かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

新作短編 その5

2008-06-28 22:40:53 | 麗夢小説 短編集
 今日は心機一転を図るため、散髪に行ってきました。およそ3ヶ月ぶりの髪のお手入れです。できればもう少し早く行きたかったのですが、行きつけの床屋さんが日月火と週に3日も休むため、なかなか行けないでおりました。月火はともかくとして日曜日休みというのが結構制約が大きく、土曜日がこのところ仕事だったりしたこともあって、それが一段落ついた今、ようやく頭の手入れに木を使う余裕が生まれたのでした。
 余裕が生まれたといえば小説の方もそうで、ようやくこちらも次のステップに進める気力がわいてまいりました。というわけで、連載小説、続き行きます! そろそろ題名も決められそうな気がしてきました(笑)。

---------------------本文はじめ------------------------

 翌日。
 当惑気味の榊が麗夢の事務所を訪れたとき、珍しくその場には円光と鬼童が居合わせていた。どうやら、昨日鬼童が測定したデータを元に、今回の事件をディスカッションしていたらしい。榊は、ひんやり空調の利いた応接セットの一角で程良く冷えた麦茶を振る舞われながら、ようやく覚醒した朝倉から聴取した内容を、一堂に披露した。
「朝倉幸司は、田中耕太、植田利明、斉藤正の4人で、半年前の冬休みに、八甲田山にスキーに行った・・・」
 かつて、真冬には膨大な雪で人の侵入を拒んだ八甲田山も、戦後、スキーなどの冬山レジャーが盛んになるにつれ、例外なくスキー場が開かれて大勢の若者達を迎え入れるようになった。昭和43年には山頂付近までロープウェイも建設され、12月から5月まで続くスキーシーズンに、十数万人の人間が訪れる、青森県の一大観光スポットとなっている。特に1月から2月には美しい樹氷を楽しむことができ、小さいながらも、初心者から上級者まで、最長5キロにも及ぶ滑走を楽しむことが出来る様々なコースを備えた、東北屈指の名スキー場になっていた。彼ら4人は、そんなスキー場を訪れた、ごく普通の一観光客に過ぎなかった。ただ、スキーだけを楽しんで帰っていれば・・・。
「昼間、スキーを満喫した彼ら4人は、夜になってにわかに肝試しをすることにしたそうだ。八甲田山というのは結構有名な心霊スポットらしい。酒を飲んで酔った勢いで、幽霊を観に行こう! と誰が言うともなく決まり、ホテルを出て車に乗った」
「愚かな! 面白半分にしてよいことではない!」
 円光が険しい顔でその愚行をなじった。常人には感知できない霊達の気を、円光は感じることが出来る。日本全国を修行の場として転々とする円光にとって、八甲田山も重要にしてその静謐を護るべき霊場の一つなのである。
「ああ、円光さんの言うとおりだな。しかも飲酒運転で夜の雪道など、一歩間違えれば死にに行くようなものだ。それに、彼らはただ面白半分に幽霊を観に出ただけじゃなかった。結局幽霊を観ることもなく、ただ酒を飲み馬鹿騒ぎをして歩き回った彼らが、最後にどこで何をしたと思う?」
 一堂を軽く見回した榊は、はっきりと溜息をついて、言葉をついだ。
「彼らが行ったのは幸畑と言うところにある、陸軍墓地だった。そこには、あの八甲田山雪中行軍で遭難した兵士達のお墓があるんだが、雪で半ば埋まった墓碑に、その、何というか、面白半分に、まるで犬のようにトイレ代わりに引っかけてしまったんだそうだ」
「まあ!」
「きゅーん」
 麗夢が軽く愕きの声を上げ、ベータが、自分はそんな軽率にはしない、と不満そうに唸った。
「な、なんと度し難い・・・」
 円光など、歯ぎしりしてその愚行に憤る始末である。それは、今時の大学生を象徴するかの如き、馬鹿馬鹿しくも愚かな行為でしかなかった。
「では、その報復に彼らは東京くんだりまでやってきて、次々と彼らを凍り漬けにした、ということですか? 今頃になって」
 鬼童が、何となく釈然としない、と言いたげに、榊に問うた。
「相手は死霊だからな。そのあたりの事情は私には正直判らない。まあそれよりも、実は朝倉が酔った勢いとは言え馬鹿なことをした、と随分反省しているようで、快復したら是非現地まで行って謝罪したい、と言うんだ。そこで麗夢さん、申し訳ないが、彼に同行してもらえんませんか?」
「え? 私が?」
「うん。既に死霊は消滅した、と言うことだが、現地にはまだひょっとしてなにか残っているかも知れない。そこで、万一に備えて麗夢さんに護衛を御願いしたいんです。もちろん私も、捜査を名目に同行します。どうでしょう、行ってもらえませんか?」
 榊の憂い顔はこの話を切り出すためだったのか、と麗夢は理解した。いくら取り返しのつかない愚行を演じたとはいえ、既に人が3人も死んでいる。この上辛くも命ながらえた最後の一人まで死ぬようなことになれば、喩えそれが自業自得だったとしても、榊はきっと後悔することになるだろう。とはいえ、榊にとってその手の懸念はすでに昨日解消済みで、更にここで麗夢にわざわざ後始末を頼むのは気がひけるものがあった。一方麗夢自身はといえば、その判断には多少引っかからないところがないわけでもない。今日わざわざ円光と鬼童を呼んだのも、それを少しでも解消したかったからなのだ。だが、麗夢の期待に反して、円光も鬼童も多分に気にかかるところはあるものの、具体的にそれがどうと言えるほどの材料も持ち合わせていなかった。だが、現地でならひょっとして何かわかるかもしれない。それに、それで榊の気が楽になるのなら、仮に何もなかったとしても別にいいじゃない、と麗夢は思った。
「判りました。いつ行くか決まったら教えて下さい」
「おぉ! 行っていただけますか!」
「ええ、私も現地は一度観ておきたいし、万一、も無いとは言えないですしね」
「脅かさないで下さいよ。でもこれで一安心だ」
 榊は苦笑しながらも、明らかに肩の荷が下りた、とばかりに明るい声を上げた。
「その旅、拙僧もお供いたす」
 その隣で、円光が、憮然とした表情を崩さず、ぼそりと口にした。すると対面の鬼童も、澄まし顔ですかさず言った。
「なら僕も行こうかな。あれだけの事件を起こした霊達だ。現地でなら、まだ残留思念くらいは観測できるかも知れない」
 またこの二人は、と榊は心中苦笑いで満たしたが、それはそれとして彼らも同行してくれると言うのなら、安心も倍増するというものである。
「判った。では、皆で行けるよう手配しておこう。朝倉の回復次第だが、医者の話では1週間位で退院できるらしい」
「じゃあ来週ってことね。円光さんに鬼童さん、みんなで旅行なんて、楽しみね」
「あ、そ、その・・・」
「ぼ、僕も た、楽しみです・・・ハハハ・・・」
 麗夢に明るく笑いかけられて、たちまち二人の眉目秀麗な顔がこわばった。朝倉の件ですっかり意識の外にあったが、確かにこれは、麗夢との(残念ながら余計なおまけが多すぎる嫌いはあるが・・・)旅行なのだ。にわかに意識されたその行為の幸福度に、二人は陶然と固まってしまったのである。
「確か温泉もあったわねぇ」
「「お、温泉・・・」」
 どもりまではもる二人に、さすがの榊も呆れ顔を隠しきれなかった。
「遊びに行くのではないのですから、ほどほどに頼みますぞ」
 榊は一応釘を差すと、それでも妄想からさめそうにない二人を残し、麗夢に改めて礼を述べると、再び暑い外界へと帰っていった。朝倉の容態確認、宿の確保、移動手段の検討、自身の出張を上司に認めさせること、等等。1週間後までにやらなければならないことが、早くも熱にうだされつつある榊の頭を、次々と通り過ぎていった。

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