私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

ロバート・F・ケネディ・ジュニアの「アメリカ」

2023-06-02 09:39:47 | 日記・エッセイ・コラム

 

 エドワード・カーティンによると、RFK・ジュニアはTo Heal the Great Divide (大いなる分裂を癒すために)立候補したことになっていますが、今の米国社会の分裂亀裂とは何を意味しているのでしょうか?

 広島G7では嘘くさい反核芝居が上演されました。これに関する米国国内での分裂を見てみましょう。まず世界終末時計(Doomsday Clock)で名高い雑誌『原子力科学者会報』(Bulletin of the Atomic Scientists、通称BAS)が広島G7を機に掲載した記事についてコメントします。

https://thebulletin.org/2020/08/counting-the-dead-at-hiroshima-and-nagasaki/#post-heading

Alex Wellerstein という人のこの記事『広島と長崎の死者を数える(Counting the dead at Hiroshima and Nagasaki)』は2020年8月4日付ですが、2023年5月19日開催のG7会議に関連して再掲載するとはっきり編集者が付言しています。そして、著者は「この問題に関わった誰もが同意することは<答えは本質的にあり得ない>ということだ」と冒頭で強調します。私にとって初見の多数の写真を含む長文の論考のこの結論は、アカデミックには、多分正しいでしょう。しかし、この論文に対する九つのコメントを読んでいるうちに私の気持ちは底のない暗闇に落ちて行きました。核兵器の出現という人類にとって未曾有の事態の意識がここには見当たりません。コメンテーター達が引き合いに持ち出してくる南京、ドレスデン、スターリングラード、ウクライナ・・これらの名詞は―いささかの暴言を許して頂ければ―反核問題の本質とは何の関係もありません。この雑誌は昔私が愛読したBASではありません。私が親しんでいた「アメリカ」、RFK・ジュニアの「アメリカ」ではないもう一つの「アメリカ」に乗っ取られてしまったBASです。

 では、広島G7の反核に関するRFK・ジュニアの「アメリカ」からの発言はどこにあるのでしょうか? 普段より少し気を入れて探してみましたが、今のところ見つかりません。アメリカのAmy Goodmanのウェブサイト『Democracy Now!』は、広島G7でバイデン大統領が原爆投下の謝罪をしなかった事をはっきり問題にしましたが、これに関する発言者は日本人であって、米国人ではありません。つまり、RFK・ジュニアの「アメリカ」から発せられた声ではありません:

https://www.democracynow.org/2023/5/22/g7_meeting_hiroshima_nuclear_weapons

WSWS(World Socialist Web Site)というサイトがあります。5月20日付の記事『高まる核戦争の脅威の中で G7の首脳が広島に集合』の冒頭の三節を読んでみましょう:

https://www.wsws.org/en/articles/2023/05/20/sxfb-m20.html

**********

主要強国である米国、英国、フランス、ドイツ、日本、イタリア、カナダのG7の首脳は、今週末のサミットに先立ち、広島市の平和記念公園内にある原爆死没者慰霊碑に昨日、花輪を捧げて、恥知らずの偽善を開陳した。

この式典は、核兵器を二度と決して使わないという誓いの表明から全くかけ離れて、この帝国主義の徒党は、ウクライナにおけるロシアとのNATO紛争の急速な激化と、人類を核兵器によるホロコーストに巻き込む恐れのある中国との米国の対立の加速に集中している。

第二次世界大戦後、アメリカの指導者として初めて広島を訪れたオバマ大統領と同様に、バイデン大統領も、1945年8月6日にアメリカ帝国主義が行った極悪非道の戦争犯罪に対して、謝罪はしないことを事前に明言していた。広島とその3日後の長崎への原爆投下の犯罪性について、形だけでも認めることを拒否したことは、米国が戦略的利益を追求するためならば再び核兵器を使用するであろうことへの鋭い警告である。

・・・・・(訳出終わり)

**********

 明哲な論旨ですが、この発言者はオーストラリア在住の急進的な社会主義者で、RFK・ジュニアの「アメリカ」からの発言とすることはできません。

RFK・ジュニアは今69歳、私は30歳近く年上ですが、彼が取り戻したいと思っている「アメリカ」がどんなものかよく分かる気がします。多数の米国白人市民にとって、自分たちの国が結構立派な国に見えた時期が確かにありました。過去に滞米経験のある日本人の多くもそうした思いを抱いている筈です。一般の市民だけではなく、リチャード・ローティ(Richard McKay Rorty、1931年10月4日 - 2007年6月8日)という米国の高名な哲学者も同じ思い違いをしました。ローティは、1998年、『Achieving Our Country』(Harvard University Press, 1998) というアメリカ論を出版しましたが、この本の小澤輝彦氏による全和訳は、原著者ローティの助言に従って『アメリカ 未完のプロジェクト』というタイトルで2000年に出版されました。アメリカという国が革命的に立派な理念に立脚したプロジェクトとして出発し、未だ完成はしていないが、マルキシズムではなく、プラグマティズムに基づいて完成に向かっているとするのがローティの考えでしたが、今やこの考えが全く見当違いであったことが日々明白になっています。

 米国史の専門家でなければ、1921年のオクラホマ州タルサ市で発生した黒人大虐殺事件(公式名称はTulsa race massacre、和訳では「タルサ人種虐殺」)をご存知ないでしょう。ウィキペディアに詳しい記事が出ていますのでご覧ください:

https://ja.wikipedia.org/wiki/タルサ人種虐殺

リチャード・ローティも多分知らなかったのだろうと思います。オクラホマについては以前に原住民に関連して取り上げたことがあります:

https://blog.goo.ne.jp/goo1818sigeru/e/783cfb152622baa7c1891c65f47ccba8

https://blog.goo.ne.jp/goo1818sigeru/e/9992fa2a2ecd3ef2249a4b34ea0cbe2a

 トランプ元大統領の標語 Make America Great Again(MAGA)の意味ははっきりしています。これが全くの空語になってしまったこともはっきりしています。アメリカが、軍事的に経済的に、全世界に君臨した時期があったのは事実ですが、その状態に再び戻れると本気で信じている人間は、トランプの最も熱烈な支持者を含めて、今や、皆無に近いと思われます。

こうなると、RFK・ジュニアの「アメリカ」も、これ又、幻の存在に過ぎないと断定を下すべきでしょう。しかし、彼が米国大統領立候補者として発言していることには、私として、やはり、一縷の望みをかけたくなります。この人が米国大統領になる確率はゼロでしょう。けれども、この人と同じように考える米国人が多数出てくれば、これは世界にとって悪い事ではありません。

 SNSで、RFK・ジュニアに関連するものがたくさん出るようになっていますが、興味のある人々に一つだけ視聴をお勧めするとすれば、今はフォックス・ニューズから追放されてしまった看板キャスター、タッカー・カールソンが、1ヶ月ほど前に、RFK・ジュニアと交わした問答です。5分25秒の短さですし、英語の字幕もついています:

https://www.youtube.com/watch?v=68MhtliIAvk

やっぱり日本語がいいという方は、次の記事をご覧ください:

https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/75144

この記事を教えて下さったのは、芸術家として人間としてのマイケル・ジャクソンを称揚し、我々の啓蒙に大いに力を尽くしている方です。この記事は、RFK・ジュニアが「米国の外交政策は破綻している。国外にある800の米軍基地を閉鎖し、直ちに米軍を帰還させて、米国を模範的な民主主義国家にすべき」であり、また、「戦争好きな帝国(米国)が自らの意志で武装解除をすれば、それは世界中の平和の雛形になるはずだ」と言っていると報じています。これは素晴らしい提言です。以前(2022/08/25)『一方的核軍備廃絶』と題するブログで、私も論じたことがあります。しかし今の米国にそれを期待することはできません。

 マイケル・ジャクソンといえば、最近、マイケル・ジャクソンの真似をする事で(ムーンウォ―ク!!)街の人気者にもなっていたジョルダン・ニーリーというホームレスの30歳の黒人男性を、ニューヨークの地下鉄車両内で、元海兵隊員であった24歳の白人男性が絞殺する事件が起こりました。ニーリーが「俺には、食べ物もない、飲み物もない、・・・」と車内でわめき出したのが事の始まりでした。この事件に関連して『住む所がないと死刑になる(The Death Penalty for Homelessness)』という記事が出ました:

https://www.counterpunch.org/2023/05/26/the-death-penalty-for-homelessness/

この記事を読めば、住宅問題という視点から見ただけでも、米国が直面している危機が如何に深刻で絶望的なものであるかがよくわかります。ウクライナ戦争でロシアを痛めつけることが出来たにしても、今のままの米国に未来はありません。

藤永茂(2023年6月2日)


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4 コメント

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引き継ぐ人ですね (阿部隆夫)
2023-06-05 21:51:19
RFK ジュニアは、大江健三郎さんの言うところの「新しい人」ではないでしょうか。
本当のことを言う勇気をもらった気がします。
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Unknown (Unknown)
2023-06-06 08:35:38
おそらく彼は潰される。残念ですが。
アメリカは末期症状です。
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米国覇権の退嬰腐朽で歴史の大きな転換期に入りました。 (睡り葦)
2023-06-11 20:04:19
 藤永先生、V8OHVエンジンのクルマがあたりまえのように走っていたころ、10年近く西海岸で働きました。
 いま、サンフランシスコ、ロスアンジェルス、サンディエゴのホームレスのテントが並ぶストリート、フィラデルフィアのケンジントン・ストリートをYouTubeで見ますと、開拓時代以降のアメリカの内蔵の宿痾的腐敗が生々しく匂い立ちます。
 下部底部が砂のように崩壊した社会は基本的フォーマットを替えないと変わらないでしょう。

 1941年からのゲルマン・ナチスのロシア侵攻によって数千万人の国民を失い甚大な打撃を受け、冷戦恐怖下に無理な国家建設を強いられた東側ソ連、その崩壊に西側英米アングロサクソン・ゲルマンが成功したのは1991年です。以降、はなばなしく喧伝されたネオリベラリズム一極支配グローバル・ワールドのイデオロギーが、グローバル・サウスという多極世界を謳うグローバリズムへいま目の前で入れ替わりつつあります。

 アングロサクソン・ナチスがウクライナ・ナチスを使嗾して、グローバル経済制裁と国際的孤立によってロシアを1991年の解体国家に戻そうとして、中国とロシアを結びつけてしまいました。BRICSを核とするアフリカ、ユーラシア、アジア、中東のグローバルサウスという予期しなかったグローバリズムのダイナミズムが生み出されました。

 プーチン大統領の演説を2022年03月02日に藤永先生にみごとに、きわめて深く広く読み解いていただいて、この重大な歴史の転回に気づかされました。心から感謝しております。

 人類の生存を脅かす核米国覇権の狂的劣化と英米欧の知性と理性の崩壊は、マジェランの世界周航からの500年スパン、十字軍からの1000年スパン、ローマ帝国のゲルマン化とゲルマン民族大移動からの2000年スパンの、ゲルマン覇権の世界史的な転換の到来を示しています。
 人類史の500年スパン、1000年スパン、2000年スパンの転換が成功するかどうか、アングロサクソン米駐留軍の隷下にある極東の西側日本からは見えません。見えるようにいたしましょう。
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追伸。 (睡り葦)
2023-06-11 21:47:00
 藤永先生、お声を聴くように繰り返し読み返し、また振り返って読む、内容ゆたかで精緻な御論考記事を孜々としてご投稿いただきほんとうにありがとうございます。
 オクラホマの虐殺をはじめて知り、同時代の事件のように感じて、ショックを受けました。

 藤永先生の存在と精神は奇蹟です。どうかくれぐれもお身体にお気をつけていつまでもお元気で。 
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