はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

義母の遺品

2019-11-24 21:16:15 | 女の気持ち/男の気持ち
 「いてっ」。机の前に座る際に蛍光スタンドの端に頭をぶつけた。かなりの年代物だ。机を前にして、何気なく周囲を見渡すと、かみさんの母である義母の遺品が目に付く。蛍光スタンドもその一つだ。義母と私は養子縁組をしていた。
 目の前の机も遺品だ。何の木かは知らないが、ビョウをさそうにも硬くてさせない。その上めっぽう重い。横120㌢、奥行き80㌢特に大きいというほどではないのだが、一人では持ち上げられない。
 義母の父が職人に頼んで作ってもらったとかで、釘は一本も使わず、全てはめ込み式で、がっしりと出来あがっている。
 昔の家は床が高く、義母は玄関から部屋に上がれなくなったので、手すりと階段を付けたのだが、今では私自身が大いに助かっている。さらに上がったところの部屋に置いてある椅子付きのテーブルは、来客があったときに役立っている。
 そのテーブルを眺めていたらふと共同生活を始めたばかりのころ、義母と向かい合って一緒に夕食をとっていたときのことを思い出した。義母が手にしている箸で、おかずの器を寄せたのを見たとき、思わず「お行儀が悪いですよ」と注意したら「よーし、よく言った。これで本当の親子になった」と言ったものだ。
 実をいうと義母と私は同じ子年生まれで性格も似ていた。この義母が亡くなって12年。かみさんはクロアゲハが飛んで来る季節になると「お母さんが様子を見に来たわよ」と指さし、在りし日をしのんでいる。
 鹿児島県西之表市 武田静瞭(83) 2019/11/23 毎日新聞鹿児島版掲載

納竿

2019-11-24 21:07:26 | はがき随筆
 椎葉村は尾手納にて。「追手納」とも称され、源氏から追われた平家がこの地に落ち延びたという伝説が残る。「追手が納まる」と言葉繋げば意味もとおるか。渓流釣りでこの地へ足を運び、奥へ、奥へと訪ねていく。人家一つない秘境は、轟く水の音が静寂に染み込む。かつて刀を携え武士が歩んだこの地を、今は竿を携え釣り師がゆく。魚を平家とすれば、それ追う自分は源氏かとこぼした。
 みなもを彩る落葉、間もなく渓流釣りシーズンの終わり。「これまでか……」川に立つ源氏もまた、秋風に追われるように竿をしまいこの地を後にした。
 宮崎県日向市 梅田浩之(27) 2019/11/24 毎日新聞鹿児島版掲載

慣習の謎

2019-11-24 20:58:30 | はがき随筆
 秋になると柿の木のそばに、柿ちぎり用に先端を割いた竹竿が立かけられた。柿は最後の一個だけは誰に聞いたのか訳も知らず残していた。何気ない慣習にもそれなりの理由があり11月12日付本紙余録で「木守柿」の話を読んで納得した。
 子供の頃、十五夜には泥棒が許されるということを聞いていたが以前、余録で「団子盗み」として紹介があった。
 「洗濯したての物は一度たたんでから着なさい」とは母の教えだが理由は聞きそびれた。伝わる慣習には、先人の生活の知恵や自然に対する畏敬の念が込められているのだろう。
 熊本市北区 西洋史(70) 2019/11/23 毎日新聞鹿児島版掲載