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20世紀末から21世紀初頭の英米出版産業の変化について報告する

2023-09-06 22:32:40 | 読書ノート
John B. Thompson Merchants of Culture: The Publishing Business in the Twenty-First Century 2nd ed. Polity, 2012.

  英米の商業出版産業の研究。小説やノンフィクションを扱う世界を対象としており、学術書や教科書出版などは範囲としていない。1980年代以降の変化を扱っているが、特に詳しいのは2000年代の動向で、電子書籍のシェア拡大を横目で見ながらの記述である。業界関係者への200を超えるインタビューをもとにした記述となっており、なぜ現状がこうなっているのかを説明しようと試みている。著者はケンブリッジ大学の社会学者である。

  まずは小売について。かつては小規模な独立系書店だらけだったのが、1980年代あたりからBarnes & NobleやBorders(2011年に経営破綻)などの全国チェーンが成長し、さらに1990年代以降は注目作だけを大量入荷するウォルマートがシェアを高めてきた。こういった大手小売チェーンは、値引率について出版社に対し交渉力を持つようになる。米国では、危惧の念を抱いた独立系書店がまとまって連邦議会に圧力をかけ、書籍の値引率は1994年にRobinson-Patman法の適用対象となったとのこと。すなわち、大手小売だろうが中小小売だろうが一律の値引率が課されるようになった。一方英国では、1997年にこれまであった再販価格が廃止され、大手小売チェーンに有利な値引きがなされるようになっているという。

  次に出版エージェント。19世紀末から存在していたが、当時は著者と出版社を仲介する中立的な存在だった。しかし1960年代以降、大手出版エージェントが出版社から距離を置くようになり、著者の利益を代弁する立場に徹するようになった。彼らは、出版社に高額の前受金を吹っ掛けるようになり、その利益率を圧迫するようになったという。とはいえ、大手出版社の編集者にとって、出版エージェントの存在は玉石混交の候補作品をスクリーニングしてくれるというメリットもあるという。

  三つ目に出てくるのは大手出版社。英米では1960年代から出版社の合併吸収が盛んになり、本書初版発行の2010年時点ではランダムハウス*、ペンギン*、アシェット、ハーパーコリンズ、サイモン&シュスター*、ホルツブリンクの6社が大手出版社とされていた(2023年の現在では*印の三社は同一グループ)。合併吸収が進んだ大きな理由は、小売チェーンに対する交渉力を高めることと、かつ出版エージェントが求める金額を支払えるだけの資金力を持つためである。このほか、独ベルテルスマンなど外国出版社の世界戦略の足掛かりとなったり、あるいは出版業の成長率に対する誤解(失望した親会社は出版社を手放す)もまたM&Aを後押ししてきたという。

  以降は簡単に紹介。四章は出版業の二極化現象についてで、中規模出版社は生き残れず、大手か極小かのどちらかに分かれつつあるという。五章はベストセラーになることが期待されるbig booksをめぐる駆け引きで、六章ではextreme publishingなる語で利益が出るまで出版社が忍耐できる期間が短くなりつつあることを表現している。七章は販促活動を、八章は英国の激しい値引き競争をそれぞれ扱っている。九章は電子書籍についてで、価格設定権をめぐるAmazonと大手出版社との駆け引きが読みどころ──当初は価格決定権はAmazonが持っていたが、ランダムハウス社の交渉によって大手出版社はそれを取り戻したとのこと。グーグルの電子化裁判についても詳しい。十章は、二極化によって著者が使い捨てされる事例があることの報告、最後の章は全体まとめである。

  400頁以上もあって少々冗長に感じるが、あちらの出版社、エージェント、小売書店、それぞれの駆け引きや力関係が丁寧に描写されていて、出版関係者には面白くかつためになるのではないだろうか。ハードカバー革命なる現象があったことや、取次がまったく取り上げられず役割が小さいことがわかるのは、日本と大きく違うところ。一方で、大量の返品に悩まされているのは日本と同じである。著者の次作Book Wars (Polity, 2021)も読んでみようかと思ったが、また400頁以上なのか…。
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