goo blog サービス終了のお知らせ 

glimi

生きること:過去と未来とエスペラントと

熊雄君と寅雄君

2020-09-03 08:43:14 | rememoro: 思い出
 夕べのNHKニュー”秋田県仙北市で今年初めての稲刈りが行われた!”

 黄色に実り垂れた稲穂と青い空に中学時代の同級生のことをと思いだしました。現在の仙北市は私が小中高と暮らした地域が含まれます。そこは農村でした。私が中学に入学したのは昭和27年。高校に進学したのは160名の同級生の内3分の1ほどでした。私は本以外は興味がなくて、級友たちに話しかけられれば話を聞きますが、だれかれとなく話しかけることはありませんでした。
 男子生徒は良く廊下にたむろしていました。その中に小柄な生徒が二人、それが熊雄と寅雄でした。彼等は時々ちょっかいを出してきます。ちょっかいと言いうのは彼らの前を通ると足を出して私を転ばそうとすることぐらいでした。でも、そんないたずらにいつも引っかかる愚か者なのどおりません。出した足を引っかけて彼等を転がすなど朝飯前で、初めこそ何度かよろめいたことはありましたが、私はそんな罠にはまることはありませんでした。私は彼等を子犬のクマちゃんトラちゃんと思っていました。

 21年前、還暦の同窓会をするので出席してと言われました。幹事に同窓会はいつもお盆靖だから、列車が混んで出席できないというと6月に開いてくれました。私が田舎を出て40年余り、広い村でしたから帰省してもほとんどの人とはその間あっていませんでした。温泉で1泊した夜、なぜか私は皆さんの人生の聞き役をさせられ、農村で生きてきた人の労をたくさん聞きました。

 トラちゃんは私など買えないような大きな白いバンでやってきました。クマちゃんはトラちゃんと一緒でした。私は初めて彼等がどんな環境で育ったのか聞きました。彼等はほとんど土地のない農家で育ったこと。土地が欲しくて懸命に働き、夫婦で貯蓄し、売りに出された土地を買い足し、息子も息子の妻も協力してくれたので、クマちゃんは今4町歩(9.900㎡×4)の田んぼを持っていると嬉しそうに話してくれました。

 ’フーン、熊雄君は頑張ったんだ!’と私が感心すると、クマちゃんが言いました。’えっ、俺、熊雄じゃない文雄だよ!’ 熊雄は私の勘違いでした。彼は私が子どもの頃母が作ってくれた人形’クマのコロちゃん’に似ていたので、いつの間にか私の中で熊雄という名に変換されていたようでした。

 何はともあれ、二人が元気で、彼らの田んぼも豊作でありますように。

 寅雄君はなぜか住所が変わっても、姓が変わっても、毎年年賀状を送ってくれました。私は悪筆なので自分からは年賀状を書きませんでしたが。
 彼の文字は素晴らしく美しく、中学時代にあんなに目立たなかったのにと思うほどでした。還歴同窓会から数年後彼からの年賀状は来なくなりました。もしかしたら異変が!と思っています。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする