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中学受験と高校受験

 中学受験は、ある意味特殊な受験といえます。全国レベルで考えてみれば、たいていの地域では、義務教育の間は地元の公立小学校、公立中学校に通い、高校受験をするケースが圧倒的に多いでしょう。東京の場合、学校群が始まるまでは、同じ状況だったと言えます。しかし、学校群が導入されて以降、東京では私立中学への入学が次第に増加しはじめました。地域によって異なるでしょうが、2月1日の受験日に学級閉鎖状態になるクラスも少なくありません。
 確かに私立に入るためには、中学受験をした方が有利でしょう。多くの学校が六年一貫教育体制になっており、高校からの入学者を極端に少なくしているからです。しかし、別に中学受験でなければならない理由は何もありません。子どもたちにはそれぞれ個性がありますから、その時期その時期で勉強に向くときもあれば、そうでないときもあります。ただ、私がなるべく中学受験を勧めていたのは、中高6年間を受験なしで過ごした方が、すこしゆったりしていいかなと思っていたからです。
 これは勉強するということが本来、受験勉強とはまた違う意味で必要だと考えていたからでした。子どもたちは、これから将来に向けて勉強しなければなりません。しかし、最初のうちは、いろいろな科目を勉強するにせよ、だんだん自分の好きなものが決まってきて、専門の勉強に進んでいきます。そして中高6年間の勉強は、そういう専門の基礎をやるので、その中から自分は何が好きか、じっくり掘り下げられた方がいいと思うのです。

 私も中高一貫教育で育ちましたから、高校受験がなくて、非常にのんびりした時間を過ごしました。好きなことを好きなだけやれる時間というのは、大変貴重だと思います。しかし一方で、中学受験は小学生の間に受験勉強しなければならないので、当然、そこには負担が生じます。これは繰り返しになりますが、その負担は決して楽なものではありません。しかも、まだしっかりとした価値観が育っていない段階ですから、例えば「合格しないと恥ずかしい」とか「みっともない」というような価値観が植え付けられてしまうと、それはあまりいいことではありません。

 このあたりのことを、十分考慮にいれて、中学受験をするかどうか判断されたらいいと思います。そして準備をすすめていく段階で、これはあまり子どものためにならないなと思われたら、潔く撤退することも非常に大事なことだと思います。
 以前、塾で教えていたときにも、そういう子どもがいました。とても幼くて、宿題をしたり、復習をしたりするのが苦痛で仕方がないのです。ご両親としては、何とか受かってほしいと思いますから、いろいろと諭しますが、そのたびに、彼は自分がだめだと言われているように思ってしまい、元気な男の子だったのが、とても自信がなさそうな感じになってきました。

 私はそこで、ご両親に面接にきていただきました。
「しばらく塾をお休みにしませんか?」
と申し上げると、ご両親は自分の子どもがついに塾に見放されてしまったのだと思われたようで、大変がっかりした表情をなさいました。
「これは、彼に自信を取り戻させるための大事なプロセスだと思います。今の彼は、明らかに勉強よりもやりたいことがあります。しかし、勉強はしなければなならいと当然、思っています。それができないと思うから、自信を失ってしまっているのです。これではせっかく彼がもっているいいところがなくなってしまいます。合格してもひからびてしまうのは、かわいそうだと思うのです。」
「お休みするというのは、どのくらいでしょうか?」
お母さんがお尋ねになりました。
「3ヶ月を一つの目安にしたらどうでしょうか?」
「そんなに勉強しなかったら、間に合わないのではないでしょうか?」
「大変申し上げにくいのですが、今のままでも間に合いません。ですから、ひとつ、ふんぎりがついてくれれば、変わると思うのです。彼は決して頭の悪い子ではありません。考える能力も十分もっています。ですからむしろ、ここで慌てて、彼が自信をなくした子どもになってしまうことの方が問題だと思います。」
 結局、彼と毎月1回会うことを条件にして、しばらくお休みをすることにしました。彼と会うときは、勉強の話はしませんでした。遊びのこと、学校のこと、いろいろな話をしていましたが、ある日のこと、
「先生、お願いがあるんだけど」
と彼が言うのです。
「なんだい?」
「僕に、宿題だしてくれないかな」
「宿題って、受験勉強のかい?」
「うん」
「でも、あまりやりたくなかったんじゃないの?」
「そうなんだけど、でも勉強しているときに、やりたかったなと思ってたこと、もう全部やっちゃったんだよね。そしたら、ヒマになっちゃって」
「そうかい、じゃ、少しずつやろうか」
 私はそばにあった受験参考書から、彼のできそうなところを何問か選んで宿題に出しました。
 すると翌日、彼は約束していなかったにもかかわらず、塾にやってきたのです。授業の合間の休憩時間を狙ってやってきました。
「おや、どうしたの?」
「全部、終わった。答え合わせをしてほしかったんだけど」
「そうか、ちょっと待ってね」
7割ぐらいは丸でした。偶然、彼の友だちが脇を通りました。
「なんだい、来てんじゃないか。早く出てこいよ」
そのときの彼の顔を見て、もう大丈夫かなと思いました。
「お母さんに電話してあげようか。後半の授業に出てみるかい?」
「え、いいの?」
「どうぞ」
 結局、その日から彼は塾に復帰して、その後第一志望に合格しました。彼は復帰できましたが、そうでなかった子どももいます。でも、彼らもまた次の機会にまたぐーんと大きくなっていきました。子どもの成長はいつ始まるか、わかりません。早い子どももいれば遅い子どももいます。それを何が何でも間に合わせようとするのは、あまりいい方法ではありません。ゆっくりと始めながら、子どもの様子を見て、進むときには進む、休むときは休んでいいのだと思います。ですから中学受験はやらなければいけないものではないのです。一つの選択肢にすぎないのだという認識を、ご両親にもっていただきたいと思います。
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