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01 2204-4

2025-05-30 | 海外蒸機

墨入れが終わった01 204を混ぜて箱に並べて撮影しておきます。

01 204 の隣はダークグリーンの荷物室付きレコワーゲン、屋根はグレーです。

その次の次の客車は明るい緑の客車、共産圏グリーン。

赤い食堂車から先は全て屋根はライトグリーンです。

レコ車はダークと思ったら、ダークとライトの中間に見えます。

この製品は D504 の 01 2204-4 が走った時代は緑が2種類混じっていたと言っているのか?

01 2204-4 Saalfeld

01後期形は先輪が1000mmになり、従輪にもブレーキが付き、動輪のブレーキが前後から挟む強烈なモノに変わります。

出力は同一ながら最高速度は120→130km/hになりました。

ドイツ機はブレーキ性能で最高速度が決まるわけです。

機関車全車輪にブレーキが備わったわけです。

墨入れは効果抜群と思います。

本当は石炭を積み直すのが効果抜群と知りながらそこまで手が回りません。

Rocoの乗務員人形は何故余るのか?

制式機以前の蒸気機関車にも付属していますが、人形が制式機の窓の大きさに合わせて作られているため使えなくて余るのです。

機関助士側

日本人には馴染みの「向き」ですが助士側です。;

時にはこういうロッド位置にしたくなります。

D1274 “Metropol” = Budapest-Rostock, But only in summer time.

メトロポール号は夏季だけ運行され、冬はDresden 発国内急行D924となります。

D924 Dresden-Rostock 1976-12 Weinböhla-Böhla

Rostockからはデンマーク行きの船が出ますので実質的には国際列車です。

ラベルは作る度に少し差がある様です。 

「オリジナルではない」事を表す”Imon Finish“が貼られました。

とんかつ丸八で食べました。

一切れを3口で大事に食べる用のソースのかけ方です。 控えめ。

所要時間も燃費も最高タイ記録でした。

体重は残念な結果です。

 


01 2204-4 苦戦中

2025-05-24 | 海外蒸機

大井店の入口になかなか出来の良いポスターが貼られています。

苦難の末形にしたデイ100改装前の4両ケース。

プチプチに包まれてジャンクとして売られていた車両群です。

拭き取りしました。

なかなか思った様にいきません。

01 066よりもずっと進化した仕上りに持っていきたかったですが甘くない!

“BRAWA”は頑張っていますが出来としてはイマイチです。

砂箱に砂増量の継ぎ足し(我々は「バケツ」と呼んでいました)の表現がオーバー過ぎます。

実物のバケツはこんなものです。 模型はオーヴァーに作られています。

1977年8月 Berlin Ost〜シェーネフェルト。

シェーネフェルト(東ベルリンの空港がありました)は東ベルリンの「1日ヴィザ」で行ける範囲に入っていませんでした。

この場所に行くには、シェーネフェルト行Sバーンで一つ手前“グリュンベルガレエ”で降ります。

その駅は1日ヴィザの範囲内でした。

ウールハイデで警察に捕まった翌日、ウールハイデを避けた行先の候補でした。

この列車は東独国内のD-zugで11両編成です。

カメラはバケペン+150mmフィルムはEP(現像プロセスE-3)

EX(プロセスE-4)を使っていたらもう少し色が残っていたのに残念です。

 


01 2204-4 に取り掛かる

2025-05-23 | 海外蒸機

“BRAWA”(ドイツの鉄道模型メーカー)はワグナーデフのゼロイチで攻めています。

これはその搦手で出してきたSaalfeld→Berlin Ostの東ドイツ国内急行D504セットです。

01 2204-4(01 204)は 01 2066-7 と同時にDresden 機関区に居た機関車で私も多数撮っています。

模型は Saalfelt 機関区時代を模型化してあるのですがその差は数年程度です。

(1976〜77年に対して1979〜80年)

同じ“Brawa”の66号機を弄ったばかりですからどうすれば作業が楽かわかっています。

Rocoの人形乗せとドライブラシ(室内だけ)

ワグナーデフは前側が車体全体の最大幅、後側がかなり窄まっています。

物理的にデフの全長に亘って通過する空気を上方へ押し上げる力が働きます。

ワグナー(ワグネル)技師長が発明した「デフレクター」は世界中が真似しました。

でも後ろが窄まっている事は世界中でほぼ理解されていなかったのでは?

墨入れ始めました。

左サイドはまだ殆ど墨が入っていません。 遅ればせながら撮ります。

動輪はまだ墨入れせず、スポークの間から棒台枠に墨を入れていきます。

奥から順に墨入れです。

ほぼ墨入れした右側。

動輪に水掻きが3箇所あるのが分かりますでしょうか?

ドイツの真似をし勝ちな日本ですが、これは気が付かずに水掻き無しで大直径スポークを作って失敗しました。

この美しさを見せる場所ではないところに水掻きを作って、見せるところは美しく作ったドイツのスポークに敬服します。

この点から言って日本のC55は恥ずかしくていけません。

バインベーラの大築堤を駆け降りてくる東独国内急行D-zugを牽く012204−4 

前後に長い原形のワグナーデフを早くから取付けられた01 204は1976年時点でも保存機的な位置付けでした。

写真はハッセルブラッド500CM プラナー80mm 1/500です。

ハッセルはバケペンに敵いません。 止めて撮るためにカマに合わせてカメラを振っています。

 


01 2066-7

2025-05-22 | 海外蒸機

今日は桃ちゃんの工作教室です。 大久保さんの京都土産。

イモンも京都土産を買うべきでした。

現時点。 充分ハンダを流しているのが分かります。

イモンは箱を作ろうとしてえらいしくじりました。

敷布団が全部一つの枠に集まっていたのに気付かず貼って大失敗です。

スタジオに持ち込んで撮るのが楽と断じました。

ゼロイチの前期形は先輪直径が850mmであり、ブレーキも片押し。

其処が物足りない感じがありますが、鋳造のシリンダーブロックや砂箱の増設(バケツ)が無いのが好ましいです。

ひどい遠回りの墨入れになってしまい残念C59です。

C59もゼロイチも軸数は共通の「10」ですが、前期ゼロイチは9軸にブレーキがあります。

C59はもしかすると「3」でしょうか?

C59の水槽容量は25tと国内最大ですが、ゼロイチは34tです。

ゼロイチはC53より古くて、この66号機がC53の製造初年製です。

英国のA3パシフィックには敵いませんが。

1996年訪独時はこの機関車と旅をして毎日磨きました。

バイエルン鉄道博物館のメンバーは総出で前機S3/6を磨くのでせめて赤い下回りをウェスで磨こうとするのですが動輪一個で顎が出ます。

2mある動輪のスポークは21本です。

失敗から始まった墨入れは残念でした。

模型としては輪芯部が大きすぎる天賞堂C53と同じ間違いが感じられます。

その分格好が良いですが。

1976年7月ドレスデン近郊南行国内D-zugを牽く 01 2066-7 。

コンパートメント1等車2両

コンパートメント1・2等車2両

開放室2等車6両

食堂車1両

荷物車1両の12両編成でした。

ドレスデン市内では炊かない様に此処で炊きながら走るのだなと思います。

此処からは100km/h程度を維持しながらノイシュタット駅に向かいます。