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かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

3.東京青山 麗夢始動! その1

2008-04-06 13:12:23 | 麗夢小説『夢曼荼羅 円光地獄変』
 夏真っ盛り。
 アスファルトの上は陽炎が立つほどであるのに、燦々と照り輝く陽光の下、ここ青山界隈にカラフルな人通りが絶えることはない。
 そんな中、少々場違いなかっこうを意識しつつ、吹き出る汗を拭い先を急ぐ初老の男がいる。
 名前は榊真一郎。
 夏用とは名ばかりの暑苦しい背広でがっしりした身体を固めつつ、笑顔とは無縁の顔つきで、目当てのビル目がけて早足で歩く。
 やがて榊は、そのビルと隣のビルとの間に出来た狭い隙間に身を潜り込ませた。足下の空き缶を蹴り飛ばし、いつもじめじめと乾こうとしない関東ローム層を踏みしめて路地を抜ける。
 そこは、正午以外は一筋の日光も射すまいと思われる狭い空き地である。
 そのコンクリートジャングルの深い谷間の中央に、古ぼけた木造二階建てアパートがある。とうに屋根が落ち、床が抜け、柱が傾いていても不思議ではないぼろアパートだ。
 榊の目的は、その二階の端に掛かる、怪奇よろず相談という妖しげな看板にあった。
「あら榊警部、いらっしゃい。外は暑かったでしょう?」
 ドアが開いた途端に、気持ちの良いひんやりとした空気が榊を包み込んだ。外観とは場違いな明るい内装の中、正面の窓際に据え付けられた重厚なマホガニー製デスクの向こうで、一人の少女がにっこりと微笑みかける。綾小路麗夢。このぼろアパート唯一の住人にして、日本ただ一人の怪奇事件専門を歌う私立探偵である。榊は軽い既視感にとらわれた。あの、人づてに聞いて初めてここを訪れた時の事。目の前の少女が藁をもすがる思いでようやく尋ね当てた人物その人であったと気づくまで、的はずれな問答を繰り返したものだった。あれからいちいち数え上げる気にもならぬほど多くの怪奇事件の解決に、この少女の手を借りてきているのだ。
「あぁ、麗夢さん、実は・・・」
「まあおかけになって。麦茶でも飲みます?」
 と言いながら、腰まで届く碧の黒髪が揺れて奥に消えた。一人残された榊は、やむなく応接セットのソファに腰を下ろした。その途端、榊の膝の上に小さな犬と猫が飛び込んできた。邪気のない大きな瞳がくりくりと動いて、盛大に振られた尻尾が好ましい客の到来を歓迎してみせる。猫のアルファと犬のベータである。
「おお、元気だったか、アルファ、ベータ」
 榊も思わず相好を崩して二頭の頭をなでた。その手を捉えてベータがしきりになめ回し、アルファが身体をすりつけてくる。榊は手を二匹のやりたい放題に任せながら、氷を浮かべた麦茶のグラスを二つ盆に乗せて、麗夢が現れるのを待った。
「で、今日どうしたんです? 榊警部」
「麗夢さん。またやっかい事を頼まれてくれないか」
「何ですの、やっかい事って」
 相変わらず朗らかにこちらを見つめる麗夢に対し、榊は礼とともにグラスを取って一息に半分ばかりを飲み干すと、背広の内ポケットから愛用の警察手帳を取り出した。おもむろにページをめくって、目的のメモを探し当てる。
「岩手県に羽黒山という所があるのをご存じですか? 麗夢さん」
「羽黒山ってたしか山伏さんが修行する山でしたわよね」
「よくご存じですな」
「ええ、先週円光さんが羽黒山で修行して来るって言ってましたから」
「何ですって? 円光さんが!」
 榊が驚きの余り立ち上がろうとして、テーブルにどんと足をぶつけた。テーブルのグラスががちゃんと揺れ、危うく倒れそうになったのを、アルファとベータが大慌てて支えた。
「榊警部、落ち着いて。話を伺いましょう」
 麗夢になだめられて、榊はようやく腰を落ち着けた。
「実は一週間ばかり前のことです。羽黒山は羽黒三山と言って霊場とされる山が大きく三つあるんですが、その内の一つに湯殿山と言うのがあります。この湯殿山は、日本でも有数の即身仏のメッカでして、江戸初期から明治にかけて生まれた、六体の即身仏が祭られている所なんです」
「即身仏って?」
「即身仏とは、修行の末に自らミイラになった仏さんの事です」
 日本のように高温多湿の風土でミイラというのはなかなか難しい。どうしても乾燥途中で腐りやすいし、できあがってからの保存も困難だ。だが、全くないというわけではない。かつて飢饉や疫病などの災厄を癒すため、人柱となって自らミイラになる事を選ぶ宗教家がいた。彼らは千日、あるいは三千、五千日と命の続く限り米などのいわゆる五穀を絶ち、木の実や松の皮だけを食べる木食という行を続ける。そうして体中の脂肪をすっきり落とし切った後、最後は水をも絶って死を迎える。現在、日本全国でそのようなミイラがおよそ二〇体余りあり、そのうち六体が羽黒三山に集中しているのである。榊はそんなミイラについての情報をかいつまんで説明した後、驚くべき話を麗夢に告げた。
「そのミイラが、ここ一週間の内に、何者かによって一体をのぞいて全部盗み出されてしまったのです」
「ミイラを盗んだ? 一体誰が、何のために?」
「そこなんです、困ったのは」
 榊は、頭を抱えて手帳の次のページをめくった。
「目的は全く不明。好事家の出来心からカルト宗教集団の犯行まで色々な仮説が検討されているのですが、今のところどれも推測にすぎません。でも、各県警に照会したところ、同じようなミイラ盗難事件がこの一ヶ月ほどの間に各地で頻発していることが判りました。こうなってくると、これが単なる出来心と考えるのは不可能です。何者かが、何らかの目的を持って各地のミイラを収集して回っていると考えるのが自然でしょう。でも、それは別に大した問題ではないのです」

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