新たに導入された車両ばかりではなく、風前の灯といえる車両にスャbトを当ててみましょう。
広島電鉄に在籍する宇野自動車からの移籍車(ふそうエアロスターM)ですが、1997年~99年にかけてまとまった数が旧年式車を置き換える目的で中古導入されました。当時の宇野自動車は比較的短いスパンで車両を代替しており、その中古車両が各地で第二の人生を歩むようになりました。
先日、目の前をたまたま通過した車両を撮影してみました。
広島200か112(19053)
広島200か113(19052)
数年前までは市内線、郊外線共にまとまった台数が在籍してましたが、さすがに初年度登録から20年以上経過すると引退する個体も出てきました。2014年2月現在、市内線はとっくの前に絶滅、郊外線にわずかに残るのみとなり、新車導入や高年式の中古車導入で近い将来には姿を消してゆくかと思われます。
宇野自動車は着席重視の座席を採用するなど、現在に至るまで車両には独自の哲学を盛り込んでおり、広電に移籍した車両群も、その独自仕様はほぼそのままで踏襲されていました。とても快適な室内空間で個人的には好印象でした。
広電に移籍してきた車両は、もはや岡山より広島の地での在住が長くなり、広島の風景にもすっかり馴染んでました。まとまった台数ゆえに広電の車両群の中でも一大勢力を誇り、地味ながらも一定の役割を果たしてきた存在でした。
広島電鉄に在籍する宇野自動車からの移籍車(ふそうエアロスターM)ですが、1997年~99年にかけてまとまった数が旧年式車を置き換える目的で中古導入されました。当時の宇野自動車は比較的短いスパンで車両を代替しており、その中古車両が各地で第二の人生を歩むようになりました。
先日、目の前をたまたま通過した車両を撮影してみました。
広島200か112(19053)
広島200か113(19052)
数年前までは市内線、郊外線共にまとまった台数が在籍してましたが、さすがに初年度登録から20年以上経過すると引退する個体も出てきました。2014年2月現在、市内線はとっくの前に絶滅、郊外線にわずかに残るのみとなり、新車導入や高年式の中古車導入で近い将来には姿を消してゆくかと思われます。
宇野自動車は着席重視の座席を採用するなど、現在に至るまで車両には独自の哲学を盛り込んでおり、広電に移籍した車両群も、その独自仕様はほぼそのままで踏襲されていました。とても快適な室内空間で個人的には好印象でした。
広電に移籍してきた車両は、もはや岡山より広島の地での在住が長くなり、広島の風景にもすっかり馴染んでました。まとまった台数ゆえに広電の車両群の中でも一大勢力を誇り、地味ながらも一定の役割を果たしてきた存在でした。
でも古参車ゆえ淘汰も時間の問題なのでしょうねェ。広島バスの5Eも見かけなくなってしまいましたし時代の流れとはいえ個性的なクルマが減ってしまって残念デス。
広島に来られてたんですね。感動されたなんて広島に来た甲斐があったんじゃないですか?宇野バスと同じ故郷の岡山の人ならなおさらだったかと思います。ただ、本文で触れてるようにタマ数は減少の一途で、平日しか姿を見なくなってきました。姿を記録しておきたいなら今のうちかもしれません。
広島バスの5Eはロングセラーだったんですが、年末の新車導入と最近の相鉄中古の導入で遂に白旗上げたかもしれませぬ…(汗)
あとは高知に流れた個体の現状が気になりますな…(´-ω-`)
かつて他にも川崎市営や神奈中などの移籍車もほぼ同時期に登場しましたが、宇野以外は絶滅してしまいました。同じ条件での比較は出来ませんが、宇野は完成度が高く程度が良かったのでしょうねえ。
その後、広電はしばらく中古車導入はなくなりましたが、2年くらい前から再開され現在に至ってます。以前と違うのは、可能な限り広電仕様に改造してる事と並行して新車も大量導入されている事でしょうか。
高知は最近まったく足を運んでないので、さてどうなんでしょう…。