多古の染井地区での水田の構造改革の検討会で所英亮さんは江戸時代に行われた基盤整備をそのまま残すべきであると訴え、残った。空中散布をやめたら、ホタルがかえってきた。ドジョウやかめの生息も当たり前であるしコウノトリまで飛来した。機械が入りにくいという人間さまの都合で水田の規模を拡大し、農家の人もその土地の耕作をやめた。そこが生き物の楽園となった。江戸時代のコメの収量は4,5俵であった。今は化学肥料、農薬を使い除草剤に頼る。私は定年してからコメ作りを始めたが、年金で生活できる範囲で人が食べるものを作れば安全を維持できるのではないか。太陽パネルを使って地域で必要とする電気を活用する。原発なんて生き物の生息を
狭めるだけで全く益はない。
私の近所周りも前のオリンピックの時マキの木が高く売れたからと植えたまま残され北側の竹藪は土地の切り売りで残り、今ではウグイスガ朝から晩まで鳴いている。モントゴメリーの世界である。