屋根瓦が苔むし、柱が朽ち、へし折れ敗れた障子が倒れている。腐った畳の床が抜け、足音の消えた家を、暮らしの痕跡を過去と言う膨大な時に草が伸び盛り消しのみ込んでいく。
日に焼けた男が重そうな米俵をかつぎ、子を背に負ぶったモンペイ姿の女が井戸端で野良着をタライで洗う。キュウリを手にパンツだけの子がはしゃぎ、老婆が縁側で日なたぼこする。草むらにのみ込まれようとする朽ち果てた柱に止めてある破れ汚れた書き込みカレンダーが、そんな暮らしが確かにここにあったと主張する。意地や夢ごとのみ込んで……。草に風が舞う。
鹿児島県湧水町 近藤安則(67) 2021.9.20 毎日新聞鹿児島版掲載
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