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生きること:過去と未来とエスペラントと

味噌を作る

2020-02-19 21:04:09 | taglibro: 日記
 コロナウイルスが自分にも関係するとは思ってもいなかったのですが・・・。今日のエスペラントのが学習会に遊びに来ると言っていた友人が訪問を延期するとメールをくれました。家人に老人はで歩くなと外出を禁止されたそうです。私も自分を老人と思ったことは無いし、彼女のこともそう感じたことは無い。私より2~3歳年上ですが歩くさまなどとても若々しいのです。でも私たちは世の分類では老人なんだねと笑いました。

 水曜日味噌を作りました。作ったといっても私は司令塔と補助。力仕事は息子に頼みました。手に圧力をかけたり、塩に触れたりするのは手湿疹を悪化させるからです。それでも疲れました。生麹はこの前、黒米を買った秋田の十文字道の駅に電話して送ってもらいました。ついでに大豆のほかに小豆・金時豆・黒豆なども。
 町村合併で今は横手市になっている十文字町には間接的な思い出、母から繰り返し聞かされた思い出話があるのです。

 母の思い出から;
 第2次世界大戦末期、昭和20年に兄のひとりが秋田市にある工業校に入りしました。彼は疲れて汽車の中で眠ってしまい目を覚まし降りたところが十文字駅だったそうです。もう帰る汽車もありませんでした。その時、駅員が兄に夕食としておにぎりを与え、毛布を貸してくれただけでなく、鉄道電話を使って家の近くの駅に知らせたのか、父の勤務先の当直者に知らせたのかはもう忘れましたが、家に連絡までくれたそうです。母は朝一番の汽車に間に合うように朝食と昼食の弁当を作り、小学生だった私の別の兄に持たせ、かれはプラットホームでそれを登校する兄に渡したそうです。終列車で帰ってこない息子が心配で心配でと母はこの出来事を幾度となく語り、ありがたかったと感謝していました。人は不思議です。良い人と出会うとその土地の人がすべて良い人に見えます。嫌な人に会うとあの土地の人はとそこの住民すべてが嫌いになります。

 黒豆のこと;
 この前、フェースブックで、あるエスペランティストが黒豆味噌という写真を載せていました。子どもの頃自家製枝豆は黒豆でした。普通の大豆と違って実が大きくてこくがあってとても美味しかったので、味噌も美味しいだろうと想像しました。真似することにしました。もしかしたら黒ずんだ味噌汁になるかもしれません。

 若い友人のこと;
 ロシアに住む若い友人ですが、赤豆で味噌を作ったという便りを貰ったことがあります。彼女’こんなところに日本人’とか言うテレビ番組で取り上げられたことがありす。ロシア語が好きでロシア語の研修で行ったオーロラの見えるフィンランドに近いロシアでロシア青年に恋をしたのです。の青年がエスペランティストだったのでエスペラントも勉強したわけです。恋を成就させてロシアの北極圏で暮らしているのですが、味噌が欲しくなったのですが、大豆がないので赤豆で味噌を作ったとありました。麹はどうしたのでしょうか。化学に強い人でしたので自分で作ったのかも!

 今は豆を自分で煮たことがない人もいるかもしれません。豆は水に浸けると膨張します。水に浸ける時間は夏なら12時間ほどですが、寒い時は20時間近く浸します。それをゆっくりと煮るわけです。焦らずゆっくりが大事です。作業の写真は撮りませんでしたが、煮あがった黒豆の写真を撮りました。3倍くらいに膨らんでいます。この笊の豆は乾燥時の重さ1キロ分です。

  



コメント (2)
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