マーちゃんの数独日記

かっては数独解説。今はつれづれに旅行記や日常雑記など。

『八月の六日間』(著:北村薫 出版:角川書店)を読む

2014年12月03日 | 読書

 『八月の六日間』は北村薫の最新作である。ただし、ミステリーではなく、山をテーマにした、5つの話からなる連作小説。
 私は、楽しく、懐かしく読んだ。それというのも、かって、私は第2話以外の4つの山に登ったことがあり、主人公の”私”が通ったと同じコースを辿り、ほぼ同じ山小屋に宿泊しているからだ。その5話は
 第1話 燕岳から表銀座を経て槍ヶ岳
 第2話 雪の裏磐梯
 第3話 上高地から蝶ヶ岳・常念岳を通って中房温泉
 第4話 麦草峠から奥蓼科温泉
 第5話 雲ノ平から三俣蓮華岳を経由して新穂高温泉
 
 いずれの話も雑誌「小説 野生時代」と「小説屋Sari-Sari」に連載されたものだが、話は一本にまとまっている。主人公は、40歳間近かの女性で、一緒に暮らした男性とは5年前に別れ、この物語期間中は独身。雑誌社に勤務し、第1話では副編集長だったが、第3章では編集長に昇格している。体力はそれほど無いが、一人歩きを好み、ここに登場する物語では全て単独行。その彼女の、健気な、山での奮闘物語である。

 
 第2話から登場する「それまで」で山に行く前の準備が語られるが、そこでは、準備の話だけではなく、現在の職場の人間関係や、親しい友とのメール交換や、別れた男とのイキサツが語られる。山に持っていく本に悩む場面も登場する。山に入ってからは、その山行の物語だけではなく、「それまで」に登場した人々に思いを馳せ、持参した詩集の一節や小説を思い浮かべる。「それまで」が物語の伏線になっていて、上手い物語構成だなと感心する筆運びだ。

 
 デビュー作『空飛ぶ馬』から始まる一連のシリーズの主人公が”私”という女子大生であったように、北村薫は、女性心理を描かせたら当代一流だと思う。覆面作家としてデビューした当時も、この作家は男性か女性かで話題になったこともあったほどだ。その北村薫が満を持し、女性の”私”を主人公にした山物語は非常に読みやすく、蘊蓄に富んだ話が沢山語られていて実に面白かった。
 この小説を読むと、自分も山へ行ってみようと思う人が多々いることだろう。山入門書にもなっている。私も何人かにこの本を薦めたくらいだ。私自身、第5話の舞台となった、未踏の高天原温泉へは是非行きたいとの思いにさせられた。