補論
代執行についての裁判には、直接影響しないが、今後に主張できる点を書いておく。
1)国が埋立の事業者の場合にも、法令上で区別せず同等基準とすべき
国は、沖縄防衛局が一民間事業者と同等の立場であるとの見解を認めている(防衛省、農林水産省、国土交通省の文書記載の見解により明らか)。そうであるなら、国の行う埋立事業についても、一般事業者と同じ基準や法令適用とすべきである。区分する合理的理由を欠く。公有水面埋立法を改正して、殆どを統一的にすべきである。例えば、免許と承認で分ける必要がない。
また、私人たる事業者と同等の立場に過ぎないと国が自ら主張している(那覇地裁における埋立承認取消訴訟の裁判においても同様)のであるから、環境影響評価についても、50haを超える埋立の場合には国土交通大臣の認可と、それに前置される環境大臣に意見を求めることも同じく行うべきである。これを手続上で行わないことの理由がない。実施しないことによる何らの利益も照明できない。
沖縄県の取消事由に挙げられていたのは、環境保全措置が不十分であることであったのだから、これについて専門的な吟味をするべき義務を国は負うはずである。何故なら、審査しないと裁決できないから、である。
環境影響評価法でいう第一種事業に該当し、また50haを大幅に超える埋立(本件では約160ha)を行う予定であるから、環境影響の程度が著しいものとなるおそれが十分にあり、絶滅危惧種であるジュゴンやトカゲハゼなど絶滅危惧種の保護、サンゴ礁その他海洋生物の保護や生物多様性保護の観点からも、詳細に検討されて当然である。
生物多様性基本法3条3項によれば『一度損なわれた生物の多様性を再生することが困難であること』、海洋基本法2条より『海洋の生物の多様性が確保されることその他の良好な海洋環境が保全されることが人類の存続の基盤であり、かつ、豊かで潤いのある国民生活に不可欠であること』から、ひとたび大規模埋立工事がなされてしまうと、事実上は原状回復が甚だ困難であり、失われた生物環境は戻せない。そして、長期に渡る争訴となっている諫早湾干拓事業を見れば、事後の解決・調整・損害の補償といったことが極めて困難であることも明らかとなったわけである。
よって、国には環境省の調査と環境大臣意見を照会するなどすべきであるし、審査請求のあった事案についての裁決を出すという点においても、これら注意義務を果たすべきであり、一民間事業者の立場であるなら本件埋立を除外するべき合理的理由はない。
那覇空港拡張事業(第2滑走路増設)の際、平成21年2月沖縄県に対し環境省意見が送付さえれたが、この事業においては「公共事業の構想段階における計画策定プロセスガイドライン」に基づいて事業の推進が実施された。本件埋立より以前から、こうしたガイドラインの適用があったのであるから、本件でもこれに沿った事業実施が当然なのであって、意図的に国がこうした手続を回避したことは明らか(国が知らなったはずがない)であり、不当の謗りを免れない。私人同様と主張するなら、過失ともいうべき手続上の誤りがある。
2)国の不作為が明確化された
これまでの論点で何度も記述してきたが、防衛省、農林水産省、国土交通省の見解からすると、確実に言えることがある。
それは、執行停止をすべきことの正当性、である。
3省全てにおいて、執行停止するべきほどに緊急性や重大性がある、としているのは明らか。「重大な損害」の該当事由となっている、ということである。処分内容と性質からすると、単なる海上・海底作業をさせないようにするものであるので、処分自体には他事業と比べて特殊性はなく、これが執行停止理由の主要な根拠とはなりえない。
では、執行停止を満たすだけの理由とは何か?
回復が困難なほどの損害、ということである。これは、一つに日米政府間の外交・防衛上の損害、もう一つは普天間基地の存在による損害、とされている。
まず、日米政府間の外交・防衛上の損害については、国がその具体的な損害の性質や程度を明らかにしていないので、今後に立証されるだろう。沖縄県が裁判で国と争う場合には、必ずや具体的にどういうものが「重大な損害」に該当しているか、という点を国側に立証させるべきである。
これについて筆者なりの見解を述べるものとする。
基地建設の日米政府間の合意があって、これを遵守しない場合には、日本政府が米国政府の信頼を失い外交上の打撃を受ける、ということであろうか。
もしもこれが真実であるなら、今頃両国間は断絶していてもおかしくないのではないか。日米政府間合意の存在をもって、これが未達成だと二度と回復が困難な程に「重大な損害」を形成しているとは見えない。具体例を挙げよう。
普天間基地の返還については、96年12月のSACO勧告(最終報告)がSCCに承認されたものである。SACOによれば、『今後5乃至7年以内に十分な代替施設が完成し運用可能になった後、普天間飛行場を返還する』とされた。
SCCにおいては、『海上施設は、軍事施設として使用する間は固定施設として機能し得る一方、その必要性が失われたときには撤去可能なものである』との合意があった。
これらは、全て現実には起こっていないし、期日も工事方法も全くの別物である。政府間合意の重大性とは、この程度のものでしかない、ということの証左であるとも言える。
また、日米地位協定18条に基づく損害賠償金の米国政府に支払義務がある金額は推定120億円とされるが、債務不履行のままであることは確実である。同様に、日米政府間でのFMS調達では2012年度末時点で2282億7366万円が未精算となっており、これら法的義務を負うべき合意ですら履行されなくとも、日米政府間の外交は回復困難な程の損害を受けている様子は見られない。外交上の回復困難な重大な損害について、国はその存在を立証すべきである。
たとえ日本政府が米国政府との合意を約したとしても、日本国民には直ちにその履行の法的義務を負うものではない。あくまで国会が議決し立法措置のあったものだけである。或いは、国内法上で政府の裁量権の範囲内で行えるものである。日本国民は米軍に対し、本件基地を提供すべき法的義務を有していない。一般的に、日本国政府が外国政府との間で何らかの合意形成がなされたとしても、その効力はあくまで国内法上の法的根拠を有するものだけであり、例えば違法な合意である場合にはその履行はなされることがないのは明白である。合意事項の履行が実現できないことによって、たとえ政府間の信頼関係に何らかの影響を与えたとしても、それは国際政治の上では珍しいことではなく、これを回復不可能な「重大な損害」とするなら、いかなる合意事項であっても履行義務を負うことになってしまいかねず、それは立法府の権能を超越している。
(*つい数日前の13日、ジョエル・エレンライク駐沖縄米総領事は、共同通信社のインタビューに対し、普天間飛行場の辺野古移設問題について、『「非常に重要で深刻な問題だが、基地負担を軽減し、日米同盟を強化する在日米軍再編計画の中では小さな問題(one small part)にすぎない」との見解を示した』とされる。日米関係に甚大な影響を与えるようなことではない、という理解も可能であるということである。「重大な損害」事由とはなり得ない、ということの証明である)
それでは、防衛上の損害とは何か?
埋立工事が停止されることにより、日本の防衛に一体全体どのような二度と回復が困難な程度に重大な損害が発生したというのであろうか?これも国が立証できることだろう。もしもそれが本当ならば、過去20年余り埋立工事が停止状態であったので、工事の非常なる遅れから重大な損害が考えられない程に蓄積していることだろう。その存在について立証されたし。
これまでの行政訴訟においては、「重大な損害」というものが単に抽象的な損失が観念されるというだけでは足りず、より具体的かつ定量的な損害が現実にあることを証明できなければならなかったはずだろう。国(防衛省、農林水産省、国土交通省)の言う、「日米政府間の信頼関係」といった曖昧な説明しかできない外交上若しくは防衛上の損害など、「重大な損害」の要件を満たすものではないのである。
さて、残るは理由とは何か?普天間飛行場の存在そのもの、これによる周辺住民の被害、ということだ。埋立工事が遂行できなくなると、普天間飛行場が残り続けることになり、それが二度と回復困難な程に「重大な損害」を与え、しかもその損害は緊急性を満たすということである。3省が揃って、この損害の重大性かつ緊急性を満たす、と主張したのであるから、これを今更嘘でしたとは言うことはできない。
執行停止せず裁決を待っていたのでは、その間に受ける損害があまりにも甚大であり回復不可能なので、執行を停止するのだから。裁決を待って不利益処分が取り消される(本件の場合には停止していた埋立工事再開)と救済されるような損害では、「重大な損害」には該当しないのである。
すると、普天間飛行場は二度と回復困難な程の「重大な損害」があって、しかもそれは緊急性を要するもの、という条件を満たしているということだ。
加えて、代執行手続開始には、代替手段がないことの他、著しく公益を害することが明らかな場合という2つの要件を同時に満たす必要があるのだ。著しく「公益を害する」のだから、これも普天間飛行場のことが含まれるのは明らか。
これらにより、本当に大切なことが明らかにされたのである。
普天間飛行場は、直ちに運用を停止させるだけの「重大な損害」を与えており、しかも緊急性を有するということを、国自身が認めたのだ、ということだ!禁反言の法理により、国自身が「重大な損害」の存在を否定する主張や立論は今後一切できなくなった、ということだ。
しかもその損害程度は、二度と回復が困難な程の、行政事件訴訟法上で言うところの「重大な損害」要件を満たすものだ、ということ。今後、行政裁判を起こすと、国がこれら重大な損害を放置して何らの措置もとらないことは違法とすることができ、国にはこれを否定できる論拠を自ら失ったのだ。国の不作為を裁判で改めさせることが確定的となるだろう。
もしも米軍が普天間飛行場を返還しない、運用停止は同意できない、と言ったらどうするか?
日本政府は米軍に命令したりはできないが、政府間で「重大な損害を与えているので、改善するか運用停止して」と言うことはできる。しかも、それは日本の裁判所の管轄権であって、裁判所命令が運用停止命令だと、それに米軍が従わなくてもよいとする理由は、恐らく存在しない。
連邦最高裁は米国人に具体的被害が及ぶものは管轄権が米国にある、としており、日本でもその法理は類推適用できる。実際に「重大な損害」の立論を日本政府自らが行ったのだから、政府にはこれを否定する論拠はなく、裁判でも主張することは不可能。基地周辺の日本国民に具体的に回避すべき「被害」があるのであって、それは回復困難な程に重大性と緊急性を兼ね備えた「重大な損害」である。著しく公益を害することが明らかなものである。
たとえ合衆国軍隊が、指揮命令は合衆国政府の行政権のみであり、直接的には日本の法令が及ばずこれに拘束されないとしても、日本の施政権の及ぶ範囲において日本の法令を遵守することなく無制限な活動が許されると解することはできず、原則として日本の法令を遵守する義務を負うものというべきである。例外として、日本の法令を遵守することが合衆国憲法あるいは連邦法上で違法となってしまうことが明らかな場合か、日本の法令を遵守することにより合衆国を安全保障上の危機に至らしめるなどの著しく公益を害するおそれがあって、日本の法令違反を犯すことになったとしてもこの損害を回避せざるをえないという正当な事由が証明される場合を除いては、合衆国軍隊といえども日本政府の施政範囲において日本の法令を逸脱することは許されないと解するのが相当である。
同時に、合衆国政府には、日本国において日本国民に対し「重大な損害」を与えてもこれが許されるとする行政裁量権を有しているという根拠はない。
故に、今回の代執行に関する訴訟で、万が一負けるようなことがあったとしても(もし国を勝たせる裁判官が存在するなら、法の信頼は果てしなく地に堕ちるだろう)、普天間飛行場を運用停止に追い込める可能性はかなり高いということになる。
米国は、常々「法の支配」と掲げてきたのだから、当然法に従うだろう。日本の裁判所が出した判決には、従うよりないのである。日本政府に不作為がある、という判決であるとしても、米軍が日本政府に「違法行為」を唆すことなど許されない。日本政府が違法を行っているのを承知で、その利益を享受するなら、米軍も同罪だということ。不当利得を得ているのも同然であり、日本政府と米軍の共謀関係というべきかもしれない。
これを回避する唯一の方法は、普天間飛行場の違法を止めることだけである。
代執行についての裁判には、直接影響しないが、今後に主張できる点を書いておく。
1)国が埋立の事業者の場合にも、法令上で区別せず同等基準とすべき
国は、沖縄防衛局が一民間事業者と同等の立場であるとの見解を認めている(防衛省、農林水産省、国土交通省の文書記載の見解により明らか)。そうであるなら、国の行う埋立事業についても、一般事業者と同じ基準や法令適用とすべきである。区分する合理的理由を欠く。公有水面埋立法を改正して、殆どを統一的にすべきである。例えば、免許と承認で分ける必要がない。
また、私人たる事業者と同等の立場に過ぎないと国が自ら主張している(那覇地裁における埋立承認取消訴訟の裁判においても同様)のであるから、環境影響評価についても、50haを超える埋立の場合には国土交通大臣の認可と、それに前置される環境大臣に意見を求めることも同じく行うべきである。これを手続上で行わないことの理由がない。実施しないことによる何らの利益も照明できない。
沖縄県の取消事由に挙げられていたのは、環境保全措置が不十分であることであったのだから、これについて専門的な吟味をするべき義務を国は負うはずである。何故なら、審査しないと裁決できないから、である。
環境影響評価法でいう第一種事業に該当し、また50haを大幅に超える埋立(本件では約160ha)を行う予定であるから、環境影響の程度が著しいものとなるおそれが十分にあり、絶滅危惧種であるジュゴンやトカゲハゼなど絶滅危惧種の保護、サンゴ礁その他海洋生物の保護や生物多様性保護の観点からも、詳細に検討されて当然である。
生物多様性基本法3条3項によれば『一度損なわれた生物の多様性を再生することが困難であること』、海洋基本法2条より『海洋の生物の多様性が確保されることその他の良好な海洋環境が保全されることが人類の存続の基盤であり、かつ、豊かで潤いのある国民生活に不可欠であること』から、ひとたび大規模埋立工事がなされてしまうと、事実上は原状回復が甚だ困難であり、失われた生物環境は戻せない。そして、長期に渡る争訴となっている諫早湾干拓事業を見れば、事後の解決・調整・損害の補償といったことが極めて困難であることも明らかとなったわけである。
よって、国には環境省の調査と環境大臣意見を照会するなどすべきであるし、審査請求のあった事案についての裁決を出すという点においても、これら注意義務を果たすべきであり、一民間事業者の立場であるなら本件埋立を除外するべき合理的理由はない。
那覇空港拡張事業(第2滑走路増設)の際、平成21年2月沖縄県に対し環境省意見が送付さえれたが、この事業においては「公共事業の構想段階における計画策定プロセスガイドライン」に基づいて事業の推進が実施された。本件埋立より以前から、こうしたガイドラインの適用があったのであるから、本件でもこれに沿った事業実施が当然なのであって、意図的に国がこうした手続を回避したことは明らか(国が知らなったはずがない)であり、不当の謗りを免れない。私人同様と主張するなら、過失ともいうべき手続上の誤りがある。
2)国の不作為が明確化された
これまでの論点で何度も記述してきたが、防衛省、農林水産省、国土交通省の見解からすると、確実に言えることがある。
それは、執行停止をすべきことの正当性、である。
3省全てにおいて、執行停止するべきほどに緊急性や重大性がある、としているのは明らか。「重大な損害」の該当事由となっている、ということである。処分内容と性質からすると、単なる海上・海底作業をさせないようにするものであるので、処分自体には他事業と比べて特殊性はなく、これが執行停止理由の主要な根拠とはなりえない。
では、執行停止を満たすだけの理由とは何か?
回復が困難なほどの損害、ということである。これは、一つに日米政府間の外交・防衛上の損害、もう一つは普天間基地の存在による損害、とされている。
まず、日米政府間の外交・防衛上の損害については、国がその具体的な損害の性質や程度を明らかにしていないので、今後に立証されるだろう。沖縄県が裁判で国と争う場合には、必ずや具体的にどういうものが「重大な損害」に該当しているか、という点を国側に立証させるべきである。
これについて筆者なりの見解を述べるものとする。
基地建設の日米政府間の合意があって、これを遵守しない場合には、日本政府が米国政府の信頼を失い外交上の打撃を受ける、ということであろうか。
もしもこれが真実であるなら、今頃両国間は断絶していてもおかしくないのではないか。日米政府間合意の存在をもって、これが未達成だと二度と回復が困難な程に「重大な損害」を形成しているとは見えない。具体例を挙げよう。
普天間基地の返還については、96年12月のSACO勧告(最終報告)がSCCに承認されたものである。SACOによれば、『今後5乃至7年以内に十分な代替施設が完成し運用可能になった後、普天間飛行場を返還する』とされた。
SCCにおいては、『海上施設は、軍事施設として使用する間は固定施設として機能し得る一方、その必要性が失われたときには撤去可能なものである』との合意があった。
これらは、全て現実には起こっていないし、期日も工事方法も全くの別物である。政府間合意の重大性とは、この程度のものでしかない、ということの証左であるとも言える。
また、日米地位協定18条に基づく損害賠償金の米国政府に支払義務がある金額は推定120億円とされるが、債務不履行のままであることは確実である。同様に、日米政府間でのFMS調達では2012年度末時点で2282億7366万円が未精算となっており、これら法的義務を負うべき合意ですら履行されなくとも、日米政府間の外交は回復困難な程の損害を受けている様子は見られない。外交上の回復困難な重大な損害について、国はその存在を立証すべきである。
たとえ日本政府が米国政府との合意を約したとしても、日本国民には直ちにその履行の法的義務を負うものではない。あくまで国会が議決し立法措置のあったものだけである。或いは、国内法上で政府の裁量権の範囲内で行えるものである。日本国民は米軍に対し、本件基地を提供すべき法的義務を有していない。一般的に、日本国政府が外国政府との間で何らかの合意形成がなされたとしても、その効力はあくまで国内法上の法的根拠を有するものだけであり、例えば違法な合意である場合にはその履行はなされることがないのは明白である。合意事項の履行が実現できないことによって、たとえ政府間の信頼関係に何らかの影響を与えたとしても、それは国際政治の上では珍しいことではなく、これを回復不可能な「重大な損害」とするなら、いかなる合意事項であっても履行義務を負うことになってしまいかねず、それは立法府の権能を超越している。
(*つい数日前の13日、ジョエル・エレンライク駐沖縄米総領事は、共同通信社のインタビューに対し、普天間飛行場の辺野古移設問題について、『「非常に重要で深刻な問題だが、基地負担を軽減し、日米同盟を強化する在日米軍再編計画の中では小さな問題(one small part)にすぎない」との見解を示した』とされる。日米関係に甚大な影響を与えるようなことではない、という理解も可能であるということである。「重大な損害」事由とはなり得ない、ということの証明である)
それでは、防衛上の損害とは何か?
埋立工事が停止されることにより、日本の防衛に一体全体どのような二度と回復が困難な程度に重大な損害が発生したというのであろうか?これも国が立証できることだろう。もしもそれが本当ならば、過去20年余り埋立工事が停止状態であったので、工事の非常なる遅れから重大な損害が考えられない程に蓄積していることだろう。その存在について立証されたし。
これまでの行政訴訟においては、「重大な損害」というものが単に抽象的な損失が観念されるというだけでは足りず、より具体的かつ定量的な損害が現実にあることを証明できなければならなかったはずだろう。国(防衛省、農林水産省、国土交通省)の言う、「日米政府間の信頼関係」といった曖昧な説明しかできない外交上若しくは防衛上の損害など、「重大な損害」の要件を満たすものではないのである。
さて、残るは理由とは何か?普天間飛行場の存在そのもの、これによる周辺住民の被害、ということだ。埋立工事が遂行できなくなると、普天間飛行場が残り続けることになり、それが二度と回復困難な程に「重大な損害」を与え、しかもその損害は緊急性を満たすということである。3省が揃って、この損害の重大性かつ緊急性を満たす、と主張したのであるから、これを今更嘘でしたとは言うことはできない。
執行停止せず裁決を待っていたのでは、その間に受ける損害があまりにも甚大であり回復不可能なので、執行を停止するのだから。裁決を待って不利益処分が取り消される(本件の場合には停止していた埋立工事再開)と救済されるような損害では、「重大な損害」には該当しないのである。
すると、普天間飛行場は二度と回復困難な程の「重大な損害」があって、しかもそれは緊急性を要するもの、という条件を満たしているということだ。
加えて、代執行手続開始には、代替手段がないことの他、著しく公益を害することが明らかな場合という2つの要件を同時に満たす必要があるのだ。著しく「公益を害する」のだから、これも普天間飛行場のことが含まれるのは明らか。
これらにより、本当に大切なことが明らかにされたのである。
普天間飛行場は、直ちに運用を停止させるだけの「重大な損害」を与えており、しかも緊急性を有するということを、国自身が認めたのだ、ということだ!禁反言の法理により、国自身が「重大な損害」の存在を否定する主張や立論は今後一切できなくなった、ということだ。
しかもその損害程度は、二度と回復が困難な程の、行政事件訴訟法上で言うところの「重大な損害」要件を満たすものだ、ということ。今後、行政裁判を起こすと、国がこれら重大な損害を放置して何らの措置もとらないことは違法とすることができ、国にはこれを否定できる論拠を自ら失ったのだ。国の不作為を裁判で改めさせることが確定的となるだろう。
もしも米軍が普天間飛行場を返還しない、運用停止は同意できない、と言ったらどうするか?
日本政府は米軍に命令したりはできないが、政府間で「重大な損害を与えているので、改善するか運用停止して」と言うことはできる。しかも、それは日本の裁判所の管轄権であって、裁判所命令が運用停止命令だと、それに米軍が従わなくてもよいとする理由は、恐らく存在しない。
連邦最高裁は米国人に具体的被害が及ぶものは管轄権が米国にある、としており、日本でもその法理は類推適用できる。実際に「重大な損害」の立論を日本政府自らが行ったのだから、政府にはこれを否定する論拠はなく、裁判でも主張することは不可能。基地周辺の日本国民に具体的に回避すべき「被害」があるのであって、それは回復困難な程に重大性と緊急性を兼ね備えた「重大な損害」である。著しく公益を害することが明らかなものである。
たとえ合衆国軍隊が、指揮命令は合衆国政府の行政権のみであり、直接的には日本の法令が及ばずこれに拘束されないとしても、日本の施政権の及ぶ範囲において日本の法令を遵守することなく無制限な活動が許されると解することはできず、原則として日本の法令を遵守する義務を負うものというべきである。例外として、日本の法令を遵守することが合衆国憲法あるいは連邦法上で違法となってしまうことが明らかな場合か、日本の法令を遵守することにより合衆国を安全保障上の危機に至らしめるなどの著しく公益を害するおそれがあって、日本の法令違反を犯すことになったとしてもこの損害を回避せざるをえないという正当な事由が証明される場合を除いては、合衆国軍隊といえども日本政府の施政範囲において日本の法令を逸脱することは許されないと解するのが相当である。
同時に、合衆国政府には、日本国において日本国民に対し「重大な損害」を与えてもこれが許されるとする行政裁量権を有しているという根拠はない。
故に、今回の代執行に関する訴訟で、万が一負けるようなことがあったとしても(もし国を勝たせる裁判官が存在するなら、法の信頼は果てしなく地に堕ちるだろう)、普天間飛行場を運用停止に追い込める可能性はかなり高いということになる。
米国は、常々「法の支配」と掲げてきたのだから、当然法に従うだろう。日本の裁判所が出した判決には、従うよりないのである。日本政府に不作為がある、という判決であるとしても、米軍が日本政府に「違法行為」を唆すことなど許されない。日本政府が違法を行っているのを承知で、その利益を享受するなら、米軍も同罪だということ。不当利得を得ているのも同然であり、日本政府と米軍の共謀関係というべきかもしれない。
これを回避する唯一の方法は、普天間飛行場の違法を止めることだけである。