はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

家出の成果?

2012-05-01 15:22:54 | 女の気持ち/男の気持ち
 この1週間、歯痛の夫は機嫌が悪い。歯医者さんに行けばすぐ治るのに、頑として聞く耳持たずである。今朝だって──。
 「もう、こんな雑煮はいらん。ネギが餅にくっついて食えん。おかゆさんにしてくれ」
 歯医者には行かないで文句ばっかり。料理に苦心する身にもなって……とおかゆを作りながらぼやいて気を静めようとしたが、黙っていられなくなった。
 「歯を治さないと脳に悪いそうですから」
 「歯じゃないっ、庭仕事が次々あって、肩が凝って歯が浮いてるんだ」
 「じゃあ庭なんかしないでください。私は絶対歯が悪いと思うけど」  
 「うるさい! 愛子には分からん」
 こんな分からず屋とは知らなかった。もう我慢できない。昼ご飯の支度なんかするもんか。
 「ちょっと家出しまーす」
 庭の夫に声をかける。
 「ああ買い物か? ゆっくり行っておいで」
 ちっとも分かっちゃいない。ひるんだ心にむちを入れ、デパートへ。服も靴もバッグも気が済むまで買おうと思っていたが、やがてむなしくなってしょんぼりバス停へ。結局、夫がメモっていた差し込み肥料20ケースを買って帰った。
 夫は目を丸くし、そして言った
 「ええっ、愛子、こんな……。よく持てたなあ。ありがとう。明日、絶対歯医者に行くからなあ」
  北九州市 上西愛子 2012/5/1 の気持ち欄掲載

朝のひととき

2012-05-01 15:16:27 | はがき随筆
 退職して10年たった夫。今朝も政治に関するテレビ番組を念入りに見ている。話しかけようとすると「黙っていろ、テレビが聞こえないが」「もう、だったらテレビにご飯を作ってもらえば」、こちらも行きあたりばったりに声かけするから、かみ合わないのは当たり前だが。
 新聞の地方版を読んで驚いた。鹿児島県の夫婦仲が日本一と。思わず夫に話すと即座に答えが返ってきた。「それはうそだ」「本当、我々にとってはね」。お互い顔は合わさずそれぞれ声を出して笑った。いつものことで、変なところで意見が一致するのだ。
  いちき串木野市 奥吉志代子 2012/5/1 毎日新聞鹿児島版掲載

春の訪れ

2012-05-01 10:03:10 | はがき随筆
 降ってわいた婿の単身赴任。残された娘と2人の孫をふびんに思い、隣家に呼び寄せた。
 しまった。甘かった。案の定、実家に居座った。こんなはずではなかった私の人生。入り浸られ、一切合切関わるはめに。てんやわんやの歳月は1年余り。血の病がピークにさしかかった時、女神がほほ笑んだ。保育所に入所決定! ピッカピカの孫が、元気に手を振り、さっそうと朝陽に溶けていく。心が揺れる一瞬がもどかしい。突拍子もない孫語録がありがたい。
 疎ましくさえ思えた孫の存在は、いつしか生きる明日への活力源となった。
  指宿市 池元民子 2012/4/30 毎日新聞鹿児島版掲載 

左手は宝

2012-05-01 09:55:36 | はがき随筆
 妻が左手で書く字が整っている。左手では書けない私が「上手だ」と褒めるとほほ笑む妻。
 妻は5年前に脳内出血で右半身不随になった。リハビリのお陰で右足は機能するが、右手は動かない。左手は宝だ。
 ヘルパーさんが来ない日は台所に立ってまな板に打ったくぎに食材を刺し、包丁をうまく使い料理を作る。調理が苦手な私は大いに助かる。感謝!
 衣服の着脱は左手と歯で器用に行う。最近は私の手を借りなくなった。女の意地……か。
 ランニングから帰ると床の間にヒメリンゴの白い花とカエデの赤い葉が生けられていた。
  出水市 清田文雄 2012/4/29 毎日新聞鹿児島版掲載