平安夢柔話

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「源氏物語」の現代語訳の本 ~その2

2006-02-14 11:32:46 | 図書室2
 先日の「源氏物語の現代語訳の本 ~その1」の続きということで、本日は残りの2タイトルを紹介させていただきます。


☆新源氏物語 全3巻
 著者・田辺聖子 発行・新潮社
 価格・上巻=660円 中巻=700円 下巻=660円
☆新源氏物語 霧深き宇治の巻 全2巻
 著者・田辺聖子 発行・新潮社 価格・各580円

 この本は、「新源氏物語」で光源氏を主人公にした正編を、「新源氏物語 霧深き宇治の巻」でそれ以降の続編を描いています。

 なお私は、「霧深き宇治の巻」は購入してあるものの未読です。なのでこれから述べるのは、正編の「新源氏物語」のみの感想です。すみません…。宇治編もできるだけ早いうちに読んでみたいですが、その前に正編を再読したいと思っています。

 では、「新源氏物語」の感想を書かせていただきますね。

 一口で言うと、とにかく「面白い」です。面白さは私が読んだ「源氏物語」の現代語訳の中ではNo1です。

 まず、登場人物が生き生きしています。好色だけどその中に優しさと格好良さのある光源氏、気配り上手の紫の上……。幼い夕霧と雲居雁が可愛らしかったです。降嫁したばかりの女三の宮の幼さもとても具体的に描かれていて、目に浮かぶようでした。
 また、末摘花のお兄さんの坊さんの「あっそう」という口癖は笑えましたし、大夫の監や近江の君の方言丸出しの田舎っぽさは、素朴でユーモラスに感じました。

 物語に織り込まれている和歌は手紙形式のようになっており、読んでいてとてもわかりやすかったです。登場人物の会話もとても現代的です。人物一人一人の行動や心の動きも詳細に描き込まれており、読んでいて退屈さを全く感じませんでした。

 しかし、こちらの本にも現代語訳としての難点があるのです。

 まず、「源氏物語」冒頭の「桐壺」の巻が完全にカットされており、この本で読者はいきなり17歳の光源氏と逢わされることになります。「空蝉」巻(田辺訳は実は三巻目の「空蝉」から始まっています。この「空蝉」の巻で「帚木」と「空蝉」の内容が語られます。)の初めの方で「桐壺」巻のストーリーが3ページほどでまとめられていますが、田辺訳で初めて「源氏」に触れる読者は果たして光源氏の複雑な生い立ちを理解できるのだろうかと、ちょっと心配になってきます。田辺さんにはぜひ、「桐壺」巻もユーモラスな文章で訳して欲しかったと、ちょっと残念に思います。

  それと、著者の田辺さんによると思われる創作や書き加えが多いことです。
 例えば、この田辺訳には玉鬘と髭黒大将の最初の逢瀬が描かれています。玉鬘は最初髭黒大将を嫌がって拒否するのですが、次第に彼の優しさに引かれていき、「この人と生涯を供にしよう」と決心するといった、なかなか感動的なシーンです。
 しかし、この部分は原文にはありません。原文では「真木柱」の巻の冒頭で読者は、髭黒大将は弁のおもとという女房の手引きにより、玉鬘の寝床に忍んでしまった。」という事実を突然知らされることとなるのです。

 でも、このあたりは田辺さん独自の「源氏物語」の世界ということで、それはそれで良いのかもしれません。そして私も、そんな田辺さん独自の「源氏物語」の世界を存分に楽しませていただきました。
 とにかく、田辺訳の面白さ、入りやすさは保証しますのでお薦めです。

 なお、この田辺訳には人物関係図や年表は一切ついていません。なので系図や年表のついている「源氏物語」の解説書や、前回紹介した「円地文子の源氏物語」などを参照しながら読むと、更に内容がよくわかると思います。


☆瀬戸内寂聴訳 源氏物語 全10巻
 著者・瀬戸内寂聴 発行・講談社
価格・箱入り=各2650円 真相版=各1365円

 瀬戸内寂聴さんが小説「女人源氏物語」を刊行した後に取り組まれた「源氏物語」の現代語訳の完訳版がこの本です。

 この現代語訳について瀬戸内さんは、「源氏研究」という雑誌の対談で、「書き加えや省略をすることなく、原文に忠実に訳した。」と述べられています。そのため原文に非情に近い訳だと思われます。

 「源氏物語の現代語訳の本 ~その1」でも書きましたが、「源氏物語」は女房の昔語りというスタイルで書かれたものだと言われています。そのことを裏づけるように、瀬戸内さんの訳は「です・ます調」で、「なさいました」「ございました」というような尊敬語も多く、読んでいると「本当に女房の昔語り」というイメージを受けます。そして、難しい言葉を多用することもしていないため、大変わかりやすいです。和歌の現代語訳もすーっと頭に入ってくるような感じで興味深く感じました。最近読んだエッセー「もっと知りたい源氏物語」でも、著者の大塚ひかりさんは「瀬戸内氏の訳は原文への敬意とわかりやすさを感じる」と述べておられますが、私も全く同感です。

 ただ、原文に忠実であるために長ったらしくて退屈さを感じてしまう場面もあります。「帚木」の巻で、光源氏、頭中将、、左馬頭、式部丞の4人が女性についてのあれこれを語り合う「雨夜の品定め」などがその典型です。瀬戸内訳でこの部分を読んだとき、「左馬頭の女性論の話って、こんなに長かったのね!」とびっくりしました。とにかく一人で10分くらいしゃべっているのではないかという感じでしたので…。こうしてみると「源氏物語」というのはやはり古代の物語であり、現代とは多少感覚のずれがあるのかもしれませんね。

 しかし、「源氏物語」の作者紫式部が優れた教養の持ち主であり、宮廷のあらゆる面に通じていたのだということを、瀬戸内訳を読んで痛感しました。
 というのは、「源氏物語」を注意深く読むと、「白氏文集」などの中国の古典、「日本書紀」などの日本の古典からの引用があちらこちらに散りばめられているのです。また、「天徳内裏歌合わせ」や道真左遷などの歴史的事項も物語の中に隠されています。。

 それから、紫式部が生きていた頃の宮廷の行事、風俗、風習、官位制度などもあちらこちらに出てきて、それがとてもリアルに描写されているため、「これって作り物語ではないのかも…」という錯覚さえ受けました。このような錯覚を受けたのは瀬戸内訳だけです。それは、「源氏物語がそれだけ優れた文学作品であることももちろんですが、瀬戸内訳が原文に忠実な訳であるため、1000年前に描かれたすばらしい世界をそっくりそのまま、私たちの目の前に再現して下さったおかげだと思います。

 この瀬戸内訳は、巻末に解説や年表、参考資料もついていますので、初心者の方でも充分楽しめると思います。正統派の「源氏物語」の世界を純粋に楽しみたい方には絶対お薦めの訳です。

☆次回の「図書室2」の 更新は、今回ちょっと触れた大塚ひかりさんのエッセー、「もっと知りたい源氏物語」を紹介したいと思っています。