かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

短編小説『鏡の悪戯 後編』 その3

2008-05-21 22:38:39 | 麗夢小説 短編集
「貴様、いい気になるなよ?」
「ふふふ、何度も言わすな。夢魔風情が」
 ルシフェルも死神の鎌を再び構え、退屈しのぎとばかりに挑発的な嘲笑を浮かべる。そんな不穏な気配が男達全体に広がった。もともと三分の一以上が血の気も多い荒くれ者達でもある。足を踏んだの肘が当たったのとつまらないきっかけから、たちまちあちこちでののしりあう声や小競り合いが始まりだした。
「お高くとまりやがって! もともと嫌いだったんだよ平氏なんざ!」
「おのれ下郎! 主に刃を向けるか!」
 それまで同じ時代から呼ばれたとあって、ひとかたまりになっていた平智盛とその郎党3人組が、二手に分かれて剣を抜きあった。
「ドウシテ私ヲないふデ刺シタノデスカ?」
「ウガーッ!」
「お、お前は生まれてはいけなかったんだ!」
「ま、待てジュリアン! 鬼童! 助けてくれ!」 
 その姿を目ざとく見つけた2体のジュリアンがボリスに迫り、間に割って入ったケンプとヴィクターが鬼童に助けを求めた。わ、判った、と慌てて走り寄ろうとした鬼童の前に、美衆達彦が立ちはだかった。
「鬼童、お前、俺を騙したな!」
「何を言ってるんだ、判らないぞ美衆!」
「うるさい! 財宝はどうなった! 鬼童!」
「鬼童殿!」
 さっきまで、麗夢の唇は自分のモノだ、と鬼童と角付き合わせていた円光が慌てて加勢しようとしたとき、美衆恭章がその墨染め衣にしがみついた。
「いっちゃやだ! 円光様!」
「は、放しなさい!」
「いや! 放さないよ円光様!」
 そんな合間を縫って、美少女達のミニスカートの中を拝もうと、体育教師が匍匐前進で鏡に向かう。榊がそれを咎めようとして近づくと、それと気づかず、周りの喧噪から逃れようとした豪徳寺主従がぶつかってきた。榊は直人や夢サーカス団長まで巻き込んで、その場に派手にひっくり返った。その反動で首無し武者が闇の皇帝に体当たりする形となり、互いに不倶戴天の敵、とばかりにとっくみあいを始めてしまった。
 そんな混乱を極める最中、少し離れたところで、いつの間に出したのか屋外型の喫茶店にあるような簡素なテーブルを挟んで、ジェッペットと白川哀魅の父が、「若い者は元気がいい」とよく似た顔を付き合わせた。
「れ、麗夢さん、どうしましょう?」 
「どうしようって言われても、ねえ」
「こ、このまま、バトルロイヤルで一番を決める、ってことで、どうかしら?」
「貴女ねぇ!」
 「元凶」の無責任な言いようを、さすがに麗夢がたしなめようとした時だった。ざわめきが暴動に代わりつつあった喧噪の中、びしっとむちを振るうような凛とした声が、一瞬で皆の動きを静止させた。
「智盛様! 何をなさっておいでです!」
 見れば、白の狩衣に烏帽子を付けた麗夢そっくりの女性が、畳んだ扇を右手にしつつ仁王立ちしている所であった。
「れ、れいむ! い、いやこれはあの・・・!」
「智盛様の笛で私が舞う約束でございましょう! それとも何か? 私の舞よりこちらの方が大事とでも?」
「い、いや待て! 誤解だ、誤解だぞれいむ! そなたをおいて、儂に大事なことなど無い」
「ではお早くお戻りなさい」
 冷たい視線で睨み据えられ、智盛は見るからにしょげ返って刀を引いた。
「待て、まだ決着が・・・」
「何か?」
 智盛に追いすがろうとした3人の郎等衆に、夢御前がずいと身を乗り出した。その迫力に、思わず3人がうめき声をもらし、足が止まった。
「その方等ももう戻れ。今日のことは、夢とでも思おう」
「は、はあ」
 すっかり毒気を抜かれた4人に加え、やはりこの姿になっても想い人には頭が上がらないのであろう。首無し武者までが闇の皇帝から離れ、無表情にただ黙って見据える少女の元にとぼとぼと足を運んだ。
「それではこれにて失礼する」
 誰にともなく頭を下げた智盛と郎党衆、それに首無し武者は、ようやく満足げに笑みをこぼす少女と共に、いずかたとも知れず宙に溶けていった。
「何だったのあれ?」
「さあ?」
「ハンス-! ご飯出来たよ~! ほら、父さん達も早く帰っておいで!」
 首を傾げて平安時代御一行様を見送った麗夢達の前に現れたのは、白川哀魅だった。
「哀魅さん」
「あ、ゴメンねー麗夢さん、またお邪魔しちゃって。すぐ連れて帰るから」
「ちょ、ちょっと待って。まだこっちの用事が・・・」
「ほら、早くしないと冷めちゃうんだから!」
 哀魅は、夢見小僧の制止も聞く耳持たないとばかりにハンスを喧噪から引きずり出すと、父と弟も連れて、来たとき同様忽然とまた帰っていった。
「おじいちゃんに博士! ご迷惑じゃない!ジュリアンも喧嘩しちゃ駄目!」
 今度は金髪碧眼の美少女シェリーが、もはやもつれ合って何が何だか判らなくなりそうな5人組の前に現れた。すっかり気を失ったボリスを除く4人は、自分達の3分の1もなさそうな小さな身体が頬をぷっと膨らませているのを見て、しゅん、としおらしくうなだれた。
「すまんシェリー」
「ゴメンナサイ」
「じゃあ帰りましょう」
「あ、あ、待ってーっ!」
 夢見小僧の叫びが虚しく響く中、シェリーに引かれて5人の男達が姿を消した。
 男性の人数がほぼ半分になった会場は、何となく閑散とした様子になってきた。しかも、いなくなったのが平智盛にハンス、ジュリアンと、この場でも一二を争う美形揃いである。夢見小僧は半ば茫然となって何となく争いさえ虚ろになり出した会場を見据えていたが、やがてぼそりと麗夢に言った。
「もういい、麗夢ちゃん」
「え?」
 まさかここで夢見小僧が折れようとは思っていなかった麗夢は、思わずオウム返しに問い直した。すると夢見小僧は、今度こそはっきりと、疲れた、と言う様子も隠さず、麗夢に告げた。
「せっかく・・・せっかく夢世界で一番いい男をここで選ぼうと思ったのに・・・何これ? 残ってるのは、化け物かむさいおっさんしかいないじゃない。もうこれ以上やる意味無いよ」
「何だと小娘!」
 お互い本来の力がまるで発揮できない中、ドングリの背比べでやり合っていた夢魔王とルシフェルが、ボロボロの姿も厭わず怒鳴りつけた。
「おい! まだ僕らがまだいるだろう!」
 続けて、美衆兄弟に絡まれていた鬼童と円光が、声を揃えて向き直った。その足元で、あぐらをかいた榊がおいおい、と二人をなだめているが、麗夢の唇が諦めきれない二人にはさほどの効果もなさそうである。
「屋代博士はどうなるのよ!」
「松尾先生は?」
 さっきまで鏡と押問答していた4人も、まだ諦めきれない様子である。
「ま、潮時じゃの」
 そんな未練がましい空気の最中、よっこらしょ、とイスから立ち上がったジェッペットが言った。
「麗夢さん、ここは一息に片づけてはどうじゃ?」
「一息に?」
「そう。わしらはその鏡の魔力でここに呼びつけられた影みたいなもんじゃ。麗夢さんの力なら、まさに一吹きなはずじゃよ」
 イタズラっぽくウインクする人なつこそうな老人に、麗夢もにっこり笑顔を返した。
「そうね、ジェッペットさんの言うとおりだわ。いいわね、夢見さん」
「うん、もうなんでもいい」
 ようやく許可を得た麗夢は、長かったどんちゃん騒ぎを片づけるべく、夢の戦士の力を解放した。
「みんな、もう本来の場所にお帰りなさーい!」 
 まさに一振り!
「麗夢さーん!」
「麗夢どのー!」
「おのれ麗夢めぇっ!」
「麗夢ちゃんまったね-!」
「いつでも遊びに来て-!」
「円光さま-!」
「鬼童お宝-!」 
 それぞれの名残惜しげな最後の一声が消えたとき、麗夢はようやく夢世界に静けさが戻ってきたことを知って、安堵の溜息をついた。

終わり

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 明晰夢、ついに第一歩を踏み... | トップ | 短編小説『鏡の悪戯 後編』... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

麗夢小説 短編集」カテゴリの最新記事