大阪府伊丹市にある陸上自衛隊第三師団司令部は、交錯する情報の中で混乱を極めていた。大阪市内に怪獣出現! と言う情報が、あまりに非現実的で理解を絶した内容だったからだ。それでも大阪府知事からの緊急出動要請を受け、また、マスコミ各社の映像がテレビ画面の全てをそれ一色に染め上げる頃には、さすがに事態を傍観するわけには行かなくなった。既に八尾空港からスクランブルさせたヘリが、現場に急行している。また、手元にある第三偵察隊を大阪市内方面に出動させる一方、第三六普通科連隊に出動準備を急がせてもいる。しかし、もっとも頼りになるはずの戦車大隊は、第三、第一〇とも滋賀県今津に位置するため、どんなに急がせてもまだ当分は間に合いそうにない。それに何よりも、自衛隊は怪獣との戦闘を想定して装備も訓練も整えてきてはいない。はたしてこれで怪獣などに立ち向かえるものなのか、誰も言わないだけで幕僚陣の皆がその不安を抱いていた。大体、どのフィクションの世界でも、自分達は怪獣に蹂躙される役回りと相場が決まっているではないか……。
そんな中、一本の不可解な報告が司令部に届いた。
「所属不明の戦車中隊? 一体なんだそれは?」
混乱する現場では、早くも今津の部隊の一部が到着したのか、と、喜んで素通りさせたのだという。しかし、その戦車の形状が、日頃慣れ親しんだ九〇式とも七四式とも異なる上、所属も告げずに走り去ったのを不審に思った偵察員がようやく連絡を寄こしたのだ。
まさか、この機に乗じて某国の侵略が始まったのか、いや、そもそも怪獣その物が某国の新兵器という可能性もある……。
結局師団長の疑問が口の端に上らぬ内に、謎の五両の戦車は、信じがたいほどの機動力と土地勘を発揮して、瞬く間に大阪の街へと消えていった。
これは思ったよりも良いものに仕上がっている。ケンプは狭い車内に灯る各種電子兵装の明かりを受けながら、戦車隊の先頭切って大阪の街を走り抜けていた。
震動、騒音ともこれが戦車かと疑うほどに少ない。
人間工学的にも洗練されたコクピットは、一日のテストに付き合って体に疲労がたまったケンプでも、楽に操縦できる様に出来ている。各種計器板は見やすい位置にレイアウトされており、外部の状況も、中央の光学系モニターだけでなく、各種センサーを用いて視覚以上のデータが統合的に把握できる。
中でも今回の目玉は、光学モニターの右脇に設置された、対精神活動体専用のセンサーである。今回は相手が誰が見ても見失うことのない巨大さ故に、このセンサーを使う場面はないかも知れない。だが、機会があれば是非試してみたいシステムであった。何といっても兵器というものは、実戦で使ってみて初めて良い悪いが判断できるものなのだから。
戦闘シュミレーションが大阪の街を想定して組み上げてあったおかげで、ケンプの部隊は実にスムーズに南港のテスト場から最短距離で「戦場」である大阪城に辿り着こうとしていた。もともとこの戦車のベースになったドラコニアンは、狭隘な山岳地帯や市街地での戦闘を想定して、各種チューニングが施されている。ごちゃごちゃした大阪の街は、そのテストには最適の戦場だ。
もうすぐだ、シェリー!
ケンプは、光学モニターを最大望遠にセットして、その中央にシェリーの姿を捉えた。特殊なブレ補正機構が、キャタピラで走行する震動を完璧に捉えて映像をびくともさせない。ケンプはそんな日本の精密技術に溜息をつきつつ、ふとその右の小モニターに赤と緑の点滅する反応を見た。対精神活動体センサーの反応である。赤の点が5、緑の点が1。鬼童指導の元作成されたマニュアルには、赤が妖魔を表す黒の想念、緑は一般的な人の存在を表すという。ケンプは急いでその対象に光学モニターを切り替えた。シェリーの姿が画面の中で小さく縮み、左隅に畳み込まれる。必要になったらその部分を指で触れるだけで、また元通り拡大される仕組みだ。だが、今度はそんなギミックに感心している余裕はなかった。
「あれは?!」
忘れもしないジュリアン事件の記憶が甦る。
我々の最新兵器が全く通用しなかった化け物どもの姿。
一見人のように二本足で歩きながら、毛むくじゃらな体の先端に、狼のそれを思わせる頭を戴いている。大きく裂けた口には鋭い牙がずらりと並び、涎がてらてらと光っているのが全くもっておぞましい。その化け物5体に、一人の女性が取り囲まれている。この国の民族衣装が大きく裂け、煤けた顔が、恐怖に引きつっている。恐らくまだ10代と思われる少女だ。
『閣下! 瘴気レベル3。警戒が必要です!』
ハイネマンの声がスピーカーに流れる。瘴気とは、センサーの開発者である鬼童海丸によると、魔界に充満するという負のエネルギーの総称だそうである。かつてジュリアン事件の時には、この瘴気に電子兵装や通信機器が狂わされ、ドラコニアン同士の連携が全く取れなくされた。だが、今のところこのドラコニアンIIには微塵の影響も感じられない。
これはいける。
ケンプは確かな手応えを感じ、新たな命令を下した。
「目の前の怪物どもを掃討。市民を救出する。市民の安全確保のため、砲撃時の弾道に注意せよ」
『了解!』
ケンプの指揮戦闘モニターに、一列縦隊で並んでいた小さな三角が、先頭を中心に一斉に左右へ散開するのが映った。ケンプははじめ、自分の乗るもの以外は全て自分で操作する半自動操縦にするつもりであった。ドラコニアンはもともとそう言う運用も可能な設計になっている。だが、さすがに鍛え上げた戦士が乗っていると、動きが鋭く的確で無駄がない。
設定次第で集中砲火も各個撃破も可能であるが、ケンプは一撃でケリを付けるため、各個撃破を選択した。これで連動した各車のコンピューターがそれぞれ独自に目標をロックし、砲身の方向を微調整する。しかも互いに重複しないように敵を選択、攻撃するのだ。ケンプは、全ての準備が整ったことを確認し、鋭く攻撃命令を下した。
「撃て!」
同時に無反動砲が咆哮した。市民への安全を担保するため、炸薬量を調整したが、夢魔と言えどもこの剣の力にそう対抗できるものではない。案の定、5体の夢魔全部が、ほとんど同時に上半身を吹き飛ばされた。爆風は見事娘の左右を高速で吹き流れ、その民族衣装の裾を乱したに留まる。魔物は下半身だけでしばらく立っていたが、ドラコニアンIIの接近する震動を受けて、脆くもその場に崩れ落ちた。
ケンプはドラコニアンIIを停止させると、へたり込んだ女性にマイクを通じて呼びかけた。
「歩けるなら急いでこの場所を離れなさい。我々の来た方に行けば助かる」
すると娘は、わなわなと震えながらも何か言った。ケンプは音声センサーを女性に指向させ、センサーの感度を上げた。
『む、向こうに友達が取り残されて……』
娘が震える手で今まさにケンプが行こうとしている方角を指さした。
「わかった。我々が必ず救出する。君は早く逃げたまえ」
『あ、ありがとう』
娘はよろよろと立ち上がると、瓦礫に躓きながらもしっかりした足取りで歩き出した。
『閣下、2キロ前方に精神体反応探知。巨大です』
ケンプは即座にセンサーを部下のドラコニアンIIとリンクさせた。なるほど、距離があるためか数の程は不明だが、赤、青、緑の点が入り乱れているのが見える。
「よし、行くぞ」
ケンプは新たな目標を定めると、改めてモニターを長距離モードにセットした。
「待っててくれシェリー」
ケンプは画面の中のシェリーに語りかけると、ドラコニアンIIのアクセルを思い切り踏み込んだ。
そんな中、一本の不可解な報告が司令部に届いた。
「所属不明の戦車中隊? 一体なんだそれは?」
混乱する現場では、早くも今津の部隊の一部が到着したのか、と、喜んで素通りさせたのだという。しかし、その戦車の形状が、日頃慣れ親しんだ九〇式とも七四式とも異なる上、所属も告げずに走り去ったのを不審に思った偵察員がようやく連絡を寄こしたのだ。
まさか、この機に乗じて某国の侵略が始まったのか、いや、そもそも怪獣その物が某国の新兵器という可能性もある……。
結局師団長の疑問が口の端に上らぬ内に、謎の五両の戦車は、信じがたいほどの機動力と土地勘を発揮して、瞬く間に大阪の街へと消えていった。
これは思ったよりも良いものに仕上がっている。ケンプは狭い車内に灯る各種電子兵装の明かりを受けながら、戦車隊の先頭切って大阪の街を走り抜けていた。
震動、騒音ともこれが戦車かと疑うほどに少ない。
人間工学的にも洗練されたコクピットは、一日のテストに付き合って体に疲労がたまったケンプでも、楽に操縦できる様に出来ている。各種計器板は見やすい位置にレイアウトされており、外部の状況も、中央の光学系モニターだけでなく、各種センサーを用いて視覚以上のデータが統合的に把握できる。
中でも今回の目玉は、光学モニターの右脇に設置された、対精神活動体専用のセンサーである。今回は相手が誰が見ても見失うことのない巨大さ故に、このセンサーを使う場面はないかも知れない。だが、機会があれば是非試してみたいシステムであった。何といっても兵器というものは、実戦で使ってみて初めて良い悪いが判断できるものなのだから。
戦闘シュミレーションが大阪の街を想定して組み上げてあったおかげで、ケンプの部隊は実にスムーズに南港のテスト場から最短距離で「戦場」である大阪城に辿り着こうとしていた。もともとこの戦車のベースになったドラコニアンは、狭隘な山岳地帯や市街地での戦闘を想定して、各種チューニングが施されている。ごちゃごちゃした大阪の街は、そのテストには最適の戦場だ。
もうすぐだ、シェリー!
ケンプは、光学モニターを最大望遠にセットして、その中央にシェリーの姿を捉えた。特殊なブレ補正機構が、キャタピラで走行する震動を完璧に捉えて映像をびくともさせない。ケンプはそんな日本の精密技術に溜息をつきつつ、ふとその右の小モニターに赤と緑の点滅する反応を見た。対精神活動体センサーの反応である。赤の点が5、緑の点が1。鬼童指導の元作成されたマニュアルには、赤が妖魔を表す黒の想念、緑は一般的な人の存在を表すという。ケンプは急いでその対象に光学モニターを切り替えた。シェリーの姿が画面の中で小さく縮み、左隅に畳み込まれる。必要になったらその部分を指で触れるだけで、また元通り拡大される仕組みだ。だが、今度はそんなギミックに感心している余裕はなかった。
「あれは?!」
忘れもしないジュリアン事件の記憶が甦る。
我々の最新兵器が全く通用しなかった化け物どもの姿。
一見人のように二本足で歩きながら、毛むくじゃらな体の先端に、狼のそれを思わせる頭を戴いている。大きく裂けた口には鋭い牙がずらりと並び、涎がてらてらと光っているのが全くもっておぞましい。その化け物5体に、一人の女性が取り囲まれている。この国の民族衣装が大きく裂け、煤けた顔が、恐怖に引きつっている。恐らくまだ10代と思われる少女だ。
『閣下! 瘴気レベル3。警戒が必要です!』
ハイネマンの声がスピーカーに流れる。瘴気とは、センサーの開発者である鬼童海丸によると、魔界に充満するという負のエネルギーの総称だそうである。かつてジュリアン事件の時には、この瘴気に電子兵装や通信機器が狂わされ、ドラコニアン同士の連携が全く取れなくされた。だが、今のところこのドラコニアンIIには微塵の影響も感じられない。
これはいける。
ケンプは確かな手応えを感じ、新たな命令を下した。
「目の前の怪物どもを掃討。市民を救出する。市民の安全確保のため、砲撃時の弾道に注意せよ」
『了解!』
ケンプの指揮戦闘モニターに、一列縦隊で並んでいた小さな三角が、先頭を中心に一斉に左右へ散開するのが映った。ケンプははじめ、自分の乗るもの以外は全て自分で操作する半自動操縦にするつもりであった。ドラコニアンはもともとそう言う運用も可能な設計になっている。だが、さすがに鍛え上げた戦士が乗っていると、動きが鋭く的確で無駄がない。
設定次第で集中砲火も各個撃破も可能であるが、ケンプは一撃でケリを付けるため、各個撃破を選択した。これで連動した各車のコンピューターがそれぞれ独自に目標をロックし、砲身の方向を微調整する。しかも互いに重複しないように敵を選択、攻撃するのだ。ケンプは、全ての準備が整ったことを確認し、鋭く攻撃命令を下した。
「撃て!」
同時に無反動砲が咆哮した。市民への安全を担保するため、炸薬量を調整したが、夢魔と言えどもこの剣の力にそう対抗できるものではない。案の定、5体の夢魔全部が、ほとんど同時に上半身を吹き飛ばされた。爆風は見事娘の左右を高速で吹き流れ、その民族衣装の裾を乱したに留まる。魔物は下半身だけでしばらく立っていたが、ドラコニアンIIの接近する震動を受けて、脆くもその場に崩れ落ちた。
ケンプはドラコニアンIIを停止させると、へたり込んだ女性にマイクを通じて呼びかけた。
「歩けるなら急いでこの場所を離れなさい。我々の来た方に行けば助かる」
すると娘は、わなわなと震えながらも何か言った。ケンプは音声センサーを女性に指向させ、センサーの感度を上げた。
『む、向こうに友達が取り残されて……』
娘が震える手で今まさにケンプが行こうとしている方角を指さした。
「わかった。我々が必ず救出する。君は早く逃げたまえ」
『あ、ありがとう』
娘はよろよろと立ち上がると、瓦礫に躓きながらもしっかりした足取りで歩き出した。
『閣下、2キロ前方に精神体反応探知。巨大です』
ケンプは即座にセンサーを部下のドラコニアンIIとリンクさせた。なるほど、距離があるためか数の程は不明だが、赤、青、緑の点が入り乱れているのが見える。
「よし、行くぞ」
ケンプは新たな目標を定めると、改めてモニターを長距離モードにセットした。
「待っててくれシェリー」
ケンプは画面の中のシェリーに語りかけると、ドラコニアンIIのアクセルを思い切り踏み込んだ。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます