私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

映画『ホテル・ルワンダ』

2011-10-19 09:27:00 | 日記・エッセイ・コラム
前回のブログ『残酷アメリカ』に山椒魚さんから頂いたコメントによれば、10月15日のBS放送(多分TBS)で映画『ホテル・ルワンダ』が放映されたとのことです。この映画については何度かこのブログで取り上げました。この映画は2004年の制作で、アメリカなどでは興行的にも成功していたのですが、日本ではアフリカについての関心の薄さが心配されて、公開が2年程遅れました。福岡で公開された時には小さな映画館に出かけて行きました。日本での映画館上映は、『ホテル・ルワンダ』日本公開を求める会(略称『ルワ会』)という団体の努力で実現しました。この団体のホーム・ページには次のような記事があります。
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2006年03月24日

駐日ルワンダ大使が、ヒロシマで講演

ルワンダの「虐殺記念日」、4月7日が近づいています。
その日に合わせて、ルワ会ともゆかり深いNGO「ピースビルダーズ・カンパニー」と広島市にある国連機関UNITARが、駐日ルワンダ大使を招き、講演会を開きます。 開催は6,7日です。

ピースビルダーズ・カンパニーは、
「ホテル・ルワンダ」のモデルとなったポール・ルセサバキナ氏を招いた
シンポジウムを1月6日に開催。映画公開を盛り上げてくださいました。

ちなみに大使は、以前、わがルワ会にもメッセージを寄せてくださっています。
http://blog.livedoor.jp/hotel_rwanda/archives/50163361.html

主催者HP
ピースビルダーズ・カンパニー
 http://www.peacebuilders.jp/
UNITAR(国連訓練調査研究所アジア太平洋広島事務所)
 http://www.unitar.org/hiroshima/jp/index.htm

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  「虐殺を経験した者として、ルワンダとヒロシマは同じです」

 ■駐日ルワンダ特命全権大使 エミール・ルワマシラボ閣下来広講演■
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2006年に『ホテル・ルワンダ』を観た時、私も立派な主題の立派な映画だと思いました。しかし、それからの5年間、私の初期の認識を揺るがす多くの事が起こり、それに連れて、私は実に多くの事を学び,ルワンダ虐殺についての考えも変わりました。
  私は『ルワ会』の人々の初期の善意を疑いません。しかしその方々は,あれから5年後の今、どんな風にお考えでしょうか? 例えばこの映画でドン・チードルが演じた主人公のモデル、つまり1994年のルワンダで、身の危険をかえりみず、1200人の命を救ったホテルの元支配人ポール・ルセサバギナ氏を、現時点で再び日本に招待して講演会を行なうことが出来るとお考えでしょうか? これは、私の個人的な推量ですが、いまそれを試みても、駐日ルワンダ大使館、いや日本の外務省がそれを許さないでしょう。
  ポール・ルセサバギナ氏が東京で講演したのは2006年1月6日です。ところが同年の11月にポール・ルセサバギナ氏は1994年の大虐殺を見事に終結させたとされていた大統領カガメのRPF(ルワンダ愛国戦線)軍が1990年から2006年までに犯した犯罪を告発する17頁の長さの公式文書をベルギーの首都ブリュッセルで発表します。:
# Compendium fo RPF Crimes ? October 1990 to Present : The Case for Overdue Prosecution. (1990年から現在までのRPFの犯罪の概要:遅延が許されない告訴の申し立て)#
内容は、フツ族の一般民衆が鉈や鎌や棍棒などを振って100日間に80万人のツチ族の人々を惨殺した大虐殺ばかりが告発断罪されて、RPF側がいわゆるルワンダ・ジェノサイドの以前,最中、その後にフツ族に対して犯した殺戮行為が無視されていることに厳しい告発を行なったものでした。これを公にしたことで、それまでルワンダ国内で国民的英雄に成りかけていたポール・ルセサバギナはカガメから命を狙われるほどの国賊になってしまいました。
  このブログのシリーズでは2010年の6月から8月にかけて『ルワンダの霧が晴れ始めた』というタイトルで7回にわたってルワンダの事を論じました。また最近では2011年8月3日に『NHKの「ルワンダ仕組まれた大虐殺」』と題した記事も掲載しました。ルワンダ問題に関心をお持ちの方はお読み下さい。そうすれば、2006年のポール・ルセサバギナの告発は事の真実を衝いていたと判断していただけると思います。
  今日は、つい先頃気が付いた極めて重要な興味深いドキュメンタリー映画のことを報告します。まず『元PKO部隊司令官が語るルワンダ虐殺』という長さ9分弱の記録映画について。これはカナダで2004年に制作され、2005年(?)にNHKの『戦後60年「歴史を変えた戦場」』という番組の中で、日本語吹き替えで放映されたもののようです。
http://www.youtube.com/watch?v=9Qs13o_kSic
これは
“SHAKE HANDS WITH THE DEVIL The Journey of Roméo Dallaire ”
というタイトルの約一時間半の長さの記録映画の最後の20分ほどの部分をNHKが編集して仕上げたものと思われます。この原作は、カナダのNHKにあたるCBCテレビとCBCラジオが積極的に参加して、White Pine Pictures という会社によって2004年のルワンダ大虐殺10周年の2004年に制作されました。その全体は次のサイトで見ることが出来ます。:
http://alwaysinrepair.tumblr.com/post/7589250603/shake-hands-with-the-devil-the-journey-of-romeo
このドキュメンタリーは私にとって大変見応えがあり、もし機会があれば、それについてお話したいと思いますが、今日はNHKで放映された超圧縮版について少しコメントします。
  このNHK版で特に注意を払って頂きたい個所が二つあります。一つはこの記録映画の主人公ロメオ・ダレールが「カガメは本当は残忍な人間です。10年程前、私たちは外交ルートなどを通じて問題を解決しようとしましたが、カガメは聞く耳を持たず、結局それが大量虐殺を招いたのです」と言っている所です。そのあと直ぐ、ビル・クリントンが「こんなひどいことになっていたなんて全然知らなかった」と真っ赤な大嘘をつく場面が出て来ます。これについて、当時、国連アフリカ担当特使であったカナダの政治家ステファン・ルイスが苦りきった表情で「クリントンはルワンダで起きていたことを正確につかんでいたと思います。・・ それを後になって何も知らなかったと言うのです。冗談じゃない。クリントンは知っていましたよ」と言い放ちます。
  ロメオ・ダレールもステファン・ルイスもこれらの発言については十分信頼の置ける証言者です。この二人の重要証言を合わせると「カガメにルワンダ大虐殺の責任があり、クリントンは万事承知の上だった」ということになります。これは日本の多くの人々にとって大変意外なことではありませんか? アメリカでは、したがって日本でも、ゴーレイヴィッチやサマンサ・パワーの著作の影響で、クリントンを筆頭にアメリカ政府は他の事にかまけて、ルワンダのことはすっかり忘れてしまっていたと信じられていますから。
  もう一つ、これはごく最近の出来事ですが、「誰がフツ族出身のルワンダ大統領を暗殺したか」というルワンダ・ジェノサイドをめぐる最大のミステリーに答を与えるかも知れない事件が起こりました。1994年4月6日、ルワンダ大統領ジュベナール・ハビャリマナの乗った飛行機がルワンダの首都キガリの国際空港上空で着陸姿勢に入った時、地上から発射された二発のミサイルによって撃墜され、まるでこれが引き金になったように大量虐殺が暴発的に始まりました。フツ族の過激派がやったという説がもっとも一般に流布していますが、いや、カガメがやったのだという人も絶えません。ところで、去る10月4日、虐殺当時カガメ氏の側近でRPF(ルワンダ愛国戦線)の幹部であり、後にはカガメ政府のワシントン駐在ルワンダ大使を務めたTheogene Rudasingwa という人物が、「カガメがハビャリマナ暗殺を命じた」という衝撃的発言を行なったのです。これは重大ニュースですから幾つかの大小メディアが報じましたが、例えば、イギリスのBBCの記事は、
http://www.bbc.co.uk/news/world-africa-15165641
にあります。この発言でルダシングァ氏は暗殺される危険に身を曝すことになるでしょう。今はアメリカにいます。
  ステファン・ルイスについてもう少しお話ししましょう。ウィキペディアから少しコピーします。
■ Stephen Lewis is the son of former federal NDP leader David Lewis. He is married to Canadian journalist Michele Landsberg. Their son is Canadian broadcaster Avi Lewis, who married journalist and author Naomi Klein, and their daughters are Ilana Naomi Landsberg-Lewis and Jenny Leah Lewis; Ilana is the partner of musician and activist Lorraine Segato,[16] and serves as executive director of the Stephen Lewis Foundation. ■
皆さん御存じのナオミ・クラインはステファン・ルイスさんの息子さんの奥さんです。私は約40年間のカナダ生活を通して、お父さんのデイヴィッド・ルイスとその息子のステファン・ルイス、二代にわたる立派な社会主義政治家親子に馴染みました。(もちろん個人的にではありません。)NDPはNew Democratic Party の略称で、カナダらしい健全な社会主義政党で、日本にくらべて遥かに大きな影響をカナダ社会で保持しています。英語を読んで頂いたついでに、以前に取り上げたナオミ・クラインの『ショック・ドクトリン』の原書巻末の謝辞の冒頭の部分を引用します。:
■ This project would simply not have been physically, intellectually, or emotionally possible without my husband, Avi Lewis. ■

最後に1時間半の原版“SHAKE HANDS WITH THE DEVIL The Journey of Roméo Dallaire ”についてもう一度。この記録映画の主人公ロメオ・ダレールの映画の中での発言内容は実に興味深いものです。この人物がルワンダという国に関して果たした役割、果たしつつある役割はじっくり考え直す必要があります。ご当人はどちらかと言えば常識的な単純な人物でしょう。カガメがいみじくも映画の中で言い捨てたように、ダレールは「複雑な国際的状況の中での一つのpawn (小さな駒)に過ぎなかった」のだと、私も思います。この国際チェスの歩(ふ)を動かしていた(動かしている)手をこそ我々が凝視すべきものなのです。


藤永 茂     (2011年10月19日)



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3 コメント

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「ホテル・ルワンダ」の解説ありがとうございまし... (山椒魚)
2011-10-23 01:04:48
「ホテル・ルワンダ」の解説ありがとうございました。映画を半分くらいしか見なかったので、どのように評価してよいか解りませんでしたが、解決いたしました。
先生の「ルワンダの霧が晴れ始めた」のシリーズを読み直したりして、ルワンダの問題の概要が理解できました。
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このブログにおける過去のまとまったルワンダ史を... (おにうちぎ)
2011-10-23 09:56:03
このブログにおける過去のまとまったルワンダ史を読んでいるので、今回の記事はそのおさらいのような印象がありました。広く流通しているメディア情報では、殺戮の人数やその方法ばかりがあって、その底流について触れること、社会がどう壊れてしまったか、そのあとで人びとがどんな生活をしているかを書くこと、はまったく期待できませんし、実際ありません。
最近米国がイラクから手を引くことがニュースになりました。そこでも同じく、記事はごくごく表面的で、分かりやすく(?)数字化(例えば人数や金額)できることばかりが、公式情報として流れます。問題は山積していてもともかくも機能していた一つの国が消滅し、人間の生活を支える社会インフラの多くが失せて、巨大な基地と要塞装備の大使館がある国土に、「生」を続けざるを得ない人びとが取り残されます。国内国外の百万人オーダーの難民(ほかに言葉がなさそう)の様子は情報が乏しく想像がむずかしい。
「一度知ったあとで、知る前にもどることはできない」 歴史の真実に近づくほど、駄法螺、与太話としてしか読めないものが増えてきて、読むに値する数少ないものの価値を感じます。

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ポール・ルセサバギナ氏の 『ホテルルワンダの男... (ETCマンツーマン英会話)
2014-06-13 14:06:20
ポール・ルセサバギナ氏の 『ホテルルワンダの男』を読み、ルワンダの歴史を深く知りたいと思っておりましたところ、こちらにたどり着きました。

>「国際チェスの歩(ふ)を動かしていた(動かしている)手をこそ我々が凝視すべきもの」

まさに、そう思います。他のルワンダの投稿もこれから読みます。奥深い情報の数々、有難うございます。
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