江戸糸あやつり人形

江戸時代から伝わる日本独自の糸あやつり人形。その魅力を広めるためブログを通して活動などを報告します。

上野公園

2023-03-21 23:44:21 | 大道芸
この混み具合は、なんだ?

上野の駅に着いた時の感想
ともかくひどい混み具合。
これまで幾度となく上野の花見で大道芸もしたし、
酒も飲んだ。
でも、この、人、人、人・・・・
溢れている、

いかにこれまでのコロナで抑圧されてきたきたことか
啓蟄は3月6日だったが、
今まさにそんな感じ。

旧吉田屋商店は、上野公園と谷・千・根を結ぶところにある。
だから人通りがかなりあった。
大道芸をしていて、ずいぶん声がかかる。
「わぉーっ」「すげえ!」「うそっ」などなど
心が解放されたのであろうか。
だから人形を遣っていて、楽しい。

今日はとても良い大道芸日和だった。
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梅まつり

2023-03-16 01:07:20 | 大道芸
府中郷土の森博物館の梅まつりは、雨に降られることもなく
無事に終えることができた。

ちょっと俗な話をして申し訳ないが、
この梅まつりに今年で19年大道芸に出ていて
投げ銭がもっとも多かった。
嬉しいことに
「これを見に来ました」とか
「毎年楽しみにしています」などと
声をかけられる。
そう、毎年出られるところがあるということは、
とても有難いことなのだ。

そして感じたことは、
見ている人々が、
新型コロナから解放されているのではないかと思えるほど
のびやかで明るかった。

梅は、祭りが始まったとき
すでに早咲きの梅はかなり咲いていたが、
その後がなかなか続かず、
2月も末になってやっとほぼ満開となり
この分だと会期終了まで十分花を楽しむことができると
思っていたのだが、
この暖かさと先週の強風で
最後の週末は惨めなほど花は散っていた。
梅はひとひら、ひとひらと散る風情が良く
人形を遣いながらもつい気分が酔ってくるのだが
今年は全く違っていた。
桜かと見まごうほどの花吹雪。

千秋楽
男の子がざるの中の投げ銭を覗き込んで一言
「お金がもったいない」
すると両親が口をそろえて
「なんて馬鹿なことを言う、
こんなに素晴らしいものを見せてもらったんじゃないか」

こんなに嬉しい言葉はない。
花が散ったせいか人出は思ったほどではなかったが、
二人とも気分は上々で帰路に就いたのだった。
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2023-02-14 23:53:41 | 大道芸
10日は雪が降り積もり、
11日はどうなるのかと思っていた。
雪が残っていると空気が冷えて、
とても人形を遣うどころでなくなるからだ。

府中市郷土の森博物館の梅林の下には、
雪がたっぷりと残っていた。
空は雲一つない快晴、
梅も結構ほころびはじめ
絶好のロケーション。
気温は、意外と暖かい。

人形を遣い始めたとき、
あぁ、この状況を写真に収めて欲しい、
と思ったが、
生憎と人出が少なく、残念だった。

雪には、決して忘れられない思い出がある。
それは日本テレビの本社中庭で大道芸ができた時のこと
日テレアートダイドウゲイというイベントが一時期あった。

その日は大雪だった。
当然中止と思ったのだが、日テレはやって下さいという。
雪はしんしんと降り続いている。
屋根の下の雪の積もっていないところで人形を遣ったのだが、
勿論見る人なんていない・・・
いや、ちょっと離れたところの柱の陰から見ている女性が一人。
こう書くとちょっとロマンチックな雰囲気になるが、
私はそれどころではない。
寒さで手がかじかんでしまって
人形を遣うことに四苦八苦していたのだ。

雪の降りしきる中での大道芸、
しっかり寒稽古となって、
後日人形を遣った時、人形の動きが全然違っていた。
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ホッと落ち着ける

2022-03-06 00:00:40 | 大道芸
今日の府中郷土の森博物館は、やっと”梅が咲いている”状態に。
でもまだ満開ではない。
今日の風は春一番だったそうで、
時折花びらが桜のように舞いあがって、
それは見事だった。

私たちの遣う所は、ハケとハケに挟まれた窪地で、
風の影響が少ない。
今日のこの風の中でも、飛ばされることなく
人形が遣えた。
と言っても糸は流され、
上手く糸を取ることができず、
四苦八苦したのだから、
良い出来栄えとは言えまい。

そんな中で、それでも人は集まって観てくれる。

今年は子供が良く見ている。
たびたび親御さんから
「この子がこんなに集中してみるなんて、初めて」
そんな声が聞こえた。

不思議な空間が生まれる。
ひとしきり人形を遣い終えた後、
子どもたちと人形が、
ほっこりとして落ち着いた時間を創りだすことが多い。
間近で見つめ合い、時に触れあい、
たまに人形に抱き着かれる。
子どもたちの笑顔がはじける。
中には「3回目観に来た」という子もいる。

大人たちも
2回目観に来ました
今日は友達を連れてきました、
旦那を連れてきました
と言う人が、意外に多い。

こんな時代である。
気持の落ち着かない日々を送っている人は
多いのではないだろうか。
子どもも大人も、ホッと落ち着ける空間を
意識、無意識に関わらず、求めているのかもしれない。
つくづく大道芸をやっていて良かったと思う。
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寒稽古

2022-02-05 01:09:45 | 大道芸
先週末から府中郷土の森博物館の梅まつりで大道芸を始めた。
気温が10度の届かない寒さの中、
しかし日が照れば、私たちのやっているところは暖かい。
と言っても、やはり自然は容赦ない。
歳をとって指先に油っ気が無くなっているうえに
空気が乾燥し、しかも手がかじかんで
手板が滑る、
糸をしっかり持っていても滑ってしまう。

遣い初めに指先を湿らそうと口元に持って行こうとして
マスクをしていることに気付く。
仕方なく額の汗で代用するが、
つばきと汗ではちょっと具合が違っているよう。
そこで次の遣い初めに
マスクの下から指を突っ込んでなめてみると
しょっぱいこと!

梅の花はまだしょぼしょぼで
しかもこの感染拡大があって
人出は期待できないのだけれども
この寒稽古のような大道芸が好きだ。
寒さで体が縮こまっているからこそ
身体を大きく遣い ―とりわけ肩甲骨を―
身体を苛め抜く。
そうすると
1年間人形を遣い続けられる体ができるようだ。
そう、丁度プロ野球の春季キャンプ、
オープン戦のようなもの。

玉川奈々福の「語り芸パースペクティブ」を読むと
義太夫にしても浪曲にしても能にしても
エネルギーを出せ、声を目一杯張れと言われるそうだ。
目一杯やらないと限界が分からないし
限界を知らないと、限界を越えられないし
限界を越えないと、己の表現にならない。
しかも限界なんて、一つとは限らない。

それにしても
限界手前で甘えている芸人の、なんと多いことか。

サンシュユもボケもフクジュソウも、
まだつぼみは堅い。
でも行くたびに膨らんでいき
ある時パーッと開いているのに出会うと
心がほどけるのだ。

寒くても春は良い。
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