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経済学理論バカへの挑戦状~その3の続き

2011年11月15日 18時40分43秒 | 経済関連
何度も言うが、経済学理論の多くは、基本的に世界が統一された状態だ、という前提がある。

>http://blog.goo.ne.jp/critic11110/e/7640553f2a96434abfc026a81f80ee8d


経済学という学問で考えると、”国境”というもの自体には、あまり重きはないものと思う。昔の欧州では国境という考え方が曖昧だったみたいだし。

国境というより、どちらかと言えば、「同一の通貨圏」というのがどれくらいの大きさか、というのが重要になのではないか、というが当方の感想。同一の通貨圏というのは、文化圏とも言えるかもしれないし、風習・慣習、法律、言語、気候、民族等々、複雑な要因があるかもしれない。同一通貨を用いる為には、それが通用しているという基礎的条件がないとダメだからね。経済学理論では、古典的な解釈として「同一通貨圏」になっているはずだろう。

その大きさが、参考記事でも書いたように、日本だとよくて、EUだとよくないとか、アメリカがいいとか、どのように判断するかは「難しい」ということだ。通貨が分かれている方が、細かいことを言えば「調節性」はよくなるはずだろう、というのが、当方の予想である。しかし、変動は当然大きくなる、と考える。株式市場でいうところの、TOPIXと個別銘柄の違い、みたいなものである。
大きな指標(大きな通貨圏)であると変動は抑制されるが、細かい状況変化に応じての変動は出にくくなる。個別銘柄は業績などの企業ごとの変化が詳細に反映されやすくなるが、特異なアタックなど(仕手戦、TOB、インサイダー取引、誤情報、売買主体の企業業績に無関係な個別事情等)で無軌道な価格変動を招き易くなったりする可能性は高まる。

なので、細かい部分まで反映された方がよい、とするなら、小さな通貨圏の方がいいが、経済学理論が想定しているような世界では「世界統一通貨」が必要とされるわけである。金本位制であったからこそ、そうした前提を置くということでもあるだろう。


自由貿易を完全に肯定できるとするなら、少なくとも理論世界と同じ「同一の通貨」が必要である。そして、全世界で同時に完全自由貿易が達成されると、どうなるのだろうか?それは、どのような楽園か?(笑)

自由貿易の達成される世界では、同一通貨、労働力の均等分布が必要とされるだろう。労働者の失業や転職コストが同一になる必要があるから。そうすると、価格差がどこにも存在せず、貿易することの意義そのものが次第に失われる、ということになるだろう。残るのは、完全分業体制の部分だけでは。代替不可能な部分のみが、最後まで残されるだろう。

静岡と和歌山での価格差や各種コストの差というのは、かなり小さい、ということになるだろう。社会制度、言語、法律、通貨、文化、慣習、労働者の水準、産業の発展度、等々の差が、比較的小さい、だから域内外での取引に制限はさほど必要とされない、ということだ。転職コストもほぼ似た水準と予想されるから、ということ。

現実には、世界規模でこれを達成するのは、極めて困難である。どうしてか?
人間だから、だ。
或いは、物理的に距離があるから、移動コストをゼロにはできない。移動コストの中には、先に述べた言語もあるし、生活環境もあるし、生きてゆくことに関連して色々とある。日本人が東京から静岡くらいに移動するのと、外国のどこかにある雇用先に移動するのでは、コストの大きさが全く違うということ。これをゼロにできる、というのなら、その証明をしてくれ、と言っておこう。転職に伴うコストをゼロに(それとも全世界同一に)できることを証明してくれ。
経済学理論バカにならば、きっとできることだろう。200年余の知の遺産によってな(笑)。

国内と国外で区別が便宜的に行われているのは、移動コストが国内外で異なるから、である。代表的には、社会制度、言語、通貨などの違い、ということになるだろう。国内では移動・転職コストは下がり、国外では大きくなるからである。

また、通貨が統一されておらず、価格(賃金)決定機構が不完全であり、その是正は許容されうると当方は考えている。




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