
   はらはらと涙流るる
    花冷えの中
 身近な人が相次いで旅立ち、生命にはいつか終わりが訪れることを思い知らされている。
 夫も喜寿を過ぎ、平均余命を数えると残り3年。言葉を失ってしまう。人生100年と言われる昨今だが、避けて通れない老いがひた迫り来る感がする。
 樋口恵子さんや上野千鶴子さんの老いに関する本を読みあさり、今後10年をどう乗り越えるかが大きな課題だ。気にかかることを横に置き草刈りや畑仕事に精を出す。自然に逆らわず元気にに一日一日を過ごすほかない。
 宮崎市 高橋厚子(71) 2021.8.25 毎日新聞鹿児島版掲載鹿児島

91歳の大スター

2021-09-01 17:27:45 | はがき随筆
 1964年。前回の東京オリンピックがあっった頃放映されたテレビ映画「ローハイド」のクリント・イーストウッドさんは、長身に皮のズボンカバーをなびかせたいなせなカウボーイのお兄さんだった。
 「マディソン郡の橋」や「ミリオンダラー・ベイビー」、「許されざる者」などほとんどを楽しんだ。この秋、ご自身監督主演の作品が公開される由。御年91歳、もうびっくり。
 世界の隅のまた隅の、そのまた隅で、その日暮らしの老婆にまでも、活力とやすらぎを発信し続ける映画の巨匠に、限りない感謝と愛を。
 熊本市東区 黒田あや子(89) 2021.8.24 毎日新聞鹿児島版掲載


友人

2021-09-01 17:26:57 | はがき随筆
 プールの友人Aさんは生粋の関西人。定年を機にご主人の故郷で第2の人生を過ごすことに。同年代なので話も弾む。なぜ都会から田舎に帰って来られたのかと疑問を投げ掛けてみた。即「私には故郷と呼べる場所がなく、親戚に地元産の農産物を送りたかった」との返事。都会で生まれ育った彼女は、どうしても地方の農産物を食べさせたいという願望があり、それが実現した今、とても満足そうだ。関西弁の明るい人柄が、こちらの生活に溶け込み、周囲を照らす頼もしい存在だ。その日は、私も彼女の元気を頂いて帰った。そんな平和な一日だった。
 鹿児島県鹿屋市 中鶴裕子(71) 2021.8.23 毎日新聞鹿児島版掲載鹿児島