「日本家屋構造・中巻:製図篇」の紹介-16 : 附録(その1)

2014-03-18 15:22:36 | 「日本家屋構造」の紹介


今回は、原文を転載し、全文を現代語風に書下ろし、随時註を付すことにします。

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なお、原文転載部分に、行間の不揃いや歪みがあります。
原書は、現在ではきわめて稀な活版印刷です。そのためと思われますが、版面が各ページごとに若干異なっています。
  たとえば、各行がページ上の波線に直交しているか、というと必ずしもそうとは限りません。しかも、波線自体、水平でもない・・・など。  
編集は、当方にある「国会図書館蔵の原書の複写コピー」を基にしています。
編集作業は、一旦「原本の複写コピー」の各ページを更に複写コピーし、
読みやすいように、各項目ごとにまとまるように、ページ上の波線を基準線と見なしてA4用紙に切貼りし、
汚れている個所を消してスキャンする、という手順を踏んでいます。
まさに、字の通りのコピペ:コピー アンド ペースト!です。
こういった一連の操作の積み重ねが複合して、歪みや不揃いが生じてしまうようです。ご容赦ください。
もちろん、原文に改変などは一切加えてありません。念のため・・・。

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今回からは、「日本家屋構造 中巻 製図編」巻末の附録の部分の紹介。
附録には、「二十六 石材彫刻及び石工手間」「二十七 漆喰調合及左官手間」「二十八 住家建築木材員数調兼仕様内訳書」「二十九 普通住家建築仕様書の一例」が載っています。

特に石工事と左官工事について触れているのは、両工事の内容が、現在同様、一般に十分に理解されていなかったからでしょう。

附録には、「仕様書」のつくりかたについて、具体的に述べられています。
今回は、そこから、「まえがき・はしがき」にあたる部分と、「二十六 石材彫刻及び石工手間」の部分を紹介します。


はじめに「はしがき」の部分。

以下に、現代風に読み下します。

  附録
  まえがき
  小さな建物の場合は、建築者(建て主)は、直ちに工事営業者(工事業者)との話合いにより、希望するように注文し建てることができるが、
  やや大きな建物の場合は、建築者は、一般当業者(設計を業とする者)に、自分の希望を伝え、平面図・姿図などを描いてもらい、
  自分の意図に合致したならば、工費を精算し、それに応じた「仕様書」を基に工事営業者(工事業者)と契約を結ぶものとする。
  「仕様書」は、工事営業者(工事業者)に、使用する用材の大小や構造を伝えるための一種の注文書であり、それゆえ、
  その文意は平易で、余計な修飾などなく一見明瞭であることが必要である。
  「仕様書」の書き方には、建前の順序により示すもの、各職ごとに分けて示すもの、など各種の書き方があるが、それぞれに一得一失がある。
  内訳及び木材の員数の調査「内訳調書」の作成)は工費の算定・精算に必要不可欠である。
  「材料等内訳調書」は、「仕様書」の項目順に作成するのが便利である。
  「内訳・仕様書」作成上の参考として、以下に、「石材彫刻・石工手間」「漆喰調合・左官手間」の概略を記す。
    註 文中の用語については、現今使われる意味としてではなく、字義の通りに解する必要があります。
       工事営業者:「工事・施工を業として営む者」、つまり「工事業者」の意と解します。
                  ここでの「営業」を、現今の「営業マン」などの「営業」の意で解すると意味不明になります。
       一般當業者:「設計図作成に当ることを業とする者」の意と解します。
                 この当時、「設計業」という職業呼称が一般的になっていなかったゆえの表現ではないかと思います。
                 日本で最初に「設計事務所」を構えたのは、滝大吉氏(「建築学講義録」の著者)だそうです。何時のことか詳しくは知りません。
       談合:字の本来の意です。現今の「入札談合」のそれではありません!
       建築:build の意です。「建築する」:建物を建てる。「建築者」:建物を建てたいと考えている者。建て主。
  

次は「二十六 石材彫刻及び石工手間」の原文

以下に、現代風に読み下します。
  二十六 石材彫刻及び石工手間
     註 この「彫刻」の語も、現今の造形芸術の「彫刻」の意ではなく、字の通り、石を「彫り、刻む」意と解するのが妥当でしょう。
  石材の種類
   石材は、性質により、次の4種に大別できる。
   1.花崗岩(みかげいし)及び他の火山岩
   2.石盤石(せきばんせき)の類
   3.砂石(しゃせき)
   4.石灰石
     註 花崗岩:火成岩の一。
           火成岩は、マグマの凝固した石英、長石、雲母、輝石、角閃石などからなる岩石の総称。以下に大別される。 
            ア)火山岩:マグマが地表に流出して冷却凝固して生成。安山岩、玄武岩、流紋岩など。
               安山岩:小松石(神奈川)など。
            イ)半深成岩:マグマが、火山岩と深成岩の中間の速度で冷却して生成。ゆえに両者の中間の性質を持つ。
            ウ)深成岩:マグマが地下深くで冷却凝固して生成。花崗岩、閃緑岩、斑糲岩など。
               「みかげいし」は、兵庫県・御影(みかげ)産の花崗岩の通称が普通名詞化した呼称。
               他にも産地名による呼称が多い:稲田(茨城)、万成(岡山)、
        石盤石:石板(石)とも表記。水成岩の一。「粘板岩」の総称。スレートはその代表。
            
        砂石:現在の「砂岩(さがん)」のことと解す。水成岩の一。
            水成岩は、ア) 砂岩:銚子石(千葉)など、イ) 凝灰岩大谷石(栃木)、房州石(千葉)など、ウ) 粘板岩雄勝石(宮城)などに大別される。 
            大谷石は、軟質のため、F・Lライトが帝国ホテルで多用するまでは、建築用材として使われていなかった。
        
                   

  石材の仕上げの種類概要
   玄能拂い(払い)(げんのうはらい)
    玄能で石面の大きな突起(凸起)を払い取り、その面を大略平らに加工する作業及びそれによる仕上り面のこと。
   瘤取り(こぶとり)
    玄能払いの後、鑿(のみ)によって小突起(「瘤(こぶ)」と呼ぶ)を落とす作業及びそれによる仕上り面のこと。
   鑿切り(のみきり、のみぎり)
    鑿によって石面の凹凸を欠き取る作業及びそれによる仕上り面のこと。
    欠き取りの程度により、荒鑿切り(あらのみきり)、中鑿切り(ちゅうのみきり)、などと呼ぶ。
   ビシャン小叩き(びしゃん こだたき)
    ビシャンと呼ぶ槌で、石面を叩き平らに仕上げる作業及びそれによる仕上り面のこと。「小むしり(こむしり)」とも言う。
    順次、歯数の多い槌に変えながら叩き仕上げる。
     註
     原文には「ビジャン」とありますが、「ビシャン」の意と解します。
     ビシャン:鎚:ハンマーの一。方形の鎚の頭:当る面:に四角錐状の多数の突起がある鎚(ex 1寸角の面に縦横5列、総計25個の小突起がある)。
              大きさは多様。英語では bush hammer と呼ぶ。その発音がビシャンの呼称となったのだろう。
                       (「日本建築辞彙 新訂版」に拠る。「日本建築辞彙 新訂版」では「びしゃんどん」の項にある。)
   上々小叩き(じょうじょう こだたき)
    片刃あるいは両刃の鑿で、細密な線を刻むことで平らにする作業及び仕上り面を言う。
     註
     この呼称は、寡聞にして知りませんでした。
   荒砥磨き(あらとみがき)、白砥磨き(しろと みがき)、合砥磨き(あわせど みがき)、水磨き(みず みがき) 
     小叩きで平らにした面を、金剛砂あるいは砥石で磨く作業及び仕上りを言う。使用する砥石仕上げの状態に応じた呼称。
     石材の材質の硬軟により仕上げが異なる。
     註
     荒砥白砥合砥は、砥石の種類。多くは粘板岩。砥石の粒子が異なる。作業段階に応じて、粗~細~微細・・・と使い分ける。
      現在はこの他に「本磨き」「バーナー仕上げ」などの仕上げ方もある。
                                                       

   以下に、堅石仕上げ方および手間の一例を、新小松石(しんこまついし)の類の石垣用の間地石(けんちいし)の場合を例示する。
     註
     小松石(こまつ いし)
       神奈川県真鶴半島産の石材、安山岩の一。当初は、真鶴町小松山産の石を称したが、後に、半島産の同種の石をも呼ぶようになり、
       良質の小松山産を「本小松(石)」、その他は「新小松(石)」として区別するようになった。
                           
        他の安山岩系の石材:白河石(福島)、鉄平石(長野)
     間地石(けんち いし):現在の表記は「間知」が一般的。
       日本独特の石垣用石材。奥に行くに従い細くなっている形のもの。(「広辞苑」)
       石垣用の石にして、後方に至るに従い窄まり(すぼまり)居る形のもの。
       相州(神奈川県中・西部)堅石または豆州(伊豆)の多賀及び雲見より産する凝灰岩の出来合石(できあい いし)なり。(「日本建築辞彙 新訂版」)
         間知の名は、おおよそ1間に6個並べるのが普通で、1間の長さを知ることができる、という意である、との解釈もある。    
   野石すなわち荒石合口(あいくち:他の石と接する面)のみ玄能にて摺合せをする程度の場合は、積面(つみづら)1坪につき石工2.5人手間。
   石の面が1尺2寸~1尺5寸角程度、鑿切・小叩き摺合せの場合は積面1坪につき石工8.5人手間。
   同上、ビシャン仕上げ合口小叩き摺合せの場合、石工10人手間。
   堅石の二辺小叩きは、一尺平方あたり石工0.6人手間。
   堅石の鑿切、1尺平方につき、3分幅揃え0.3人、5分幅揃え0.2人、8分幅揃え0.1人、1寸幅揃え0.07人。
   
   東京近在の売石に岩岐石(がんぎ いし)と呼ばれる石がある。
   木口は長方形で、長さは1尺5寸~7,8尺のものがある。
   岩岐石:堅石  イ印  長さ2尺以上×幅1尺×厚さ6寸
              二印  長さ3尺×幅1尺2寸×厚さ7寸
              三印  長さ4尺×幅1尺3寸×厚さ8寸
   房州石:軟石  大尺三 長さ2尺7寸×幅1尺1寸×厚さ9寸5分
             尺三   長さ2尺7寸×幅8寸5分×厚さ7寸5分
             尺二八 長さ2尺7寸×幅9寸5分×厚さ6寸
             大尺角 長さ2尺7寸×幅7寸5分×厚さ6寸5分
       房州石については、石材の種類の項の註記参照。
   他にも多種の石材がある。 
     註
     岩岐
      「日本建築辞彙」には、「雁木石」を石材向きに改めた当て字ではないか、とある。以下は、同書の解説の要約。
       雁木とは、すべて段状をなした形を言い、段自体を指すこともあり、そこから、石段に用いる石を「雁木石」と呼ぶようになったのではないか。
       岩岐石は主に相州産、豆州産の堅石が多い。

以上で「二十六 石材彫刻及び石工手間」の項は終りです。
            (各項の註記部分は、特記以外、「広辞苑」「建築材料用教材」「建築材料ハンドブック」「内外装材チェックリスト」などに拠る。)

ここで紹介されている石工事は、重機、電動工具、圧搾空気工具などがなく、すべての作業が人力に拠り行われた頃の話です。それゆえ、石工手間についての記述は、現在は通用しない、とご理解ください。
   ただし、各地の近世までの構築物に見られる石垣などの石工事の、石材の産地、構築に要した工期や工人数などを推定する参考資料になります。
また、文中の「仕上げ用語」は、現在でも変りないと思われます(ただし、現在増えているバーナー仕上げなどは、当然、当時にはありません)。、
なお、文中の売品:既製品の種類なども、現在とは異なるのではないか、と思います。
   現在は、国産石材に代り、中国産の利用(中国で加工・輸入)が、廉価であるため増えています(墓石も中国産が多い!)。 

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次回は「二十七 漆喰調合及び左官手間」を紹介の予定です。

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