江戸糸あやつり人形

江戸時代から伝わる日本独自の糸あやつり人形。その魅力を広めるためブログを通して活動などを報告します。

大津・三井寺

2011-11-12 19:10:18 | 日記
大津は、なかなか縁の無いところだった。
だからどこか行ってみようと思った。
本当は竹生島に行ってみたかったが、午前中しか時間が無いので無理だった。
ホテルから最も近い三井寺に行く。



釈迦堂脇にかわいらしい竜の置物。



観月舞台まで行くと、その隣に鐘楼がある。
賽銭箱があるだけだったので、志納して鐘を撞く。
厳かな気持ちになる。
平日だったせいか人が少なく、静かに琵琶湖を眺める。

大津は不思議なところで、京都から電車で10分のところにありながら
土地が安く、先日も100坪500万という土地の物件があったそうだ。
なのに比叡山を越えると随分田舎に行った様に捉えられるとか。
ゆっくり回ると面白い街のように思う。
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福島へ

2011-11-11 16:40:35 | スケジュール
来週は福島へ行きます。
そのスケジュールが決まってきましたので、お知らせします。
これも他の場合と同様一般の方がご覧になれるものに限ります。

11月15日(火) カレーショップ ケニヤ
  時間:14時半頃から
  住所:福島市本内南下釜4-6
  電話番号は分かりません。

11月17日(木)
  10時半~ 笹野東仮設住宅
  14時~  宮代仮設住宅
 仮設住宅を回りたいとずっと思っていました。

11月18日(金) 国見町立大木戸小学校
  時間:13時20分~
  住所:伊達郡国見町大木戸霞原3
 今年度で廃校になりますので、地元住民も参加しての記念事業になります。
 一般がご覧になれるものと書きましたが、地域住民に限りますのでご了承下さい。
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干し柿

2011-11-09 23:41:45 | 日記
今年は無理だろうと思っていた。
昨年10月中に作ったら雨が続き、結局3割以上腐らせてしまった。
そうなのだ、10月の末は秋雨前線の影響で、雨の日が多い。
湿度が高く気温も高いと、柿にカビが生えたり腐ったりする。
それで11月に入ってすぐに買いに行ったら、
三鷹の農協は冷たく「もう柔らかくなっているので、断っているんですよ」
「でも10月末は、雨が多いじゃないですか」
「うちはカーポートの中に50個干していますよ」

うちは100個前後作るし、マンションだし、ベランダは余りにも狭いし・・・・

インターネットで調べたら、いつ入荷するか分からない上、高い。
もしかしたら隣の市あたりにあるかもしれないと思いつつ、
半ば諦めていた。
すると義妹が隣の市で見つけてきた。
僅か20個なのだが、でかい。
江戸柿だろうか。
今年は腐らせることなく、あんぽ柿にしたい。
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坂田藤十郎

2011-11-09 00:52:03 | 劇評・他
国立劇場3階席のチケットを頂いた。
気乗りがしない、出来れば他の人に行ってもらおうとさえ思った。
ただ、大津で見た糸操りの浮世絵の演目や年代を知りたくて、
裏の情報館に行きたかった。

演目は「日本振袖始」と「曽根崎心中」 共に近松門左衛門の作。
少し遅れて入った。
寝てしまうと覚悟していたが、意外や意外、眠くならない。
「日本振袖始」の素戔嗚尊(すさのうのみこと)と八岐の大蛇(やまたのおろち)が
戦う場では、八岐の大蛇がなかなか工夫されていて殺陣が楽しい。

そして「曾根崎心中」
これが実に丁寧に作られていて、なかなか良いのだ。
坂田藤十郎の演技がそぎ落とされたうえ柔らかく、息子の翫雀を上手く包み込む。
曾根崎の森に着き、いざ心中しようと脇差を抜いたとき、
下手の黒御簾(くろみす)から長唄方が歌う様に
「なむあみだぶ、なむあみだぶ」
と二声。
二人の心情を的確に表わし、濃密な空間を作り出していた。
第1場の群衆といい、第2場の女中といい、隅々まで細かく作られていて
良い芝居だった。
藤十郎はもう1300回以上演じてきたというが、それだけの作品に練込まれていた。

にもかかわらず、客席は空きが目立った。
テレビ同様良い作品ほど見られないと言うことか、
残念だ。(自分のことは棚に上げるけれども)
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明智 光秀

2011-11-07 00:13:18 | 日記
大津に糸あやつり人形が描かれた浮世絵を持っている人がいて
以前から誘われていたので、見に行った。
予定より早く着いたので、近くの西教寺に参拝する。
ここは天台真盛宗の総本山だと言う。
意外だった。
天台宗もいろんな宗派に分かれているとは、思いもよらなかった。
よく考えてみれば、分派や派閥化は世の常である。

ここに明智光秀の墓があった。
織田信長が比叡山を攻めた際、思いとどまるよう進言したのは明智だったそうだ。
そしてその時一緒に焼けた西教寺の再興に尽力したのも明智だった。
だからこの寺に墓が作られたということらしいが、
本能寺の変は、延暦寺攻撃に関わる一連の出来事が大きく影響して起こった
のではないかと、ふと思った。
師を思っての進言か、西教寺の檀徒という私事から出た進言だったか。
どちらかは分からないが、
墓を見ているうちに、明智光秀に対し親近感を抱いてしまった。
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