私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

マドレーヌ・オールブライトの言葉

2010-12-08 13:02:16 | 日記・エッセイ・コラム
 2010年11月17日のブログで、アメリカの厳しい経済封鎖にもかかわらず、キューバは先進国並みの幼児死亡率の低さを達成していることを述べました。一方、イラクでは、アメリカが強引に主導した国連による経済封鎖の故に、50万人の子供たちが死んだとされています。しかも、その事について、1996年、米国国連大使マドレーヌ・オールブライトは
「それだけの値打ちはあった(the price worth it)」
というまことに信じ難い発言をしました。これはアメリカの外国不法侵略史に刻まれた不滅の、消すことの出来ない言葉です。イラク侵攻を正当付けたコリン・パウエルの有名な
「イラクは大量破壊兵器(WMD, Weapons of Mass Destruction)を持っている」
という大嘘発言よりも、オールブライトの言葉はアメリカという国の本質をより鮮明に浮き彫りにしています。
 最近、The Future of Freedom FoundationのSheldon Richmanという人がオールブライトの発言について注目すべき論説を発表しましたので、以下にその内容をかいつまんでお伝えします。昔の言葉で言えば「翻案」、私自身の感想も混ぜながらの要約で、論説の表題は『Albright “Apologizes” (オールブライトの弁明)』です。
 1996年、当時アメリカの国連大使オールブライトは「60MINUTES」というテレビの人気ニュース番組に出演して、1990年から始まった米国主導の対イラク経済制裁の効果について、レスリー・スタールに、次のように質問されました。:
■ We have heard that half a million children have died. I mean, that is more children that died in Hiroshima. And, you know, is the price worth it? (これまでに50万の子供たちが死んだと聞いています。つまり、ヒロシマで死んだ子供たちより多いというわけです。こんな犠牲を払うだけの値打ちがあるのでしょうかねえ?)■
これに対してオールブライトは、
■ I think that is a very hard choice, but the price, we think, the price is worth it. (経済制裁は大変難しい選択だと私は思いますが、でも、その代償、思うに、それだけの値打ちはあるのです)■
と答えました。
 これは極めて重大な失言であり、彼女の政治的生命が危殆に瀕してもおかしくなかったのですが、全然そんなことにならなかったどころか、翌年の1月には米国議会上院で、オールブライトはクリントンの国務長官として承認されました。大出世です。国務長官としての彼女の適性を審査した上院外交委員会でオールブライトは、
■ We will insist on maintaining though UN sanctions against Iraq unless and until that regime complies with relevant Security Council resolutions.(我々は,イラクのサダム政権が関連の国連安全保障理事会諸決議に従わない限り、また従うまで、イラクに対する強硬な経済制裁を継続することを強く主張するであろう)■
と胸を張って述べています。
 何故、1996年のオールブライトの発言が今問題にされるのか? 功なり名遂げたオールブライト女史は、2003年、『マダム国務長官』というタイトルの回想録を出版しました。その中で彼女は、14年前のあのひどい発言の弁明を試みているのですが、その語り口が又、問題なのです。その部分を書き写します。:
■ I must have been crazy; I should have answered the question by reframing it and pointing out the inherent flaws in the premise behind it. Saddam Hussein could have prevented any child from suffering simply by meeting his obligations ... .
As soon as I had spoken, I wished for the power to freeze time and take back those words. My reply had been a terrible mistake, hasty, clumsy and wrong. Nothing matters more than the lives of innocent people. I had fallen the trap and said something I simply did not mean. That was no one’s fault but my own.(私はどうかしていたに違いありません;相手の質問を言い換え、その背後にある前提に内在する欠陥を指摘してから答えるべきでした。サダム・フセインが彼の義務を果たしさえすればどの子供でも苦しまないように出来た筈だったのです。・・・ 喋ってしまった途端、時間を凍結させ、あの言葉を撤回する力があったらよいのにと願いました。私の答えは、軽率で、へまな,間違った、ひどいミステークだったのでした。罪のない人々の命ほど重要なものはありません。私は罠にはめられ、言うつもりのなかった事を言ってしまったのでした。あれは誰の過失でもなく、ただ私自身の過失でした)■ (p.275)
このオールブライトの語り口、どうお感じになりましたか?
 オールブライトは不正直です。1990年に経済制裁が始まった時、形式的には、食糧も医薬品も輸入封鎖はされていませんでしたが、石油の輸出を完全に止められてしまったので、フセイン政府はたちまち財政難に追い込まれ、フセインは食糧配給制を実施して対応しましたが、食糧不足はすぐに悪化しました。それを見かねた国連内のアメリカ批判の声に応えて、オールブライトの問題の発言が行なわれた1996年から“oil for food (食糧のための石油)”プログラムが始まり、食糧を買うために必要なだけの石油を売ることをイラクに許したのですが、実はその売上金はニューヨークの銀行に入金して完全な米国のコントロールの下にあり、そのおよそ半分はクウェイトやクルド人の方に回され、残りが“食糧、医薬品、医療資材装置、上下水道衛生設備の整備用器材”などひも付きで出費を許されました。しかし、アメリカ政府は裏で勝手にコントロールして、例えば、ハーパーズ・マガジン2001年11月号が報じた所によると、1991年8月以降、アメリカ政府はイラクの発電施設の維持運転に必要な各種資材の輸入を封鎖し、イラクが下水処理施設の輸入を許されても、それを運行する発電機の輸入を許さず、下水処理が不可能な状態にイラクを追い込み、そのため、毎日、30万トンの未処理汚水が河川に流れ込む状態になりました。何という汚いやり方でしょう。1991年の湾岸戦争の米空軍爆撃の一大目標がイラクのインフラ構造の破壊であった事もよく確認された事実です。食糧、医薬品、医療施設の欠乏、飲料水の汚染、下水処置の不備が何十万という子供たちの生命を奪いました。タカ派の評論家でさえ、少なくとも十万以上の子供が死んだと認めています。動かす事の出来ない歴史的事実です。いくらオールブライトが言いくるめようとしても事実は動かせません。歴史は後世がつくる物語だ、ナラティブだ、と唱えるポストモダニスト達が居ますが、動かせない歴史的事実というものは存在するのです。
 この余りの米国の残虐行為を腹に据えかねて、国連のイラク経済制裁に関係していた三人の国連要員が職を辞しました。その一人Denis Halliday は、1998年、“私はこれまで‘ジェノサイド’という言葉を使ってきた、何故なら、これはイラクの人々を殺戮することを意識的に目指した政策だからだ。私にはこれ以外の見方が出来ないのだ”という言葉を残して辞職しました。興味のある方は、Denis Halliday, Hans von Sponeck, Jutta Burghardtという三人の辞職者をインターネットで調べてみて下さい。何十分かの間、いろいろ楽しめるだけの情報を読むことが出来ます。
 もう一度、上掲のオールブライトの弁明を読んでみましょう。まず、上に説明されている通り、「サダム・フセインが彼の義務を果たしさえすればどの子供でも苦しまないように出来た筈だった」というのは真っ赤な嘘、アメリカ政府はサダム・フセインがそう出来ないように汚い裏工作をしていました。次に、「喋ってしまった途端、時間を凍結させ、あの言葉を撤回したいと願った」と痛恨の情を披瀝しますが、それならば、1996年から2001年9月11日までに5年もの時間があったのに、何故はっきりと悔い改めて前言を撤回しなかったのでしょうか!? 9月11日の決死の攻撃をアメリカに仕掛けた人々の胸の深みにオールブライトの「the price worth it」という許し難い言葉が沈潜していたとしても何の不思議もありません。さらに、「Nothing matters more than the lives of innocent people(罪のない人々の命ほど重要なものはありません)」と白々しく宣うけれど、ガザ地区で命を奪われてきた子供たちは“innocent”ではないのでしょうか。彼らは選挙権すら持っていません。ハマスに投ずる票さえ持っていないのです。いま、オールブライト女史はオバマ大統領の外交関係のトップの助言者の位置にある筈です。ユダヤ人であり、イスラエルの熱心な支持者である彼女にとって、ガザ地区の罪のない子供達は一体何なのでしょうか?

藤永 茂 (2010年12月8日)



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3 コメント

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あら、まっ、藤永先生は、9.11がチェイニー・ブッ... (池辺幸惠)
2010-12-14 07:33:10
あら、まっ、藤永先生は、9.11がチェイニー・ブッシュたち軍参共同体による確かな“陰謀”であるとはお思いではないのでしょうか?それは、陰謀説でなどはなく、たしかな陰謀ですよ。
 でないと、1)お酒を飲んだりセスナ飛行機ひとつ飛ばせれない二重スパイの堕落したやつらが“聖戦士”であるはずもなく、2)WTCの自由落下と同速度での美しく?予定された崩壊は、まさに計画された「ビル解体爆破」でしかありえないし、そのようなたいそうな下準備(爆薬の仕掛け)がそんな彼らにできるはずもなく。3)4機もがウロウロするひまに本来ならFX6戦闘機がすぐ飛んで来て撃墜してしかるべきはずが全く来ず(最後のペンシルバニアのは撃墜されたらしい・・・) 4)ペンタゴンには大型飛行機のぶつかった痕跡も一切なく(ミサイルらしい、ラムズ・が失言) 5)となりの第7ビルがなぜなにもなくてみごとにビル解体崩壊されたのか(テロを追求し真相にせまりつつあったFBIを首になりWTCの警備をしていた優秀な方もその時そこで亡くなっており、破壊のコントロールセンターがあっただろうし、消したい機密文書もあり・・) 6)第7ビル解体の20 分前に、まだ後ろに第7ビルが立っているのに、BBCの女性アナウンサーは、「ソロモンブラザーズビルが崩壊しました」とアナウンスしている、シナリオがあったのです。 7)2機目の飛行機のぶつかる前!!!にそのWTCの地下で大爆発が起こり消防士たちがまきこまれて火傷をおっており、さらに崩壊時もパンパンパンといくもの小爆発の光が見え爆発音もしていたという消防士や助かった人たちの証言もすべて消され、報告書はウソばかり^^  8)あの9.11で得をしたのは、アメリカだけ、まさにアフガニスタンにパイプラインを通し、タリバンが禁止していた芥子の栽培ができるようになり、ユーロで取引されようとしていた石油取引をドルに戻せた。そして次にイラクに戦争をしかけるためのアルカイダであり、アフガニスタンだったのです。冷戦がなくなって次なるはてしのないテロ戦争に向うためのパールハーバーにも匹敵する事を起こす必要があり、そのための自作自演であったのです。

 9)犯人とされた16人の中で、9人はその後も生存を確認されており、イギリスでテレビにでたり、わたしではないと訂正しろと言ったりしている、でもアメリカは知らん顔だそうです。 10)その頃の飛行機の上空から携帯電話のつながるはずもなく、11)フライトレコーダーも回収されたはずが隠滅され、12)あれだけの粉々と噴煙の大爆発を起こすには、飛行機の燃料だけでできるはずもなく、位置エネルギーだけであのような噴煙が立ち上るはずもなく 13)ビルの鋼鉄を溶かす程の熱はジェット燃料ではできないし、一定の長さに裁断されることもない  ふぅ~~~~きりががない
 問題は、まっとうな人たち(アメリカにも多勢います)の疑問にアメリカ政府が何も答えようとしないことです。まさに強盗団アメリカ政府にふさわしい自作自演の仕掛けです。
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池辺幸惠です。出だしが大変に失礼な言い方でした... (池辺幸惠)
2010-12-16 00:19:15
池辺幸惠です。出だしが大変に失礼な言い方でした、あらためてお詫び申し上げます。しかし、かようにざっと並べただけでも次々に疑惑は並び出てきます。あの9.11から世界は一変しました。アメリカには自由も人権もなくなり、勝者だけの手前勝手な自由と、民主主義と人権の仮面をかぶったアメリカという悪魔は大手をふってあちこちに戦争をバラまいています。わたしたちは、どうすれば、この悪魔退治ができるのでしょうか。真実の光こそが、闇を照らす、どうぞ、藤永先生も9.11の闇をはらしてくださいませ。
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藤永様メールをありがとうございました。どうぞお... (池辺幸惠)
2010-12-20 09:27:53
藤永様メールをありがとうございました。どうぞお元気よいお年をお迎えください。これからもブログを楽しみにしています。謝
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