かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

4.智盛 消沈その3

2008-04-13 20:07:18 | 麗夢小説『麗しき夢 屋島哀悼編』
「麗夢、見事な舞であったな」
「恐れ入りましてございます。なかなか眠りにつけず、戯れに一差し仕った次第」
 一呼吸置いて落ち着きを取り戻したのか、その表情は先ほどの感情の発露を瞬きに終わらせ、何者にも侵しがたい微笑みで満たされていた。
「麗夢、あの、実は・・・」
 智盛がどう話したものか、言葉を探しあぐねて口ごもった時、麗夢は言った。
「申し上げるのが遅れまして相済みませぬ。まずは大理殿のご息女とのご婚儀の由、お言祝ぎ申し上げます」
「ま、待て! あれは・・・」
「何もおっしゃるには及びませぬ。私めはちゃんと自分の立場をわきまえております故。この卑しき身に忝なくもお目をかけていただき、それだけでも身の誉れと幸せに存じておりまする」
「何を他人行儀なことを迂遠にも申すものかな!」
 智盛は、はじめて色を変えて怒声を上げた。
「そなたを都の大老の手から奪い、この辺地まで具してきたのは、我にはそなたしかいない、と思ったからだ。それをその様に申そうとは、智盛、夢にも思わなんだぞ!」
 木曽義仲の圧迫に抗しきれず、遂に都落ちを余儀なくされた一年前の七月二四日。夢守の儀式の贄とされつつあった麗夢を、儀式の場に乱入し、強奪同然に連れ去った智盛は、内心不安に思うこともあった。麗夢は、夢守としての務めを全うせずに自分に付いてきたことに、実は後悔しているのではなかろうか。あの時、麗夢は夢守の秘術を尽くした儀式の末に、末法の世を救う無限の力、夢の御子を生む定めになっていた。一族の中から選び出された一人の男と、意に添わぬ婚儀を強いられる立場にあったのだ。ただあの時は、それが夢守にとってどれほど大事なものであるか、智盛には露ほどの関心もなかった。ただ麗夢を愛おしいと思うあまりの情熱が、二度と会えなくなるかも知れない都落ちの事態に遭って、無謀な暴発をなさしめたのである。だから、一度落ち着きを取り戻すと、麗夢の立場をおもんばかる冷静さが、智盛にも戻ってきた。そしてそれは、不安の形に姿を変えて、次第に智盛の心に結晶し、ゆっくりと無視できない大きさにまで育ちはじめた。あえて麗夢にその事を問うことは出来なかった。もし実は後悔している、と、片言半句でもほのめかされたら、一体自分はどうしたらいいのか。そのおびえが、本当にこれでよかったのか、と自問自答することすら避けさせた。それは、これまで強引に心の奥底へしまい込んで厳重に封をした、けして表沙汰にしてはならない不安なだったのである。
「甲斐なき我が身をそこまで想うて下さるとは、麗夢は果報者でございます。ですが、我が身は智盛様の御身と替える程の価はありませぬ。どうか、我が事は思慮の外に置かれ、御身の幸せをお掴み下さりますよう」
 智盛は耳を疑った。
「れ、麗夢! 世迷い言はよせ! よもや本心からそんなことを申したのではなかろう?」
 だが、麗夢の頭は上がらなかった。艶やかな黒髪で星月の微かな光を跳ねながら、言葉だけが智盛の方を向いていた。
「どうか、一時の気の迷いで道をお誤りなきよう」
 気の迷いだと! その瞬間、何かが智盛の中で、ふつ、と音を立てて切れた。
 「そうか、やはりそうだったのか! 都を落ちて以来ゆるりと肌を暖めあうこともなかったが、本心では既にこの智盛を見限っていたのだな! 迂闊にもその事に気付かず、ここまで未練がましく引き回していたとは、我の何と愚かな事よ! いや、一ノ谷でそなたに拒絶された時に気付くべきであった・・・」
 智盛は、一ノ谷の合戦の際、麗夢に一度だけその力を貸して欲しいと頼み込んだことがあった。当時の戦は単に戦闘力の強弱を競うだけではなく、互いの精神的支柱の強さも争う。即ち、巫女や覡(かんなぎ)を陣頭に立て、神の祝詞を奏させて、味方の勝利と敵の調伏を祈らせるのである。それは、単に兵士達の士気を向上させるだけでなく、自軍に神の恩寵を宿らせ、勝利を確実に手にするための、必須の行いであった。智盛はそれを麗夢に願った。夢守としての力を持つ麗夢ならば、並の神職とは桁違いの、超常の力を発揮するに違いない。その力をもって平氏を護り源氏に祟れば、勝利を得ること万に一つの間違いもなし! この一戦に賭けていた智盛は、ただただその思いで、必死に平氏のため「戦って」くれるよう麗夢に頭を下げた。だが、麗夢は哀しみを湛えた瞳で、期待に満ちた智盛を見据えてこう言った。
「智盛様が私を具したのは、このためだったのですか?」
 その一言で智盛の意気地をへし折ってしまった。愛しい(かなしい)と言ってくれたから付いてきたのに、所詮自分を道具としてしか見ていなかったのか。そう正面から言われては、智盛も黙って引き下がるしかない。だがあれも、もし自分に愛情を感じていたなら、手を貸してくれて当然だったはずだ、というわだかまりが智盛には残った。まして平氏の死命を制した大敗北を喫してからは、考えてはならぬ、と頭では思うものの、それは小さく鋭い棘となって、心に刺さったまま抜けなかった。それが、ここに来て遂に爆発してしまった。そして智盛は、絶対言ってはならぬと固く押さえていた一言を、撃ち出してしまったのである。

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